第9話 番外編 ウォルター視点

 このオレ、ウォルター・グリフィン・ブラウンスと言えば、若手魔法使いの中でもそこそこに名前が売れている。

 例えば、貴族のご婦人たちが「ほほほ、あたくしの息子は、あのウォルター・グリフィン・ブラウンス先生に魔法を習っているのですわ~」と自慢する程度には、まあ、有名。

 もちろんかの高名なローレンス・グリフィン・ミルズ様やベン・ラッセル・ケンプ様など、遥か高みにいる魔法使いとは、比べ物にはならないくらいの若手だが。

 まあ、そんなオレにはあちらこちらから「今の契約が終わったら、次はうちの息子や娘に魔法を教えてくれ」という声がかかってくる。

 たいていが、貴族学園に入学する前、他の貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんより先に勉強して優位に立ちたいっていうのと、オレに魔法を習っているという箔付けみたいなものなので、個人教授期間は短いんだが。

 ま、短い教授期間でそれなりの金を稼ぎ、そしてその金で、自分の魔法の研究を重ね、魔法学会に論文なんかを発表し、更に自分の、魔法使いとしての価値を高める。その繰り返し。

 そんな感じで過ごしていたオレに、ある時アルウィン侯爵なんていう、上位も上位なお貴族様からお声がかかった。

「えーと、ご子息の魔法指導で?」

 と聞いたら、違った。

「いや、息子の婚約者であるレシュマ・メアリー・ミラー子爵令嬢の魔法指導に当たってもらいたい。貴族学園に入学するまでの短い期間で構わない」

 は? 息子の婚約者でしかない娘っ子の魔法指導を、わざわざ依頼する?

 しかも侯爵家の息子の婚約者が、たかが子爵令嬢⁉

 なーんか裏でもあるんじゃねえのかな~と疑った。

 だけど、さすが侯爵家。今までオレが受けてきた依頼なんかより、破格に報酬が良かった。

 んー、この報酬なら、短期間でも、その婚約者の娘っ子の指導をした後、隣国に行って、直接ローレンス・グリフィン・ミルズ様やベン・ラッセル・ケンプ様に魔法を習いに行けるんじゃねえかなー……なんて、ちょっとした欲ありで、引き受けた。

