第43話
~セリア・アリスト伯爵令嬢視点~
わたくしには馬鹿な姉がいる。
昔は7歳年の離れた姉のことが大好きだった。
優しくて頑張り屋でわたくしの自慢の姉だった。
それが軽蔑に変わったのは、初めて他家のお茶会にお母様と一緒に参加した時。
そこで知り合った令嬢と一緒にお花を摘みに行った帰りにお姉様の名前が聞こえてきたから思わず立ち止まって聞いてしまった。
「ねぇ知っています?噂のピンク令嬢のこと」
「ええ知っていますわよ!アリスト伯爵家のリディア様ですわよね」
「あのスティアート公爵家のローレンス様を執拗く追いかけ回していると聞きますわ」
「婚約の打診も何度も断られていると聞きましたわ」
「あの方にプライドってものはなのかしら?」
「いつも、いつもピンクのドレスばかり着て恥ずかしくないのかしら?」
この時、わたくしにとって優しい自慢の姉は、世間では嘲笑われ侮辱されていると知った。
隣で一緒に話を聞いていた令嬢に哀れみの視線を向けられた瞬間、羞恥でその場を走り去ってしまった。
帰りの馬車の中でお母様にその日に聞いた話を確認したら婚約の打診を断られたことも、外出にはピンクのドレスを着ることも本当だと⋯⋯
その日から姉を観察した。
普段は控えめなドレスで過ごすくせに、一歩外に出ることになれば頭からつま先までピンク一色にコーディネートして嬉しそうに出かけて行く。
帰ってきてからはスティアート子息がどうした、こうしたと興奮して話すお姉様はもうわたくしの自慢の姉とは思えなくなっていた。
いえ、令嬢たちから嘲笑われ侮辱されても笑っていられる姉が⋯⋯こんな人がわたくしの姉だなんて⋯⋯
何度もピンクはやめて!って姉にも言ったわ。
返事はいつも同じ『ローレンス様が褒めてくれたの』『彼にもう一度微笑んで欲しいの』『ローレンス様が好きなの』と言って聞こうとしなかった。
お父様とお母様はそんな恥ずかしい姉を微笑ましく見守っているだけで止めさせようともしない。
何不自由のない生活を与えられているから両親が姉ほど馬鹿だとは思わないけれど尊敬もできなくなった。
両親はわたくし達姉妹を分け隔てなく愛してくれているのは知っている。
でも、姉の所為でわたくしまで馬鹿にされるなんてプライドが許さなかった。
だから姉とは距離を置いた。
それでも姉がピンクのドレスでパーティーやお茶会に参加すれば、嫌でも陰口は耳に入ってしまう。
その度に『我が家の恥晒し』『行き遅れ』『アンタみたいな姉なら居ない方がいい』『この家から出て行け』と言った。
これだけ言っても変わろうとしない姉に、気付けば憎しみしか残っていなかった。
だって、だって、こんな姉がいたらフェリクス殿下も困るでしょう?
こんな姉が居なくなればわたくしを選んでくれるでしょう?
こんな恥ずかしい人が義姉になるのは嫌でしょう?
わたくしとフェリクス殿下との出会いは彼が14歳、わたくしが13歳の時だった。
その日お父様が書類を提出するために王宮に行くのを我儘を言ってついて行った時、お父様を待っている間美しい庭園を眺めていると、ザッと足音が聞こえて振り向くと金髪に青い瞳が鋭い素敵な⋯⋯そう、素敵な少年が泣きそうな、辛そうな顔で足早に去っていった。
目が合ったわけでもない、なんなら少年はわたくしの存在に気付きもしなかったと思う。
それでも少年のその時の表情に一瞬で心が奪われた。
その時はその少年が誰だか知らなかったけれど、父様に聞いて少年が第二王子だと知った。
三人の王子の中で鋭い目付きの人はフェリクス第二王子だと。
次に会えるのを楽しみに自分を磨いたわ。
学園に入学すれば簡単に近付けると思っていた。
たくさんの令嬢に囲まれても、追いかけられても⋯⋯フェリクス殿下は誰も傍に置かなかった。それどころか青い瞳に誰も映していなかった。
そのフェリクス殿下が⋯⋯夜会に顔も出さないフェリクス殿下が今年デビュタントした令嬢と楽しそうに会話をしながら笑顔を見せていた。
鋭い目は令嬢だけしか映していなかった。
わたくしはまだフェリクス殿下の声すら知らないのに⋯⋯
ルナフローラ・ランベル公爵令嬢。
学園に入学するまで大切に隠されていた王弟の娘。
フェリクス殿下の従兄妹。彼に一番近い存在。
邪魔なのよ。
だからね、女の扱いに長けている子爵家の男を使って傷物にしようとしたのにランベル様に相手にもされていなかった。
彼を追い込み誘導したのに⋯⋯いつの間にか学園を退学していた。
最後まで中途半端で役に立たない男だった。
新年を迎える夜会でもフェリクス殿下と踊ったのはランベル様だけ。
彼女だけにしかあんな顔を見せない。
やっぱりルナフローラ・ランベル公爵令嬢は邪魔だ。
次は誰を使おうか⋯⋯
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