第42話

「ランベル様!」


え?


フェイにキスされた額を押さえているときつい口調で名を呼ばれた。

振り向くと微笑むアリスト様がいた。

でも⋯⋯瞳の奥に私への憎悪が隠しきれていない。

アリスト様はフェイを⋯⋯そうだったのね。


「邪魔をするな」


私と話す時よりもフェイの低く冷たい声がアリスト様を拒絶する。


「っ!い、一曲目が終わりましたわ。移動をされないと皆様のご迷惑になりましてよ」


確かにそうね。


「アリスト様ありがとうございます。フェイ移動しましょう」


アリスト様の瞳に見えた憎悪については気付かない振りをすることにした。

私が手を差しだす前にガッチリとフェイの腕が腰に回った。


「あの!フェリクス殿下。わたくしと⋯⋯一曲踊っていただけませんか?」


ふ~ん。フェイには甘えた声+上目遣いか。なるほどねぇ。



「⋯⋯俺はルナとしか踊らない」


「ですが!学園を卒業されるフェリクス殿下との思い出が欲しいのです」


「「わたくしもお願いします!」」


「「わたくしも!」」


「ランベル様からもお願いして頂けませんか?」


私が断らないと思っているのね。

憎悪を隠して私を利用しようとする⋯⋯気持ち悪いな。


それに便乗しようするご令嬢方にも囲まれてしまった。

ここぞとばかりにフェイにダンスを申し込んでいる。

一気にこの場が令嬢たちの香水の匂いで息苦しくなる。


「悪いな。俺はルナとだけしか踊らない」そう言って今度は頭にキスされた。

また甲高い悲鳴があがる⋯⋯今度は近くからだから頭が痛くなりそうだ。


こんな風に言われるとフェイが私だけを特別だと言っているようで嬉しくもあり、恥ずかしくもある。

そして少しだけ令嬢たちに申し訳ない気持ちにもなる。


でもごめんなさい。


「⋯⋯フェイ」


「ん?なんだ?」


ほら、フェイは私にだけは優しい眼差しを向けてくれる。従兄妹だから?それとも⋯⋯


「ルナとも踊れたし俺は満足だ。もう帰ろう」


いいの?フェイの学園生活最後のイベントなのに本当にいいのかな?


でも帰りたいかも。さっきからこの匂いで気持ち悪い。


「フェイは帰ってもいいの?」


「ああ、送っていくよ」


「ありがとう」


本気でフェイのことが好きで勇気をだしてダンスに誘った人もいるだろう。

フェイの婚約者の座を狙っている人もいるだろう。

その機会を奪う私に嫉妬し妬み憎悪を向ける人もたくさんいるだろう。


そう思っても⋯⋯誰にもフェイの隣を譲りたくないなって思うのは私の我儘なのだろう。


フェイに腰に手を回されたまま出口に向かって歩き出す。目の端にアリスト様が私を睨んでいるのが映るけれど今は気にしないことにする。





馬車に乗り込むまでフェイはピッタリとくっ付いていたけれど、それは座席に座ってもからも続いた。

今は一緒にいられるけれど、次に会えるのはいつになるだろう?

フェイは王族だから会える頻度は極端に減るよね。


「寂しいな」


「どうした?」


また口に出していたみたい。


「あのね、休暇明けから学園に行ってもフェイに会えないでしょう?それがね、何だか寂しくて⋯⋯」


「⋯⋯ルナは俺と会いたいと思ってくれるのか?」


「当たり前でしょう?」


何を当然のことを聞くのよ。


ははっと笑ってフェイにギュッと抱きしめられた。

ちょっと苦しいけれどそれは許してあげよう。


「忘れないで。ルナが俺を望むならいつでも会えるよ」


邸に到着するとまた父様が出迎えてくれた。

父様の鋭い目が私の隣にいるフェイに向けられている。

そう、今回は父様と話があると言ってフェイが我が家に寄っているのだ。


「ルナ、疲れただろ?もう休みなさい」


確かに朝から磨かれ着慣れないドレスで一日過ごしたから疲れている。父様と大事な話なら私がいない方がいいよね。きっと王族だけの秘密の話でもあるのだろう。


「ええ、わかったわ。父様おやすみなさい」


と頬におやすみのキスをする。


「ルナゆっくりおやすみ」


と、父様からも頬にキスをもらう。


「ルナいい夢を。おやすみ」


と、今度はフェイから父様とは反対の頬にキスされた。今日三度目のキスだ。


「おやすみなさいフェイ」


もちろん私もお返しにフェイの頬にキスを返す。

その時の父様の顔が恐ろしいものになっていたのを気付かず私は部屋に戻った。




寝支度を終えベッドに入るとすぐに睡魔が襲ってくると思っていたのに意外と眠くならない。


春季休暇が明けると私も二年に進級する。

アリスト様は三年に。


フォネス伯爵家であの夫婦に虐げられ、エリザベスだけではなく使用人たちにまで馬鹿にされてきた経験からか何となく分かるんだよね。私に好意的かそうでないか。


あのダルド男爵令嬢を使っていたのはアリスト様だ。フェイが『アイツには気をつけろ』って忠告してくれたのも、彼女が見た目だけの人ではないことを知っていたからだ。


はぁ~私は学園生活を楽しみたかっただけなのにな。

面倒ごとは向こうから勝手にくるのだからその時は返り討ちにしちゃってもいいよね?


まあ、警戒は怠らないようにしないと加害者が被害者になってしまいそうなんだよね。


私には甘くて優しい父様だけど、牙を剥く相手には容赦しないってロー兄様がこっそり教えてくれたんだよね。

だから下手に被害が広がらないように私も気を引き締めなければね。


まあ、私がこんな決意をしている間に父様とフェイの間に一悶着があったことは知らない。




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



~父様&フェイの会話~



「お前いい加減にしろよ」


「何がですか?」


「とぼけるな!何当然のようにルナにキスしてんだ?」


「でもルナは嫌がっていませんでしたよ」


「⋯⋯お前本気なのか?」


「俺はルナが好きです。ずっと、ずっとルナだけでした。これからだってそうです。⋯⋯だから叔父上に反対されても諦めませんよ」


「⋯⋯お前のことは信用している。だが約束しろ!絶対に無理強いだけはするな」


「ありがとうございます。必ずルナを振り向かせて見せますよ。何年かかってもね」


「ふぅ~それで?本題はなんだ?あの伯爵令嬢か?」


「叔父上も知っていましたか。⋯⋯動きますよ」




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