 その程度の気楽さで。

 だけど、レシュマ・メアリー・ミラーは、オレが今まで魔法を指導したお坊ちゃん、お嬢ちゃんたちとは全く違った。 

 若草色の瞳をキラキラと輝かせて、オレの魔法に見入っていた。

「先生先生先生っ! この魔法ってどうやるんですかっ! わたしにもできるのっ⁉」

「あー、うるせー、落ち着け」

 と言いつつ、オレも嬉しくなってくる。

 懇切丁寧に教えてやれば、すぐにとは言わないけれど、一生懸命考えて、魔法に向き合っている。

「わかったっ! こうでしょうっ⁉」

 そして、オレの教えてやった魔法を自分のものにする。

「おお! よくできたなレシュマ。すげえぞ」

 褒めると、ホント嬉しそうに笑って、飛び回る。

 ……子犬とかみたいだな。

 最初はそう思った。それだけだった。

 素直でかわいい。教えるのが楽しい。

 しかもオレが教えたことを、どんどん吸収して、更に面白い発想まで出してくる。

 子どもならではの視点、そういうやつか。

 それとも、レシュマならではの発想なのか。

 例えば、シャボン玉。

 初歩の魔法の練習として、オレはよく生徒にシャボン玉を作らせる。

 ほとんどの生徒はごく普通のシャボン玉を作って終わり。

 レシュマは違う。

「ウォルター先生、シャボン玉ってすぐに消えちゃいますよね。ずーっと消えないで残っているシャボン玉って作れないのかなあ……?」

「おう、やってみろ」

「うー……」

「粘り気と保水力。それ考えてみろや」

 ヒントだけ言って、それで放置。しばらくすると本当に割れないシャボン玉を作りやがった。

「見てください、ウォルター先生っ! 割れても割れないシャボン玉っ!」

 レシュマは、穴が開いても割れないシャボン玉を作りやがった。

「はー……、マジか」

 穴が開いてもゆら~ふあ~っと、しばらくの間、っていうか、結構長い間漂って、それからシャボン玉は消えた。

「穴が開いちゃうのは仕方がないので、それでもしばらく保つようにしてみましたっ!」

「マジ、スゲーな、レシュマ……」

「永遠にって言うのは無理でしたけど、長持ちしましたっ!」

「どうやったんだこれ……」

「あー、シャボン玉って、魔法じゃなくて、実際に作るときの材料はお水と洗濯のりと洗剤でしょ。そこにお砂糖入れてみたんです」

「砂糖? どういう発想だよ……」

 なんだそりゃ、どこから砂糖なんてもんを考えだしたんだ?

「先生が、粘り気と保水力って言ったから。ほら、お砂糖を水に溶かすとなんとなくべた~って……」

「あー……」

「でも入れただけじゃ、うまくいかなくて。で、配合率かなーとか、魔法でいろいろ変えてやってみて」

「ふんふん」

「で、お水が10とすると、洗濯のりは1、洗剤は5お砂糖は8っていう比率にして、それを魔法で混ぜてみたの。その状態を実際に作った上で、今度は魔法だけで同じ状態を再現できるように頑張りましたっ!」

「その配合率は、どうやって決めたんだよ」

「え? お水10は固定して、洗濯のりは1・2・3……て10段階。洗剤も同じように10段階。お砂糖もです。で、全部の組み合わせを試してみて一番これが長持ちしましたっ!」

 えっへんと胸を張るレシュマ。

 すげえな。

 なんていうかすげえ。

 才能というよりも根性っていうのか……。組み合わせを考えて、それを全部やってみたのか……。

 まだ、貴族学園にも入学していない娘っ子が、自分でこれだけのことを考えてやってみるって……。

 すげえ、な。

 あんまりに感心したので、オレは知り合いの魔法使いにこのレシュマのことをガンガン話したりしてみた。

 そしたら……。

「ふーん、そのレシュマって子、かわいいのか?」

 と、知り合いの一人が言ってきた。

「まあ、娘っ子だから、それなりにかわいいっちゃかわいいが……」

 なんだ? わからなくて、首を傾げたら、そいつはニヤニヤ笑った。

「いや、そのなかなかすげえ教え子がさあ、男だったら、お前、そこまですげえとかいう? 熱心に面倒みる?」

「はあ?」

 そいつが何を言いたいのかわからなくて、オレは首を傾げた。

「かわいい女の子だから、親切に教えてやってんじゃねえのー」

 にやにやにやにや笑われた。

 かわいい……うーん、確かに子爵令嬢とはいえ貴族の女の子。長いだけに見える黒い髪だって、きっちり丁寧に梳いて、きれいなもんだし。それに、こっちを見上げてくる若草色の瞳なんかもキラッキラして、すげえきれいだなー……っていやいやいやいや。俺とレシュマがいくつ年が離れていると思うんだよ。

 って言ったら。

「やーい、幼女趣味ヤロウ。犯罪だけは侵すなよー」

 とか言われた。

 はあっ! そんな目でレシュマのことを見たことはねえぞっ!

 オレはあいつの才能っていうか、魔法に対する熱意をだなあっ!

