第7話 転落

 

 学園に入学して早くも半年が経過した。

 相変わらずスティーブン様はモテている。

 まあ……ね、客観的に言って、スティーブン様は『美形』だしね。

 入学した当時はまだ『美少年』と称したくなる感じに、幼さが顔に表れていた。

 それが、あごのラインもシャープになって、日々『美少年』から『美形』に進化している。

 背も伸びた。

 侯爵家の令息としてふさわしい、堂々とした態度と表情になってきた。高貴な気品というものがあふれ出ている。

 一見冷たく見える青い瞳でじっと見つめられて、恋に落ちる令嬢も多い。

 そんな麗しいスティーブン様に対して、婚約者のわたしと言えば、長いだけの黒い髪を、後ろで一つにまとめている、己の外見には無頓着な女。

 美形なスティーブン様に少しでも釣り合うように……などと、美容に気を遣ったりはしない。

 学生らしい清潔感は辛うじて保ってはいるけれどね。眼鏡をかけているのだから……ということを言い訳にして、アイメイクなどもまったくしていない。口紅程度は塗るように努めてはいるけれど。それもたまに忘れてしまう。

 学生という点から見れば、この程度の装いでもセーフだろうが、貴族の令嬢としてはアウトかもしれない。

 まあ、でも、平々凡々な顔つきの、子爵令嬢でしかないわたしが、気合いを入れて化粧を施したところでなんだと言うのだろう。

 誰も、別に、わたしのことなんて、気にしたりもしないだろうし……と思っているのに、ときどき、わたしに対して嫌みたっぷりな感じで絡んでくるご令嬢がいる。

 今日、わたしに向かって、くすくすと、笑いながら蔑み、ぶしつけな視線をぶつけてきているのは、わたしと同じ魔法科のバーバラ様とファニー様。

 同級生というだけの関係。

 特に親しくはない。

「あら、スティーヴン様ってば、今日もご令嬢がたに大人気ねぇ。ねえ、そう思わない? ファニー様」

「ええ、バーバラ様。でも仕方がないのでは? スティーブン様はとても麗しい殿方のうえに、婚約者があんな人ですから……」

 特に親しくもないわたしに向かってあんな人とはねえ……。

 こういう手合いのご令嬢を相手にするのはめんどくさいだけなのよね。

 入学してわずか半年で、似たようなことは、いろんな人から何回も何回も言われている。 

 でも、そろそろ、なんとかしないと、ますますめんどくささが増加するだろうか。

 うーん、どうしよう。

 ファニー様もバーバラ様も、他のご令嬢たちも、わたしを婚約者の地位から蹴落として、スティーブン様の新たな婚約者になりたいのよね。

 だったら、その思いは厭味ったらしくわたしに向けるのではなくて、スティーブン様に直接言ってほしい。

 別にスティーブン様は断らないと思うよ。

 婚約者という地位じゃなくても、第二夫人、第三夫人とか、まあそんな感じで、ちやほや部隊の一員にはしてくれるはず。

 わたしも別に、スティーブン様の婚約者の地位にはしがみ付いてはいないしね。

 ホントどうでもいい。

 どうでもいいから、ファニー様やバーバラ様の言葉などは、聞こえなかったことにして、本を読み続けていたというのに。

「ほら、見てくださいませ、レシュマ様。あなた様の婚約者であるスティーブン様が、あんなにも大勢のご令嬢に囲まれておりますわよ」

 わざわざ名指しで呼ばれてしまった。

 ああ、面倒。

 無視したままでいたいけれど、無視したままのほうが面倒ごとになりそうな予感がしたので、仕方がなく、言われたとおりにわたしは教室の、中庭に面している窓のほうに視線を巡らせる。

 スティーブン様は、その中庭のベンチに、長い脚を組んで座っていた。大勢の令嬢たちに囲まれながら。ご満悦に見える顔で。

 外見は成長したけど、内実は変わっていない。根が甘えたがりのまま。ちやほやされるのが好きですもんね、スティーブン様。

 えーと、今日はどんなご令嬢を侍らしているのやら。

 なーんて、本当はどうでもいいけど、見ろと言われてしまったので、一応確認だけはしておくか。

 スティーブン様の右側に座っているのは、確か、スティーブン様と同じクラスのソフィア様。それから左側に座っているのがメグ様だったっけ?

 スティーブン様が座っているベンチの後ろにいる三人のご令嬢の名前は知らない。それから、スティーブン様たちが座っているベンチの前にも五人ほどの令嬢がいる。

 つまり、大勢のご令嬢に、スティーブン様は取り巻かれ、目下談笑中……ということだ。

 ご令嬢がたの、鉄壁の結界の中に、今日はファニー様もバーバラ様も入っていくことができなかったのね。まあ、貴族科のご令嬢の中に、魔法科のあなたたちが入っていくのはなかなか難しいか。

 で、わたしに嫌みの一つでも言いに来たということね。

 暇なのねえ。

 まあ、どうでもいい。

 わたしには無関係。

 などと思いつつ、わたしは視線を中庭から自分の机の上に戻す。

 どこまで読んでいたっけ?

