第8話 結末

 そのあと、しばらく経って、アルウィン侯爵家から呼び出された。

 お父様とお母様そして兄様と一緒に馬車に揺られて、侯爵家に向かう。

 馬車の中ではお父様たちは困惑顔をしていた。

 それはそうか、五年も婚約を続けていて、順調に愛をはぐくんで、学園を卒業した後はそのまま婚姻を結ぶ……と、思っていたのだものね。

「レシュマ、婚約を解消というのは一体どういうことだ……」

 青い顔のお父様がわたしに聞いた。

 んー、侯爵家に着く前に、きちんとお話をしておいた方がいいのかな?

 でも、侯爵家でも、同じ話を繰り返すことになりそうだしな……。

「ごめんなさい、お父様」

 とりあえず、謝罪だけはしておこう。

「お前、スティーブン様のことが好きだったんだろ、なんで……」

 ルーク兄様も青い顔をして聞いてくる。

「ええ、好きでしたね。以前は。今はもう、そんな気持ちは存在しませんが」

 わたしは淡々と答えた。

「嫌いになったの?」

「いいえ、お母様。好きでも嫌いでもない。どうでも良いんです」

 そう答えたら、もう、お父様もお母様もルーク兄様もなにも言わなくなった。重苦しい雰囲気のまま、馬車だけが軽快に進んでいった。



     ☆★☆



 侯爵家に着くと、すぐにサロンに案内された。侯爵と侯爵夫人、それにスティーブン様も居る。

 挨拶もそこそこに、怒鳴られる。

「どういうことレシュマさん。婚約を解消なんて……っ!」

「侯爵夫人。申し訳ありません。わたしではスティーブン様の望みを叶えられない。ただそれだけなのです」

「スティーブンの……望み?」

「はい。『醜い嫉妬はするな』」

「え?」

 侯爵夫人だけでなく、この場にいる誰もがキョトンとした顔になった。

 いや、スティーブン様だけは、暗い顔で俯いている。

「それから『奥さんも、一人よりは二人、二人よりは三人居たほうが良いと思っているんだよ』ですね。えーと『ずっと遠くの東にはさ、奥さんに序列が付いていて、第一夫人、第二夫人……とかがあって、たくさん奥さんがいるのがあたりまえって国だってあるだろ?  そういう感じで、僕にもたくさん奥さんがいればいいなって思うんだよ』でしたかしら、スティーブン様に言われたことは」

 そうですよね、と。確認の意味でスティーブン様を見たけれど、視線は合わない。

 ん、まあいいか。続けてしまおう。

「『僕はね、婚約していようが、結婚をしようが、こうやって毎日数多くの女性に囲まれて過ごすつもりだよ。だけど、婚約者が嫉妬心を露わにすることは許せない』に『他の誰かにでも代えるのは構わないけれど、君たちが妬心を抱くようであれば、即座に婚約は解消させてもらうよ』でしたねスティーブン様が仰ったことは」

 一度、言葉を切る。

 スティーブン様を見る。

 俯いたまま、やっぱりなんにも言わない。

「スティーブン様が多くの女性に囲まれて、それを見せつけられて、嫉妬をするなというのは無理でした。ミアさんやメイさんがスティーブンにまとわりついて、わたしを見下してきて、我慢はしました。だけど本当はずっと『醜い嫉妬心』を抱いていたんです」

 婚約者失格でしょう? だって、わたしだって嫉妬していたもの。

「抑えないとスティーブン様との婚約を解消されてしまうから、心を圧し殺して耐えていたんですけど、無理で。だから、わたし、嫉妬心をなくす魔法を自分にかけたんです」

「え?」

 スティーブン様が顔をあげてわたしを見た。

「魔法で嫉妬心をなくす……?」

「はい、そうすれば、わたし、ずっとスティーブン様のお側にいられるかなあって。だけど、失敗したんです」

「失敗?」

「あー、ある意味成功なんですけど。あのですね、嫉妬心を抱くということは、相手に執着するということなんです。執着心をなくすということは、つまり無関心になるということ同じです」

「無関心……」

 スティーブン様は、さっきからわたしの言葉を繰り返している。わたしの言っていることが理解しづらいのかな? 