「あー、はいはい。ま、三十前のおっさんに、ちっさい女の子が惚れるわきゃあないわよねー」

 あ、からかわれたんだなと思ったけど。

「それ以前にレシュマは侯爵家の御子息の婚約者だっつーの」

「あー、若手ナンバーワン魔法使いであるウォルターも、侯爵家の権威には負けるか~」

「そーいうんじゃねえってのっ!」

 怒鳴ったけど、まあ、確かに、レシュマがアルウィン侯爵のご子息であるスティーブン様とやらの婚約者であることは事実だ。

 オレが、レシュマのことを、どうこう思ったところで、オレはアルウィン侯爵から、ご子息の婚約者のために、魔法を教えているだけに過ぎない。

 ……なんかな。

 うまく言えないけど、なんかな。

 オレがどうこう言う問題じゃないけど、レシュマはあれだけ魔法に対して情熱をもって取り組んでいるのに。

 だけど、オレを雇ったアルウィン侯爵の思惑は多分違う。

 侯爵家の息子の婚約者。それが子爵家の娘。

 普通なら結ばない縁組。

 だけど、アルウィン侯爵のスティーブン様とやらには、既に二十回以上婚約を解消になったという不名誉がある。

 だから、子爵家の娘でしかないレシュマにも、お鉢が回ってきた。

 単なる子爵家の娘では、侯爵家には釣り合わない。

 だが、幸い、レシュマには魔法という才能がある。

 だから、その魔法の才能を引き上げて、オレに師事したという箔までつけて、その価値を高めようとしている。

 だから、きっと、レシュマに本格的に魔法を学ばせる気なんて、アルウィン侯爵にはない。

 レシュマの価値がそれなりに上がったら、それでいい。

 そのためだけに、オレという、名の通った魔法使いを呼んだ。

 ……ある程度、レシュマの魔法使いとしての名が広まったら、それで、もう、きっとオレの役目は終わる。レシュマにそれ以上、魔法を教えてやることなんてできない。

 オレが、レシュマのことをどう思っているとかはよそにおいて。

 オレが、レシュマにしてやれる期間はきっと短いんじゃないかな?

 そもそも、元々貴族学園に入学する前までって契約だったし。

 だから、わざと。

 オレは、レシュマを連れまわした。

 学会にも連れて行ったし、論文とかも書かせた。

 貴族学園に入学する前の貴族の娘っ子に対する扱いじゃないけど。

 一人前の魔法使い扱いで、学会に連れて言ったらバンバン発言もさせた。

 オレが可愛がっている娘っ子ってことで、最初はにやにや笑いながら、レシュマの発表を聞いていた他の魔法使いたちも、いざ、レシュマの話す内容を聞いたら、目の色を変えた。

 そりゃあ、若いから、理論に穴なんか、めっちゃあった。

 だけど、理論構成よりも、レシュマは魔法に対する発想が群を抜いていた。

 シャボン玉に、砂糖を入れて、それを、魔法で再現した時みたいに。

 だから、オレの贔屓で、学会にまで連れてこられたお稚児さん扱いは、すぐになくなった。

 レシュマは自分の実力で、魔法学会なんかに参加する魔法使いたちに認められつつあった。

 まだ、実力は不足しているけど、それでも、将来、素晴らしい魔法使いになるんじゃないかって、みんなから受け入れられて、期待してもらってさ。

 だから、アルウィン侯爵には悪いけど、さっさとレシュマとスティーブン様とやらの婚約なんかなくして、レシュマには魔法使いの道に進んでもらいたいって思ってた。

 だけど。

 他でもない、レシュマが、その道を選ばなかった。

 なぜなら、レシュマは……スティーブン様とやらに、本気で惚れていたのだから。

 そのために、レシュマは魔法で、自分の嫉妬心を消せないかなんてこと、本気で研究をしていたのだ。

 スティーブンってヤツは、オレから見れば、すげえ嫌な奴だ。

 外見はそりゃあ、天使かってくらいにキラッキラに輝いている。

 あんなにきれいな男なんて、この世の中に存在したのが奇跡ってくらいだ。

 だから、いつも複数の女の子に囲まれている。

 ちやほやされるのが当たり前って思っているヤツだ。

 食い物だって、女の子がフォークで口元まで運んでいるし、いつも右手にも左手にもレシュマじゃない別の女の子をぶら下げている。

「ミアさんたちが、スティーブン様にくっついているのを見ると、わたし、どうしても、嫌な気分になるんです……」

「そんなのあたりまえだろーが」

 好きな男に、しかもそいつは自分の婚約者で。

 それなのに、複数の女を侍らしている。

「だけど、スティーブン様に、嫉妬心を見せたら、わたし、スティーブン様との婚約を解消されてしまう……。だから、平気なふりをして、嫉妬なんて感じてませんよって笑顔でいるしかなくて……」

