第5話:雀

 結局女体化や異世界転生の理由は謎のままだけど、俺はいっそ開き直る事にした。


 深く考えるのをやめたとも言う。


 どうせ元いた世界だって分からないことや意味不明なことがないどころかそんなんばっかだったし、別段それで困る事もそうなかった気がするし。

 なんなら住めば都じゃないけど、人間ってのは慣れる生き物だし、もらったチート能力のことを考えれば、決して生きづらくはないと思う。

 まあどうあがいても現実は変わらないってのと、だったらもうさっさとこの世界をこの身体で生きてく覚悟を決めてこれからの生活を考えた方がよっぽど堅実だと気付いたっていうのもある。


 はい、覚悟完了。

 ありがとう、オレンジの(以下略)


 というわけでいつまでもうじうじせずに下を向いてた顔をあげる。

 んでもって最初にやろうと思ったのは、魔法の検証だ。


 ただ使ってみたいだけ?その通りですけど何か?


 そんな誰に突っ込んでんだっていう一人ボケツッコミをしながら自分にクリーンの魔法をかけようとして……あんまり汚れてないな。

 そりゃそうだ、まだこの世界とこの格好になって間もないし、特に汚れるようなことしてないし。

 かといってこの魔法の検証のために汚れるのもなぁ。ヘッドスライディングでもするか?

 そこでふと、さっきおにぎりを握ったときの木の桶にご飯粒が付いてたのを思い出した。あれならちょうどいいな。

 で、そこで視線を木の桶に移し……


 何かいるな。


 恐る恐る覗いてみると、そこにはご飯粒をついばむ茶色と白を基調とした鳥がいた。そのフォルムには見覚えが。ていうか地元にめっちゃいたヤツだ。


 すずめ


 そう、雀がご飯粒をついばんでいた。

 この世界、雀がいるの?

 そんな疑問が頭をよぎるけど、それ以上に心を支配した気持ちがあった。


 何この子、めっちゃかわいい!


 元アラフォーのおっさんが何言っとんねん!とも思うが、疑問なんてどうでもいい、めっちゃときめく俺がいる。

 それこそ雀なんて転生する前だってよく見かけたし、普通にかわいいなとは思ってはいたけど、こんなに心を揺さぶられたりはしなかった。心が身体に引っ張られてるんだろうか?

 そんな小難しいことを考えつつも、そんな雀の可愛らしさと自分のキモさで悶絶したい気分だ。


 と、そこで雀がこっちに気づいた。


 あ、逃げられる。


 そう直感した。

 いやだって、雀って警戒心の塊みたいな生き物だ。パーソナルスペースというか、プライベートスペースというか、自身と相手との距離感がものすごく広い。ちょっとでもその領域へ足を踏み入れようものなら、即その場から離脱してしまう。

 そのことをちょっと残念に思ってたら、雀が予想外の行動を見せた。

 なんと、自分からこっちへ寄ってきたのである。

 あまりの衝撃で固まっちゃったね。まさにその様はアス〇ロンを唱えた勇者や秘孔を疲れたヒャッハーの如し。

 そしてあろうことかこの雀、俺の手に乗ってきたのだ。


 こいつ、人間の怖さを知らないのか!?


 俺の掌の上で存分に可愛さを振りまく雀。感動である。感動で脳が震える。


 そんな姿を思う存分堪能してると、不意に雀がこっちじゃなく、反対方向に視線?を向ける。いや、雀って目が横にあるから前が見えるのかなぁ?って。

 で、その視線の先には、ぶっとい角を持ったサイのようなでっかい生き物が、前足で砂を巻き上げながらこっちを見ていた。


 何アレ超怖いんですけど!?


 心臓が一気に縮んだ。


 でかい。とにかくでかい。結構離れてるっぽいのに余裕で目視できる。特大ダンプやでかい貨物トラックくらいのサイズはあるんじゃないか?

 で、そんなでかいのがヤンノカオラァ的な様子でこっちをロックオンしてりゃあビビる。

 今度は恐怖で身体が震える。当然足もガックガク。


 目を逸らしたら殺られる。


 脳がよくわからない謎理論を唱えだし、何故かそれを信じた俺は視線は外さない。

 が、まあ当然目線など関係なくサイ(仮)はこちらに向かってスタートダッシュを決める。


 目線関係ないやんけチクショウめぇ!

 

 俺は無駄な行動に反省と後悔をしながら恐怖でフリーズした自分に「動け、動け」と発破をかける。


 そんな時。


「ヂヂッ!」

「えっ?」


 雀の鳴き声で我に返ってそちらに目線が映れば、さっき掌にいた雀がホバリングしながらサイ(仮)に敵意を剥き出しで鳴いていた。


 いくらなんでも無茶な!


 この子なんで自分よりでかい相手に威嚇してるの!?逃げるところでしょここは!

 当然、走り出したサイ(仮)に止まるどころか躊躇する気配すら欠片も見当たらない。


「ダメだっ!」


 さっき動かなかった身体が嘘みたいに咄嗟に手が伸びた。一瞬でも癒しをくれた、この子だけでも助かってくれ!そう思って。


 瞬間。


 バチっ!


「痛っ!?」


 手に痛みが走り、条件反射で手を引っ込めてしまう。

 静電気!?こんな時に。いや、違う?


 ……なんか、雀の様子がおかしくない?


「チチチ……ヂヂヂヂヂヂヂッ!!!」


 バチバチバチッ!


「はぁ!?」


 なんて思ったら、雀が聞きなれない鳴き声を上げ、雀を覆うように青白い電気が走りはじめる。見た目を例えるなら、某忍者漫画の手に纏うアレ。


 めちゃくちゃビビった!なにその必殺技みたいなの!?


「めっちゃカッケェ!」


 今度は感動で心が震えた。


 あんなのアニメや映画でしか見たことないよ。こんな状況なのに何をのんきなと思うけど、これを見てときめかない男はいない。重ね重ね今は女だけど。


 って違う、そうじゃない。


 落ち着けミーハー部分の俺。ステイ。


 俺の知ってる雀にあんな能力はない。

 異世界の雀ってみんなあんなことできるの?


 なんて俺の心境のジェットコースターをよそに。


「ヂッ!」

「うわ早っ!?」


 まさに一瞬。刹那で目の前から雀が消えたと思ったら、青白い光の尾を残しながらサイ(仮)へと突撃。


 まさか正面からぶつかる気!?


 ドガッ!!!


 そのまさかだった。

 ちょっと今までに聞いたことがないでかい衝突音。

 で、吹き飛ぶまさかまさかのサイ(仮)。


「おいマジか!?」


 あのサイズ差で当たり勝つのかあの雀!?シンジラレナーイ。なんて非常識な……


 あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!というアニメキャラの有名な台詞がある。起こった内容は違うけど、まさにその言葉のような出来事が今、現実で起こっていた。


 開いた口がふさがらない。


 どうなってんだ異世界の雀!?

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