 じゃあ、簡単に、まとめて言いましょう。

「はい、つまり、今のわたしは、スティーブン様のことなんて、好きでも嫌いでもないんです。興味はないし、どーでもいいということですね」

 さっきの馬車の中でのお父様たちみたいに、スティーブン様も侯爵夫妻も無言になった。

「ですから、醜い嫉妬心を抱かない、スティーブン様が多くの令嬢に囲まれてもいい、第一夫人や第二夫人と、たくさんの奥さんがいても、心乱されない、そんな女性をスティーブン様に見つけて差し上げてください。わたしには、無理でしたので」



     ☆★☆



 重苦しい雰囲気のまま、婚約を解消する手続きを進めて、そうしてすぐにわたしたちは侯爵家を辞した。

「レシュマ……、もう一回やり直すことはできないのかな……。僕の傍にはもう誰もいなくて……。嫉妬はもうしないんだろ? だったら……」

 スティーブン様が、去り際にわたしに呟いた。

 わたしは即答した。

「無理ですね。だって、魔法で気持ちを消したと言ったでしょう。もう、何も感じないんです、あなたに対して。嫉妬はしませんけど、好きという気持ちもないんです。婚約を継続しても構いませんが、わたし、スティーブン様のことをもう一回好きになることはありませんよ。一生ずっと、興味も関心も持てません。それでもいいんですか?」

 スティーブン様は「嫌だよ……。好きになってよ……」と泣き崩れたけど、わたしにはもう無理だもの。

「さようなら、スティーブン様」

 馬車に乗ってミラー子爵家に帰る。

 馬車の小窓から吹いてくる風は爽やかだな……なんて考えながら。



   ☆★☆



 婚約が解消になって、すぐ、ウォルター先生が我が家にやってきた。

 すんごい血相で。

 他の人の心を魔法で変えたわけじゃなくて、自分で自分の心を変えただけなんだけど、それでも魔法で心を左右したことにはかわりない。だから、怒られるかな、と思った。だけど、ウォルター先生はわたしを怒らなかった。

「ごめんな。そんな魔法を使うほど、お前が苦しんでいたなんて、ちっとも気が付かないで」

 ウォルター先生は、ぐいってわたしを抱き寄せた。わたしの耳が、先生の胸にあたる。

 心臓の鼓動が聞こえる。

 とくんとくんとくん……って。

 優しい音。

 なんだか落ち着く。

「そう……ですね。きっと、苦しかったんでしょう。だから、嫉妬心を消せば、スティーブン様のお側にいられるなんて、馬鹿なこと考えて……、魔法を使って……。でも……」

 わたし、無理矢理に魔法なんかで自分の嫉妬心を消そうとしないで、こうやってウォルター先生の心臓の音とか聞いて、苦しいんです、って吐き出していたら……どうだったのかな。

「……もう何も感じません。嫉妬心と一緒に恋心もなくなってしまって」

「感じてないだけと、思っていないのは、違うだろ……」

「はい?」

「ずっと好きだったろ、あいつのこと。好きで好きで……その気持ちは、レシュマの心の中にまだあるんじゃねえか? あるものを、感じ取れないだけで」

 まだ、わたし、スティーブン様のことが好きなのだろうか? 

 感じ取れないだけで、ずっとずっと、心の奥底では好きなままなのだろうか?

「さあ……、わたしには、わかりません。もう、感じられないから」

「そっか……」

 好き、だけど、感じられない。

 好きじゃない。興味がない。

 似ているようで、違う。

 だけど、スティーブン様に対して、わたしはもう、なにも感じない。

 ああ、そうね、きっとわたしは、間違えた。

 魔法なんかで心を変える……なんてことをしないで、ちゃんと、スティーブン様に嫉妬心を伝えれば良かったんだ。

 それで、スティーブン様の元婚約者たちのように、婚約を解消させられれば良かったんだ。少しの間、辛いかもしれないけど、そのうち、きっとスティーブン様のことは忘れて、新しい恋に向かえたかもしれない。

 スティーブン様の元婚約者たち。

 彼女たちは、わたしが学園であんなふうに音声拡大魔法を使ったあと、みんな揃ってスティーブン様の悪口を言い出した。

 嫉妬して、スティーブン様に捨てられて、恨みに思っていたのかな? 執着していたのかな? わからないけど。だけど、そうやって胸に中にあったもやもやを吐き出せば、スッキリしたのかな?

 わたしはどうなんだろう?

 まだ、スティーブン様への思いが胸の中にはあって、感じ取れないまま、ずっと胸の奥底に残り続けるのだろうか?

