第2話:ギフト

「ん……」


 あれ?ここは……


「うお、まぶし」


 ゆっくり目を開いて最初に視界に入ったのは、どこまでも広い青空と少しの雲、それと燦燦と輝く太陽。


 思わず手で目を庇う。


「え?」


 ……どこだここ?この見慣れない白くて細くて綺麗で華奢な手は誰の手だ?それにこの声。妙にキーが高いような?


 よし、落ち着こう俺。まだ慌てる時間じゃない。どっかのバスケ選手もそんなこと言ってた。


 まずは自分の名前だ。俺の名前は米原 真。アラフォーのオッサンで、確か流行り病に倒れて絶賛病院で治療中だったはずだ。間違ってもこんなただっ広い草原にいた記憶は全くないし、俺の手は青筋がバリバリのいかにもこう、男の手って感じのごつい手だったはず。声だってこんな可愛らしい声、どうひっくりかえったって出しようがない。


 つまりどういうことだってばよ?


 俺は腕を組んで首をかしげる。


 むにゅ。


「んお?」


 おいまて、この、男の胸には絶対にない感触が腕にあるんだが?


 なんか変な汗がドバドバ出てくる。


 覚悟なんて決まらないけど、恐る恐る自分の胸元に視線を送る。


 ……ある。


 男の視線を惹きつけてやまないあの二つのお山が腕に押しつぶされてその柔らかさをこれでもかと主張している。


 おぱ、おぱ、おぱ、おっぱいがある。おっぱいがある!!


 大事な事なので繰り返し言った!


 そっかぁ、俺、女だったんだぁ。んなわけあるか!


 初めておっぱいを触った緊張と、それが自分のだっていう混乱、それに妙な恥ずかしさで頭がおかしくなりそうです!


 あ、ちょうちょ♪


 ……あまりにも衝撃が強すぎて、一時脳が考えるのをやめやがった。

 俺はどこぞの宇宙をさまようラスボスのようにはなりたくないぞ!


 というわけで現状を整理しよう。


 まず俺。俺は米原 真。アラフォーの(以下略)のはずだが、何故か今の自分は女。

 今いる場所。知らん!

 なんでここにいる?分からん!


 結論。わけがわからん!


 ……うん、なんだか自分の存在に自信がなくなってきたぞ?

 つかなんの解決にもなってねぇ!


 もう笑うしかないなあははははははははは。はぁ。


 きゅるるるる。


 ……今の腹の音か?めっちゃかわいいな!


 思わずお腹を押さえた手が、ウエストの細さを伝えてくる。が、今はそれは置いといて。

 こんな時でも空腹を主張するのか俺の腹よ。

 だが、お腹が空くと妙にネガティヴな方へ思考がシフトしがち。


 よし、何か食べるものを探そう。


 そう思って立ち上がると、身体からヒラヒラと何かが落ちた。


 なんだ?


 それはメモ用紙のようだった。とりあえずそれを拾い上げて見てみる。


「ギフト:握りの極意の使い方」

「ギフト?なにこれ?」


 よくわからないけどとりあえず読み進めてみる。


「ギフト:握りの極意とは、おにぎりを作るための究極の能力なんだな」


 この口調の書き方……あの神様で間違いんだろうな。


 夢じゃなかったんかアレ。


 で、おにぎりを作る能力ってことは……ようは自分でおにぎりを作って食べろってこと?

 なんつー雑な願いの叶え方を……

 って今はそれは置いといて。


「使い方は簡単。おにぎりを作ろうとすれば、自動で発動するんだな」


 わあ便利。


「ってなるかぁ!」


 メモを地面に叩きつけた俺は絶対悪くない。


「ここ!何もない、見渡す限りの平原!なんなら地平線が見えるし!そんな身一つで材料もなにもないのにどうおにぎりを作れと?」


 肩で息をしながら、読みかけなのにあまりの理不尽さについ怒りに任せて叩きつけたメモを拾い上げて、とりあえず続きを読むことにする。


「ごはんや具材はギフトの能力で作り出せるんだな。使用方法は、欲しいものを思い浮かべて袋に手を入れるようにすればいいんだな」


「……」


 後付けですげえのが出てきたよ。

 なんだよご飯や具材を作り出せる能力って。世の理をすっ飛ばして奇跡レベルの代物じゃないか!こんな気軽に人に与えていい能力なの!?


 きゅるるるる。


 お腹がご飯マダー?って催促してきやがった。

 ヨシ、こまけぇことは後に置いといて未来の俺の託そう。今はおにぎりに全集中だ。ヨシ!


 えっと、欲しいものを思い浮かべて……っておお、なんか出せそうなものが頭の中に浮かぶ。なんか妙な感覚だけど、同時に感動もする。すごいなこれ。

 出せそうなものはー……炊き立てご飯と、塩……だけ?

 え?ちょっと待って?おにぎりって言えば豊富な具材は?海苔は?贅沢は言わないけど、せめてふりかけ……いや、ただでさえ俺の我儘を神様が叶えてくれたんだ。これ以上の高望みは神様に失礼だな。


 それに、炊き立てご飯の塩おにぎり。


 それ絶対うまいやつだろ。


 間違いない。俺のサイd(以下自粛)もそれはうまいやつだと訴えている。いや、ただの経験則だけども。もちろん母さんの握ってくれたおにぎりの中にもあった。塩だけなのに何故か妙にうまかったんだよな。


 それじゃあ改めて、まずは炊き立てご飯を思い浮かべ、袋に手を入れるように……


「……うわぁ」


 何もないところに手が入り込んだ。こう、澄んだ水の中に手を入れる感覚に似てる気がする。

 こういう非現実的なのをみるとギフトすげえ、神様すげえって思うわ。


 で、何かを掴んだ感覚があって、手を出してみれば、よくお寿司を作るときなんかに使う木の桶にご飯の入ったものが出てきた。


 きゅるるるる。


 いかにも出来立てといった湯気が立ち上り、仄かに香るお米の匂いが食欲を掻き立て、またお腹が鳴った。


 いや、これはたまらん。


 俺はいそいそと塩も取り出す。塩は小さなお皿に盛られたのが出てきた。

 それをつまんで炊き立てご飯にかける。

 それを木の桶についてた木のしゃもじで混ぜる。

 しっかり混ぜたら握れる分を手に乗せ、握る。

 自分じゃありえない手際の良さと、炊き立てご飯なんて絶対熱いだろう物を平気で握れる自分に違和感をおぼえなくもないけど、これが多分ギフトの能力なんだなと思いつつ、夢中で握った。

 そして。


 トン。


 目の前には、空になった木の桶の中に、綺麗な三角の形をした三つの塩おにぎりが出来上がった。




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