第4話 肉を切ってみるのじゃ

 ヴォルフが「ヒュウー……」と息を吐くと、一瞬で姿が消えた。

 そうかと思うと、再び姿を現す。

 口元には魔獣と思われる肉塊が咥えられており、文字通り引きちぎってきたのだと分かる。

 何かされたことも気づいていない牛の姿をした大きな魔獣はヴォルフから逃げようとした瞬間、首から血しぶきを上げて倒れる。

 仲間が殺されたことに気が付いた仲間の魔獣たちは一目散に逃げだし、ヴォルフは追いかけようと力を入れると、尻をバシンと叩かれる。


「むやみな殺生をするでない。あまり狩りすぎると食えなくなってしまう。」


「創造神に頼めばいいんじゃないの?」


「馬鹿者!そのようなことにならぬよう考えて消費するのじゃ。お前も要らぬ借りは作りとうないじゃろうて。……むぅ。」


「そんなの気にしないのに……。……考え込んでどうしたの?」


「こんな巨大なものどうやって食べればよいのかのぅ……。」


「決まってるじゃない!生肉だよ?オレにはよくわからないけど、生き物には肉が必要なんだろ?そのまま食べればいいじゃないか?」


 自信満々にそう答えるヴォルフをよそに、ふくは魔獣に触れながら考える。

 水を出した時もそうだが、この世界には魔法というものがある。

 ふくはなんとかそれを再現できないか考える。


(飲み水を出した時はどのように思ったかの……。おそらく魔力というものを糧に湧き出すものではないじゃろう。何か……何かきっかけがあるはずじゃ……。)


 ふくはその辺に転がっている木の棒が目に入り、拾う。

 へそのあたりで魔力を練り上げ、それを木の棒へ纏わりつかせようとするが、自分と木の棒では構造が違うため、魔力は流れない。

 人間時代に魔力というものは存在しないため、力技で魔力を昂らせて木の棒へと注ごうとするが拒まれる。

 溜めた魔力が頭に到達した瞬間、ふくは目の前が暗転した。

 脳に過負荷を与えたことによる気絶だった。

 突然倒れたふくにヴォルフは慌てたのは言うまでもない。


§


 目を開けるとそこは書庫だった。

 先ほどまでいた洞窟のような空間ではなく、きちんと建物の中にいるようだったが、自分の国のような構造物ではなく、石を積まれたような建物だった。

 ふくは書庫の中から外を眺めるが、霧に覆われているのか、すべてが白い世界となっていた。

 ヴォルフの姿は見えず、体は狐の姿をしたままである。


「わしは……。魔獣をどう捌こうか考えて、力を入れたまでは覚えとるのじゃが……。」


 そう呟きながら本に手をかけようとすると、頭の上に一冊の本が墜落した。

 かなりの衝撃で、一瞬あの世が見えたと思ったが、ケガもしていないのか痛みもすぐに引く。

 そして、落ちてきた本を睨みつけると、【斬撃】と書かれたページが開かれていた。

 それを拾い上げ、文章を読んでみる。


「何々……。ものに刃物で切るような効果を与える魔法……。棒状のものに魔法を付与させると効果が出る……。それができたら悩んではおらん。しかしこの本は面白いの……。ほかの魔法とやらは……開かんの……。この項だけは開くのじゃ?」


 ふくは唯一開くページを開けると、『詠唱について』とかかれたページであった。


「詠唱とは魔法に目的を与えさせるものであり、明確に指示をすることで魔力は魔法となる……。……飲み水を欲したときは、のどが渇いておったから必死じゃったが……ただの飲み水じゃ魔法にはならんはずじゃ……。それにわしは詠唱しとらん。あのアホ犬の言う通り思っただけなのじゃが、それでも詠唱と同じようなことになるみたいじゃの。試しにやって――」


 ふくは魔法を発動してみようと試みた瞬間、再び視界が暗転するのだった。


§


 ふくは目を覚ますと非常に柔らかい物の上で眠っていたようであり、体の痛みはなかった。

 起き上がると、銀色の毛の塊がふくの視界を遮って再び倒される。


「クソ犬!わしは起きたのじゃ!離れるのじゃ!」


 大きな声で叫ぶと、バタバタと足を動かしてヴォルフは起き上がる。

 周りを確認し、ふくを視界に入れると心配そうな顔でにおいを嗅ぎに来る。

 ふくはなぜ心配されているのかわからず腰に手を当てていると、安心したようにヴォルフは口を開く。


「ふく、よかった。突然倒れるからびっくりしたよ?」


「……?わしは気をどこかへやっておったのか?む、それよりもわしは思いついたことを試したいのじゃ。」


 ヴォルフのことを気にも留めず、木の棒を拾う。

 先ほどの書庫で見たものを再現するように集中する。


(確か、魔力に目的を与えるのじゃな……。この魔力を物を切る目的を与える……。そうじゃな……刀を想像すると丁度良いかの?これを木の棒に纏わせる……。)


「上手くいってるみたいだね。」


「分かるのか?」


 ヴォルフは自信満々に頷く。

 この世界にずっと住み着いているというヴォルフのいうことは、ふくの中ではそれなりに信用できる。

 それは、魔法にだけ限られたものだが。

 斃れている魔獣に向かって、そうっと木の棒を当てる。

 しかし斬ることはできなかった。

 強く当てても、のこぎりのように押し切り、引き切りをしても刃が通らない。

 魔法を解き、その場に胡坐をかいて座り込む。

 その後ろ姿を見ただけで機嫌が悪くなっているのはヴォルフでもわかる。

 そんな彼女に、恐る恐る口を開く。


「物を切る魔法で斬れないなら、風の刃で斬ってみたらいいんじゃないかな……?たぶん付与魔法じゃ限界あるんだろうし、元素の魔法なら力はもっと籠められる……はず。」


 ヴォルフがそう告げると二人の間で沈黙が起こるのであった。

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