 苦しいんです……、と、レシュマは言った。

「魔法で、心を操れるのか、どうやったらできるのかって考えちゃうんですよね。嫉妬なんて気持ち、ないほうがいいでしょうって」

「レシュマ、お前の発想は面白い。魔法が、人の心理を操れるか。もし可能であれば、どうやったら操れるのか。不可能な場合の定義はなんだ。ふむ、研究の余地は多大にある」

 ……一応、肯定はしてみた。

 頭から否定したら、レシュマが崩れ落ちそうだったから。

 魔法で、心をなんとかしたいなんて思うほどに、きっとレシュマは……。

「操れるのなら、本当は、わたしの嫉妬心を消し去るのではなく、スティーブン様がわたし一人だけを大事にしてくれるようにって、そんな魔法を開発するつもりで……」

 ああ、本当にレシュマはスティーブンとやらに、自分だけを見つめてほしいんだろう。だけど……。

「それは無理だ」

 オレは、きっぱりと言ったのだ。

 発想は面白いとか持ち上げておいてなんだと言われえるかもしれないが、それは人として駄目だ。

 ……魔法としてだったら面白い研究課題なんだがな。

 そう思ってしまうあたり、オレも魔法バカなのかもしれんが。

 だけど、学問としては良いが、実行するのはダメだろう。

「いくら魔法でも、相手の心を捻じ曲げることはできない。いや……できるのかもしれん。一応『魅了』なんていう魔法も、概念だけは存在しているからな。今はなくともいつか誰かが、そんな魅了魔法を構築するかもしれん。だが、オレは、相手の気持ちを捻じ曲げて、自分を愛するように仕向けるような魔法を使う人間を軽蔑する。いいか、よくきけレシュマ。相手の心を無理矢理を変えることはできない。変えられるのは自分の心だけだ」

「ウォルター先生……」

「そんな魔法を開発して、無理矢理にスティーブン様とやらに愛されて、お前はそれで満足か? 魔法で造っただけの、偽物の愛情でもいいというのか?」

 言いながら、オレも自分自身の心に向けて問う。

 魅了とか、無理矢理に相手の気持ちを捻じ曲げる魔法を開発して、それで、無理矢理にレシュマの気持ちをオレに向けて、オレを愛するようになって、それでオレは満足か?

 ……ああ、そんな問いが思い浮かぶ当たり、なんだかんだ胡麻化しても、きっとオレはレシュマに惹かれているのだろう。

 あの、キラキラとした若草色の瞳に、とっくにひきつけられていたのだろう。

 だけど……。

「魔法で、相手の心を捻じ曲げて、無理矢理お前のことを愛させるようなことはするな。どうせ努力するなら、ミアとかいう女たちなんか、目でもないくらいにお前が魅力的な女性になって見せろよ。スティーブンとやらが、レシュマ以外の女に目が行かないようにってさ」

 オレはオレ自身に言い続ける。

 魔法で、無理矢理レシュマの気持ちを捻じ曲げて、オレに惚れさせるようなことをしてはいけない。どうせ努力するなら、スティーブンなんてやつなんか、目でもないくらいに、オレがレシュマにとって魅力的な男にならないとダメだって。

 ……超が付くくらいの美少年に、三十前のおっさんが張り合えるだろうか?

 マジで、魅了魔法とか開発して、無理矢理レシュマの心を俺に向けたくなるな~。

 だけどそれはやったら駄目だ。

 わかっているのに、魅了魔法やら、人間の心理に関わる魔法やらの研究をしてしまう駄目なオレ。

 魔法心理学なんつーもんまで作り上げてしまった。

 レシュマは尊敬の目でオレを見てくるが……。すまん、研究するだけで、あとは封印する。使わねえ、絶対に、オレの魂かけて、尊厳をかけて、それを誓う。あと、もしその魔法を使うやつが出てきた時の対策として、魅了解除の魔法もこっそり作っておく。よし。これで完璧。