 一ページ前に、本のページを戻して読み直す。

 そうそう、音声拡大の魔法の基礎理論。

 これがなかなか難しい。

 わたし、最近は、魔法心理学とかではなく、物理のほうに興味を持っているのだ。

 というのは半分本当で、半分建前みたいなものだけど。

 わたしの心を魔法で左右してしまったからね。

 嫉妬心をなくすような、感情に関わる魔法は扱わない方がいいかなって、そう考えるようになってきた。

 で、せっかく学園に入学したんだから、魔法も新しい分野を切り開きたいとかなんとか言って……というか、ごまかして、わたしはまず、音声分野の研究をし始めたのだ。

 えーと、音の振動というのは空気の震えだから、音を大きく、響くようにするには、震えを大きくすればいいのかな……? 

 それとも波動を細かくする……?

 集中して考えねば……と思ったのに、ファニー様とバーバラ様が、こんどはわざわざわたしの机のすぐ前までやってきた。

 ファニー様が「バンッ!」と、わたしの机を手で叩く。

「ねえ、レシュマ・メアリー・ミラー様? あなたの婚約者であるスティーヴン・オーブリー・アルウィン侯爵令息が、あのようにご令嬢がたに大人気でいらっしゃいますのに、あなたには思うところがないの?」

 ファニー様のほうが、そんなふうにわたしに向かって睨んできたけど。

 ええと? 

 思うところって何?

 抽象的に言われても、あなた様の意図するところが全く分かりません。

 わたしは仕方なく、座ったままではあるが、返事をする。

「思うところと言われましても、特に思うようなことはありません」

 それだけを告げて、わたしは視線を魔法書に戻す。

 立ち上がらなかったのは、あなたがたと会話するつもりはないという意思表示だ。だけど、無視するのは失礼だから、一応返事だけはした。

 さっさと立ち去ってくれればいいのに、ファニー様もバーバラ様も、わたしの前から立ち去ろうとはせずに、威圧的にわたしを睨んでくる。

 ああ、めんどくさい人たちに絡まれちゃったなー。

 わたしは溜息をもらす。

「思うところがないですって⁉ 婚約者のかたが多くの美しいご令嬢に囲まれ、談笑中。あなたは一人さみしく読書するしかないというのに?」

 読書はわたしの趣味ですが? さみしい? そんなことあるわけないでしょう。寝る時間と食事の時間を抜かせば、ずっとずーっと本を読んでいたいと思うくらいなのに。特に魔法書なんて、一生読み続けても、読み終わらないくらいなのだ。ああ、一分一秒だって惜しいくらいよ。

「ええ、ありません」

 今度は顔も上げずに答えた。

「身の程をご理解しているということなのかしら? だったらさっさと婚約者の地位を退いて、その地位をスティーブン様にふさわしいご令嬢に差し出すべきでしょう?」

 なるほど、やっぱりそうか。

 スティーブン様との婚約を、わたしから破棄なり解消なりして、空いたスティーブン様の婚約者の地位を、ファニー様かバーバラ様に差し出せということね。そのために、わざわざ今日はわたしに絡んできたと。

 うん、それではもう、いろいろめんどくさくなってきたことだし、バシッとやってしまいますか!

 わたしはわざとらしく、もう一度溜息を吐いて、それから立ち上がった。

 淡々と、しかし、まっすぐに、ファニー様とバーバラ様を見る。

「スティーブン様が望むなら、彼の婚約者の地位をあなたたちに渡しますが?」

「は?」

 わたしの返事が理解できなかったらしい。ファニー様もバーバラ様もぽかんとしている。

 仕方がないなあ、面倒なのに。

 わたしはファニー様とバーバラ様の手首を、がっと掴んだ。

「え、ちょ、ちょっと……」

「何をなさるの……っ!」

 二人の抗議は無視して、わたしはそのままずんずんと窓に近寄る。そして、今読んだばかりの音声拡大魔法を使って、スティーブン様に呼びかける。

 うまくいくかな? まだきちんとした研究もあんまりしていない音声拡大魔法だけど。ま、やってみましょう。レッツトライ!