 そうして、たとえば次にまた誰かを好きになれたとして、同じように苦しい思いを魔法で解消しようとするのだろうか。

 わからない、けど、同じ間違えを繰り返しちゃいけないと思う。

「魔法で、心を変えるような、そんなことは、もうしない……です」

「そうだな」

「わたしが、また間違えないように、ウォルター先生、ずっとわたしのそばにいてもらっていいですか? 間違えたら、違うって言ってもらっていいですか?」

 ウォルター先生なら、きっと止めてくれる。わたしが間違えそうになったら。

「ずっと……って、一生か?」

「はい、できれば」

「レシュマ、おまえ、それ、一生傍にいてくれって、ぷ、プロポーズ、かよ……って、お前にはそんなつもりは……ない、んだろう……な……」

「はい?」

 思わず見上げたら、ウォルター先生は顔どころか耳まで真っ赤だった。

 で、その赤さが急激に冷めたかと思えば、がっくりと肩を落とした。

「ウォルター先生……?」

 どうしたんだろう?

 わからず首を傾げる。

「あーもうっ! いいよ、一生面倒みてやる。とりあえずだな、オレは隣国に行くから、レシュマ、お前も一緒に来い」

「はい? 隣国?」

「ローレンス・グリフィン・ミルズ様がな、隣国で新しい魔法学校を設立して、オレはその講師として赴任する」

「え、えええええええええっ!」

 すごい! ウォルター先生、すごい!

「ローレンス・グリフィン・ミルズ様だけじゃねえぞ。ベン・ラッセル・ケンプ様も直接指導にあたるって」

 きゃああああああっと、わたしは歓喜の叫びを上げた。

「連れてって連れてって連れてってええええええ」

「あー、うるせえ。叫ばんでも連れていってやる。あーほんとお前はのピチピチなオレには惚れないで、棺桶担いだじーさんにばっかり目を輝かせやがって」

 苦笑しつつ、ウォルター先生はわたしの頭をがしがし撫でてきた。

「楽しいこと、山ほど詰め込んでやれば、いつか本当に初恋なんざ、忘れるだろ。勝負はそれからだな。ジジイどもには負けんぞオレは……」

 なんか、ウォルター先生はブツブツ言ってるけど、わたしの心は既に隣国へと飛んでいた。



    ☆★☆



 隣国に渡って十年後。真っ赤な薔薇の花束なんてものを抱えたウォルター先生に、わたしはプロポーズされた。

「えっと、わたしが間違えそうになったらすぐ止めてくれるためにケッコンするの……?」

 そうウォルター先生に聞いたら、

「ばーか、オレがお前を好きだからプロポーズしたんだよっ!」

 と、怒鳴られた。

 薔薇よりも真っ赤な顔で。

 好きだなんて、誰かに言われたのは初めてだな。

 そう思ったら、急激に胸がバクバクした。

 嫌な感じじゃなくて、これ、嬉しいんだ……って、心の底からそう思った。

 だから、わたしは思い切りの全力で、ウォルター先生に抱きついた。

「ふつつか者ですが、一生よろしくおねがいしますっ!」

 聞こえてくるウォルター先生の心臓の音。

  優しくて、少し早い鼓動。

 一生、この音を聴いていたいなと、心から素直に、そう思った。





- 本編(レシュマ視点) 終わり -





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



お読みいただきましてありがとうございました。

本編、レシュマ視点、完結です。

ウォルター先生視点の話も付けたそうか考え中ですが、蛇足かなあ……。どうしようかと迷い中です。


当社比300パーセントくらいの勢いで、ものすごい速度で書き上げたこの話、

お楽しみいただけたら幸いです。

これも皆様の応援のおかげ。感謝であります!


ランキングも、恋愛週間で 5月23日に2位!

       総合週間で34位でした(*´▽`*)

ありがとうございますm(__)m


『乙女ゲーム』『悪役令嬢』に転生⁉ わたしが好きなのは『戦隊ヒーロー番組』ですが?

という連載も始めました。

気楽な転生悪役令嬢物。多分15話くらいの話になる予定です。

のんびり連載します。

そちらの方もお読みいただければ嬉しいです。


現状、小説家になろう様をメインに投稿しておりますが、カクヨム様のほうにもぼちぼち投稿していきたいと思います。


今後ともどうぞよろしくお願いいたします。   

     


   →5月25日追記

     コメントありがとうございますm(__)m

     蛇足かなーと思いつつ、番外編をいくつか書こうかと思います。

     のんびりお待ちいただけると嬉しいです。



                    藍銅 紅(らんどう こう)

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