 あー、あと俺がレシュマにしてやれるのは何だろうか。

「っていうかさ、そんなクソったれ男、お前はどこがいいんだよ」

 うっかり聞いてしまった。

「……わかりません。初めて出会って、一目見て、すぐに好きになって……、それからずっと好きで、好きで……。苦しいのに嫌いになんて、なれなくて……」

「はあ? 顔か? しょせん男は顔なのか?」

「どこがどうとかじゃないんです……。ただ好きで、好きで……どうしようもなくて……。わたしだけを、好きになってほしくて。それが無理なら、わたしのこんな醜い嫉妬心、消し去りたいって……」

 とりあえず、スティーブンとやらを想って泣くレシュマの頭を撫でてやることしかできねえの。

 情けねえなあ……。

「スティーブン様とやらはさ、お前がそんなに気持ちを傾けるほどの、いい男なんかじゃないと思うぞ。さっさと失恋して、他の男に目を向けろよ。いい男なんて、この世の中、いくらでもいる。ほら、泣き止んで、お前の目の前にいる、このいい男に目を向けてみろよ。どうだ? 美少年とかではないけれど、なかなかのもんだろ?」

 決死の覚悟で、言ってみたセリフ。

 だけど、レシュマは、慰めるための冗談だと思ったらしい。

「……ウォルター先生はもう三十歳じゃないですか」

「まだ二十九歳だっ!」

 チクショウっ! どうせ、レシュマと同世代じゃねえよっ! お前よりおっさんだよっ! 一歳でも若く見せてえっつーのっ!

 オレがあまりに必死に言ったら、レシュマは笑った。泣きながら、笑った。

 ……いつか、泣き笑いなんかじゃなくて、本当の笑顔を浮かべてほしい。

 そのために、とりあえず、姑息な手段を発動。

 物理的に、スティーブンなんてやつから、レシュマを引き離してやろう。

 というか、もうレシュマたちが貴族学園に入学すれば、アルウィン侯爵家からの依頼も終わるんだよな。

 元教え子に対して、たまに連絡……くらいはできるだろうが、これまでのように、ちょくちょくレシュマと会うことすらできなくなっちまう。

 そのために、絶対にレシュマを釣れる案件で、誘ってみた。

「もうすぐローレンス・グリフィン・ミルズ様の講演会があるんだが、レシュマ、お前も行くか? ただし、開催は隣国でな。行くとなると、学園の入学式の当日には帰国が間に合わないんだが」

 行きたいよな? 

 行くよな?

 それで、そのまま隣国に住んじまおうぜ。

 魔法に夢中になっている間に、あんな男のことは忘れちまえ。

「い、行きたいですっ! ああ、ローレンス・グリフィン・ミルズ様……っ! ひ、一目でいいからお会いしたいっ! 握手とか、していただけたら、もう、どうしよう……っ!」

 ……おい。爺かよっ!いや、確かに高名だけどな!

 レシュマはきゃいきゃい言って、オレの周りを飛び跳ねまわっていた。

「……レシュマ、お前、二十九歳のピッチピチの若さを持っているオレには興味を向けないくせに、魔法使いローレンスなんていう、棺桶に片足突っ込んでいるようなじいさんには、目をキラキラと輝かせるんだな?」

 すねるぞオレは。ジトッとした目でレシュマを睨む。

「だ、だって、わたし、ずっと、あこがれていて……。あ、あと、ウォルター先生、誕生日過ぎたでしょ? わたし、ちゃんと贈り物も差し上げましたよね。だから、先生、もう三十……」

「まだ二十九だっつってんだろっ! そーいうやつは連れて行かねえぞ」

 くそうっ! ああ、そうだよもう三十だよっ! お前からもらったプレゼントは、めっちゃ大事に仕舞ってあるよっ!

