第8話
「お帰りなさいませ。旦那様」
「今すぐ!今すぐ侍医を呼ぶんだ!」
「そ、その方は?」
「いいから早く呼べ!」
「は、はい!」
何てことだ。
この子が姉上の生んだ娘なのか?
こんなに痩せて傷だらけで⋯⋯
でも間違いない。くすんでいるが我がスティアート家の色だ。
大切にされて幸せに暮らしていたんじゃないのか?
何度手紙を送っても姉上からの返事はなかった。
姉上が亡くなったことも葬式が終わったあとに伝えられただけだった。
姉上の忘れ形見に会わせてくれと何度も何度も面会を申し込んだ。
毎回フォネス伯爵は「娘が会いたくない」とか「領地に行っている」と言って会わせてもくれなかった。
僕の唯一の姪だというのにだ!
名前も誕生日も貴族名鑑で知った。
「フローラ」
⋯⋯許さない。絶対に許さない。
フォネス伯爵も、嫌がる姉上を無理やり嫁がせた父上も、絶対に許さない。
診察の間、部屋から追い出された。
フローラは12歳になったところだ。
12歳とはあんなに軽いものなのか?
いや、そんなはずがない。
ガリガリにやせ細って⋯⋯まさかロクに食べさせてもらっていなかったのか?
それに使用人の服を着ていた。
貴族の令嬢が?有り得ない!
「どうなんだ?フローラは大丈夫なのか?」
「はい公爵様。⋯⋯過度な疲れと栄養失調ですね。栄養のある物を食べさせてゆっくり休めば大丈夫です。⋯⋯ただ問題は身体中の痣です。日常的に暴力を受けていたのでしょう」
「は?」
こんな小さな身体に日常的に暴力だと?
「フローラ⋯⋯」
もうフォネス伯爵家には返さない。
「フローラ⋯⋯もう大丈夫だ。ずっと僕とここで暮らそう?」
⋯⋯小さな手だ。
「フローラ⋯⋯僕が君を守るから。二度と辛い思いはさせないから⋯⋯本当だよ、だから安心してゆっくりおやすみ」
う、う~ん
!!
「フローラ!気がついたのか?」
「お、かあ⋯さま?」
「フローラ!」
ね、寝言だったのか?
僕を姉上だと思ったのか?
安心したのか薄らと目を開けたと思ったら微笑んでまた眠ってしまった。
⋯⋯可愛いな。血を分けた姪というものは初めて会ったはずなのに可愛くて愛しさが込み上げてくる。
トントンッ
「旦那様、私が代わりますのでお食事をお摂りください」
「いい、今はフローラの側にいたいんだ」
「⋯⋯シルフィーナ様の小さい頃にそっくりです」
部屋に入ってきた時から悲痛な表情だった。
「そうか⋯⋯マヤは姉上の乳母だったね」
「はい。⋯⋯こんな、こんな⋯⋯酷い」
ぽろぽろと涙を流すマヤ。
ここまでマヤが泣くなど姉上が亡くなったと聞いた時以来か⋯⋯いや、フローラの状態が目に見えている分さらに辛いものがあるのかもしれない。
「あの家にフローラは二度と返さない。ずっとここで暮らす。フローラの面倒はマヤが見てくれるだろ?」
「はいっ、はい、ありがとうございます。ありがとうございます。誠心誠意お仕えさせていただきます」
「だからもう泣くな。フローラが起きた時に驚くぞ」
「は、はい!」
「起きるまでは僕が側にいるからマヤには明日から頼むな」
「わかりました。⋯⋯では失礼します」
明日は起きてくれるだろうか?
起きるよな?
フローラがどんな生活をしていたのか僕に教えてくれ。⋯⋯姉上のことも。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
うん?
温かいしそれに柔らかい?ここは天国なのかな?
確認したいけれど、まだこの感覚を感じたい。
「フローラ!!起きたのかい?」
近くで優しい声がする。
「痛むところはないかい?」
「だ、誰?」
すっ、凄くカッコイイ。
「僕はローレンス。フローラの叔父さんだよ」
「お、叔父様?」
この人がお母様の弟で、私の叔父様。⋯⋯叔父様っていうよりお兄様だよ。
お母様に似ている。
「そうだよ。昨日、僕が仕事から帰ってきた時に門の前でフローラを見つけたんだ」
私、ちゃんとここまで来れたんだ。
「痛みは?」
「だ、大丈夫。慣れているから⋯⋯」
そんな辛そうな顔をしないで叔父様。
「フローラ、そんな痛みに慣れてはダメだよ」
「は、はぃ」
「お腹が空いただろ?⋯⋯用意させるね」
「い、いいの?」
「もちろんだよ。お腹いっぱい食べたらいいよ」
うぐぐっ、お腹がすいているのに口の中が切れていて痛い。食べづらい。
「ゆっくりお食べ。時間はたっぷりあるからね。痛むのだろう?」
「はい⋯⋯」
ローレンス叔父様はマヤというお母様の乳母だった人を紹介してくれた。
「フローラ、⋯⋯もうあの家には二度と帰らなくていい。だから僕とずっとここで暮らそう?」
「こ⋯⋯ここに、居ても⋯いいの?私を受け入れてくれるの?」
「当たり前じゃないか!フローラは姉上の忘れ形見で、僕のたった一人の姪なんだよ?」
「あ、ありがとう⋯⋯ご⋯ざいます」
「ああ、泣かないでフローラ!」
慌てた叔父様が頭を撫でてくれる。
こんな優しい温もりが久しぶり過ぎて嬉しくて涙が止まらない。
泣いちゃってごめんなさい。
でも、本当に嬉しいの。
「叔父様、ありがとう」
思わず叔父様の胸に飛び込んでしまった⋯⋯
「か、可愛いすぎるだろ!」
よ、喜んでいるみたいだからいいよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます