第2話 キツネになったのじゃ
ふくは覚ました時にはすでに狐と人の姿が混ざったものになっており、人間だった頃と違い様々な感覚器官が向上している事に気がつく。
人間時は至って健康体ではあったが、その頃より聴覚と嗅覚、そして視覚が急激に増加した事に違和感を感じる。
「この身体は目がよく見えるの……。薄暗いこの洞窟でも昼のように感じるの」
「そりゃあキツネになったからじゃない?キツネには特殊な何かが見えるって聞いたぜ?」
「お前は神なんじゃろう?なぜ知らんのじゃ?」
「だって、オレは闘いの神だし」
「どんな神でも、なんでも答えられんといかんじゃろ?天皇の側をしておったわしですら知識も知恵も必要じゃったからの」
人間だった頃、知識も知恵もない状態で統治して国が半壊しかけた自身の息子のことを思い出して指摘する。
ヴォルフは統治をしたことがないのか、指摘に対して耳が痛いようだ。
「う……。そ、それよりさ!ふくの人間の頃教えてくれよ!オレこの世界にずっと閉じ込められてるからわかんないんだよ。オーディンのやつ食い殺したところまでは知ってるんだけどなぁ」
「はぁ……?おーでん?誰じゃ、ヘンテコな名前をしおったヤツは。神といえば天照大神や月詠、伊奘冉(いざなみ)や伊弉諾(いざなぎ)、天鈿女(あめのうずめ)軻遇突智(かぐつち)の事じゃろ?ヘンテコな名前じゃ大したことないの。ましてやこんな犬っころに食われるなんぞ……」
「オーディン知らないの?ええ……アイツちょっと強いのに……。じゃあ、蛇のヨルムンガルドは?」
「よる……むん……がるど?ええい!訳のわからん言葉を喋るでない!」
ふくは立ち上がり、そのまま巣穴から出ようとすると目の前にヴォルフが立ち塞がる。
退けようとしないヴォルフを睨みつけて鼻の穴に指を刺す。
人間の頃は爪は伸ばしていなかったが、狐の体を手に入れることで鋭い爪が備わっていた。
そんなもので鼻の穴を刺されると痛くないはずもなく、「ふがっ!?」と言う声と共に鼻を押さえてうずくまる。
涙目になっているヴォルフを見下して一言告げる。
「わしの前に立ち塞がるなぞ、ええ度胸じゃ。わしはここから出ていく。犬臭くて堪らんのじゃ」
「……そのまま出たら、また大蜥蜴の時みたいに魔獣の子供を孕ませられるぞ……」
「……孕むのか?」
「魔獣だし。産む時に引き裂かれて死ぬぞ〜」
ふくは魔獣の生態を知ると、若干嫌そうな顔を浮かべる。
それで一度死にかけたのだからしょうがないのだが。
ヴォルフの真面目そうな顔を見て嘘ではないと信じてため息を吐く。
「……お前は強いのじゃろう?わしを守れ」
「ついていっていいの!?行く行く!ふくと一緒に行く!」
「やかましい!黙ってついてくるのじゃ!」
二人?は巣穴から出て探索に再挑戦するのであった。
巣穴付近は比較的岩に囲まれた場所で、その中でも高所であった。
太陽のようなものは弱々しく輝き、常に薄暮の環境である。
「ぼるふよ。この世界に夜はあるのか?」
「あるよ?真っ暗になるからわかると思うよ。夜になったら魔獣はよく動くから、隠れたほうがいいんじゃない?」
「お前でも敵わんのか?」
「まさか!オレはこの世界最強だよ?負けるはずがないさ」
「なら良いのじゃ。試しにそこにおる蜥蜴を倒して見せぃ」
ふくが指を指した先は岩場であった。
ヴォルフは目を凝らしても見えず、首を傾げる。
見えていない事に気がつくと、ヴォルフの言葉を思い出す。
「そうか、わしはお前に見えないものが見えるようじゃな。あそこの岩場にの岩と同じ色をしたトカゲがおるんじゃ」
「へえ、そんじゃあの辺りを凍らせれば良いんだな?見てろよ〜」
「凍らす?何を言っておるんじゃバカ犬。雪も降るような気候でもある――」
呆れた様子で不可能だと言おうとした瞬間、岩場が全て凍土に変貌する。
突然の出来事で口をあんぐりとしていると、無邪気な笑顔でふくのそばに来て尻尾を振ってアピールする。
反応がないふくを見て、スカしたようにアピールする。
「お前……何をしとるんじゃ?凄い力を持っておるのに本人が残念なヤツじゃのう。それにしても、お前は妖術が使えるのかの?」
「ヨウジュツ?オレの氷は魔法って呼ぶんだぜ。この氷は生命も凍らせるから強いぜ」
「そうなんじゃの。しかし……わしにも使えるものかの?お前言っておったじゃろう?血を分けてやると」
「きっと出来るんじゃない?オレは氷しか使えないけど。イメージをして頭の中に言葉を繋いでいけばなんとかなるよ」
ふくはヴォルフの大雑把な説明にイライラしながら、歩みを進めていく。
魔法を使おうとしないふくにヴォルフは不思議そうな顔をして後ろについていく。
「ぼるふよ。お前はこの世界を全て知っておるのか?」
「流石に全部は知らないね。創造神じゃないから、知っているのは自分のナワバリの周りくらい」
「……ならばわしと共にこの世界を知り尽くしに行くのじゃ。そして、わしはこの世界を統べる存在になる。ついでにお前の首もいずれ狩ってやる」
ふくの野望を聴きヴォルフは目を点にしていたが、その真意に気づくと凶悪そうな笑みを浮かべて笑い始める。
「いいだろう!いつか来るその日を待っているとしよう。それまではふくのそばに居てやるよ」
「なんじゃ、偉そうに。怖気付いて逃げるかと思っておったのじゃが、狩り甲斐のあるクソわんこじゃの」
「ええ……。せっかくふくは綺麗なヒトなんだからさ、クソわんこなんて言わないでよ……」
「お前……もしや、わしに惚れとるのか?」
「そうだよ!ふくのこと綺麗だからそばに置いとくんだよ?」
無邪気な笑顔を見るとふくの目には神ではなく、ただの子供のような犬にしか見えなかった。
自分のことを躊躇いも無く好意を伝えに迫るヴォルフに対し、若干引き気味ではあった。
「気持ち悪い犬じゃの」
「なにそれ、酷いっ!」
ふくはスタスタと歩いて進んでいき、それをヴォルフは追いかけた。
ヴォルフからは見えなかったが、ふくは少し嬉しそうな顔をするのであった。
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