 飛び跳ねまくっていたレシュマが、しゅんとした顔で、俯いた。

「でも……、わたしのお父様やお母様、それにスティーブン様のお父様がたが、許可してくださるかどうか……」

「んー、ああ、そうか。貴族学園の入学式に、アルウィン侯爵家の嫡男の婚約者がいないとあれば、五年も保ったが、また二十何回目かの婚約解消とか言われるかもしれねえもんな……。すまん、考えなしに誘っちまって……」

「そう……ですよね……」

 がっくりと肩を落とすレシュマ。

「あー……、じゃあ、講演会が終わって、帰国したら、その話、目いっぱいしてやるから。お前んちに尋ねていくわ。それでいいか?」

 レシュマはキラキラした目になって、「はいっ!」って答えてくれた。

 ……よっし、連れていくことはできなくても、とりあえず、アルウィン侯爵家からの依頼期間が終了しても、オレがレシュマん家を訪ねる理由ができたぞ……っと。

 うん、まあ、長期戦だな。こりゃ。

 そう思いつつ、オレは隣国へと旅立った。

 レシュマは貴族学園に入学。

 とりあえず、その貴族学園を卒業するまでの期間で、レシュマを奪えればいいだろう。

 まだ、時間はある。大丈夫大丈夫。

 そう、オレは思っていた。



   ☆★☆



 だけど、レシュマの心はとっくに限界だったんだ。

 魔法で心をなんとかしたいなんて思うほどに。

 隣国に行って、魔法まみれになって、まだ時間があるから大丈夫なんて思っていたオレは大馬鹿野郎だった。

 レシュマとスティーブン様とやらの婚約が解消になったと聞いた。

 オレは血相を抱えてレシュマのミラー子爵家へと向かった。

 レシュマは、魔法で、自分の心から、嫉妬する心をなくした。

 と言っても、全部の嫉妬心をなくしたわけではなく、スティーブンにまとわりつく女どもへの嫉妬心なんかだけを消したらしいが……。

 それでも、心を、魔法で、無理矢理変えてしまったのには違いはない。

「ごめんな。そんな魔法を使うほど、お前が苦しんでいたなんて、ちっとも気が付かないで」

 ごめんな。そこまで追い詰められていることに、ちっとも気が付かなくて。

 何もしてやれなくて。

 オレは、手を伸ばしてレシュマを抱き寄せた。俺の胸まで程度しか身長がない、まだまだちっさいレシュマ。

 だけど……。

「そう……ですね。きっと、苦しかったんでしょう。だから、嫉妬心を消せば、スティーブン様のお側にいられるなんて、馬鹿なこと考えて……、魔法を使って……。でも……」

 本当に、本当に、好きだったんだろう。あのクソ野郎のことを。

「……もう何も感じません。嫉妬心と一緒に恋心もなくなってしまって」

「感じてないだけと、思っていないのは、違うだろ……」

「はい?」

「ずっと好きだったろ、あいつのこと。好きで好きで……その気持ちは、レシュマの心の中にまだあるんじゃねえか? あるものを、感じ取れないだけで」

 きっと、ずっと、好きなままなんじゃあねえかな。

 心を消したのではなく、感じなくなっただけ、なんだろ?

 感じ取れないだけで、ずっとずっと、心の奥底では好きなまま……なんだろ?

「さあ……、わたしには、わかりません。もう、感じられないから」

「そっか……」

 ちゃんと失恋させてやればよかった。

 そうでなきゃ、俺が無理やり奪っちまえばよかった。

 だけど、もう遅い。

 既に、レシュマは魔法を使った。

 その魔法を、解くことも、きっとオレにはできる。

 だけど、解いたところで、また、レシュマが苦しむだけだ。

 なら……オレが、レシュマに、してやれることは何なんだろうな。

 惚れた女を、感じないからって苦しませているのは、嫌だ。

 考えているうちに、レシュマが言った。

「魔法で、心を変えるような、そんなことは、もうしない……です」

「そうだな」

「わたしが、また間違えないように、ウォルター先生、ずっとわたしのそばにいてもらっていいですか? 間違えたら、違うって言ってもらっていいですか?」

「ずっと……って、一生か?」

 ちょっと待て。ええと、それは……、勘違いしそうになる。

 白いウエディングドレスなんか着て、オレの横で笑うレシュマの姿が浮かんだ。

 うわあ、いくらなんでもオレ、止まれ。それは空想を通り越して妄想……。

「はい、できれば」

「レシュマ、おまえ、それ、一生傍にいてくれって、ぷ、プロポーズ、かよ……って、お前にはそんなつもりは……ない、んだろう……な……」

 血圧急上昇で、世界がピンク色に染まりそうになったけど……、レシュマの顔を見て冷静になった。

 うん、プロポーズはあり得ない。

 監視役とか、監督役。

 レシュマが俺に期待しているのはそれだ。

「はい?」

 急上昇した血圧は、急下降した。

 オレはがっくりと肩を落とした。

「ウォルター先生……?」

 どうしたんだろうって感じに、首を横に傾げるレシュマ。

 あああああああああもうっ! チクショウかわいいなああああああああっ!

「あーもうっ! いいよ、一生面倒みてやる。とりあえずだな、オレは隣国に行くから、レシュマ、お前も一緒に来い」

 もう、いい。

 段階すっ飛ばして、とりあえず、連れていくっ!

「はい? 隣国?」

「ローレンス・グリフィン・ミルズ様がな、隣国で新しい魔法学校を設立して、オレはその講師として赴任する」

 レシュマがスティーブンとやらと、もしもそのまま結婚とかになったら。

 オレは傷心を抱えて、そのまま隣国に逃亡しよう。

 そう思って、内定を引き受けておいた。

 一応、レシュマが貴族学園を卒業してから、オレも隣国に向かうつもりでいたんだが……。もういい、即座に行ってやる。レシュマも連れて。

「え、えええええええええっ!」

 レシュマは、すごいすごいと飛び回っている。よし、もう一押し。

 「ローレンス・グリフィン・ミルズ様だけじゃねえぞ。ベン・ラッセル・ケンプ様も直接指導にあたるって」

 きゃああああああっと、レシュマは歓喜の叫びを上げた。

「連れてって連れてって連れてってええええええ」

「あー、うるせえ。叫ばんでも連れていってやる。あーほんとお前は二十九歳のピチピチなオレには惚れないで、棺桶担いだじーさんにばっかり目を輝かせやがって」

 よし……と思いつつ、行く理由がオレではなくて、じいさんがたとは……まあ、いいか。

 苦笑しつつ、オレはレシュマの頭をがしがし撫でた。

「楽しいこと、山ほど詰め込んでやれば、いつか本当に初恋なんざ、忘れるだろ。勝負はそれからだな。ジジイどもには負けんぞオレは……」

 ブツブツ言いつつ、それじゃあ、さっそくレシュマのご両親にご挨拶……ではなく、レシュマを隣国に連れていく許可を貰おうと、オレは意気込んだ。




    ☆★☆





 隣国に渡って十年後。

 そろそろいいかと思い、花屋で真っ赤な薔薇の花束なんてものを買ってみた。

 そんで、レシュマにプロポーズした。

 なのに。

「えっと、わたしが間違えそうになったらすぐ止めてくれるためにケッコンするの……?」

 やっぱり、オレはお前の監視役かああああああっと、怒鳴ろうと思ってやめた。

 そういや、ちゃんと言ったことがなかった。

 息を思いっきり吸って、大声で言う。

「ばーか、オレがお前を好きだからプロポーズしたんだよっ!」

 レシュマはしばらくの間、思考停止状態だったけど。

 差し出した薔薇の花束を受け取るより先に、オレに抱き着いてきた。

 お、おおおおおおおおお⁉

「ふつつか者ですが、一生よろしくおねがいしますっ!」

 一生離してやんねーし、一生好きだって言い続けてやるから、覚悟しろ、レシュマっ!





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





取り急ぎ、書き上げた、先生視点。

やっぱ蛇足かなと思いつつ、お楽しみいただければ幸いです。


スティーブンの話やその他エトセトラ、もうちょっとお待ちくださいませm(__)m

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