「スティーブン様、今よろしいでしょうか? わたしとの婚約を、破棄なり解消なりをして、こちらのお二人、ファニー様かバーバラ様と婚約を結びなおしていただきたいのですけど」

 音声拡大の魔法は成功したらしい。

 というか、成功しすぎたらしい。

 スティーブン様と、お取り巻きのご令嬢たちだけでなく、中庭にいた大勢の無関係な生徒や、わたしが今いる教室の他の生徒たちも、ぎょっとした顔で、わたしのほうを見てきた。

 おっと、出力をもう少し控えねば……。

 わたしは、音声の調整をする。うーん難しいな。これくらいでいいかな……?

 とりあえず、興味津々な目を向けてくる、周囲の皆様にも聞こえる程度の音量に調整した。

「レシュマ……。僕が君との婚約を解消? 破棄? そしてレシュマの隣にいるご令嬢の、どちらかと婚約を結びなおせと言うのかい」

「ええ、そうです」

「……レシュマがそう言うのなら、僕も別にそれでもいいけど」

 と言いつつ、スティーブン様は不満顔だ。口を曲げて、むすっとされた。

 甘ったれの、かまってちゃん、発動かな? 

 自分から婚約者を切り捨てるのはいいんだけど、ご自分が切り捨てられるのは嫌だってタイプだからなあ、スティーブン様って。

 ……まあ、でも今は、それはちょっと置いておこうか。

「わ、わたくしが、スティーブン様の婚約者に……」

「本当にわたくしが……」

 ファニー様とバーバラ様は、既に自分たちがスティーブン様の婚約者になったのを夢想して、ポーッとなってしまっている。

 が、そこに無情にも、スティーブン様からの追加の声が届く。

「僕の婚約者に対する条件は『醜い嫉妬は一切するな』ということだけど、そっちのご令嬢にはそれが可能なのかい?」

 ああ、最初にこのセリフをスティーブン様から言われた時のことを思い出すなあ。あの時は、わたしはものすごく傷ついた。

 今ではね、スティーブン様がそんなことを言い出す気持ちも、まあ、わからなくはないのよ。

 わたし、侯爵家で、いろいろ見聞きしたからね。

 特に、どろどろの愛憎劇を繰り返していたスティーブン様のお父様とお母様のお姿をね。

 いやあ、おしどり夫婦って噂のお二人が、あんなに醜い争いをしていたなんて。事前にスティーブン様からいろいろ話だけは聞いていたけれど。実際にそれを見たときなんかもう、ぶるぶる震えたわ。聞くと見るとでは、ホント大違い、だった。

 刃物まで取り出していたのよ、スティーブン様のお母様が。わたし、這う這うの体で、その場から逃げだしたりしたわ。いや、その刃物はわたしに向けられていたのではなく、スティーブン様のお父様に向けられていたんだけどね。

 海の女神様と、拝みたくなるほどの美貌をお持ちになるスティーブン様のお母様が、醜悪な魔女とか悪魔とかそんな表情になるんだものね。

 いやはや……。

 あんなものをずっと見て育ってきたんだから、「嫉妬心を全く抱かない令嬢でなければ、婚約などしたくない」とスティーブン様が願っても仕方がないと、理解はできるんだけどね。

「僕はね、婚約していようが、結婚をしようが、こうやって毎日数多くの女性に囲まれて過ごすつもりだよ。だけど、婚約者が嫉妬心を露わにすることは許せない。そちらのファニー嬢やバーバラ嬢はそれでいいのかい? 婚約者をレシュマから君たちでも、他の誰かにでも代えるのは構わないけれど、君たちが妬心を抱くようであれば、即座に婚約は解消させてもらうよ」

 今だから、というか、魔法で、わたしの心から、嫉妬心がなくなったからわかったようなものなんだけど。

 スティーブン様は、ご令嬢に囲まれている姿を、わざと、わたしというか、婚約者に、見せつけたいみたいなのよね。

 そうして、わたしが妬心を持たずに、にこやかに対応することを確認して、安心するのだ。

 ……随分とまあ、歪んだ心の動きだな、とわたしは思ったりもするけれど。

 だけど、それだけ、スティーブン様が、ご両親から受けたトラウマは根深いんだろうな。

 ファニー様とバーバラ様は桃色だった顔を、青ざめさせている。

 スティーブン様の言葉の意味が分かったのだろう。

「僕はね、レシュマと婚約を結ぶ前は、二十回以上も婚約を結ぶのと、それを解消するのを繰り返した。女性というものは、令嬢というものは、どうやら婚約者を自分だけのものにしたいと思い、そして、それが裏切られると、醜い嫉妬心を露わにして、僕か、相手の令嬢を罵りだす。そんな妬心を持たない女はレシュマだけだったから、僕はレシュマとずっと婚約を結んでいられた」

 そうですね。わたしは、スティーブン様がどこの誰とどんなことをしていても、別に嫉妬なんてしない。

 以前は本当は苦しんでいて、でも婚約を解消されたくないから平気なふりをしていただけ、だけど。今は、もう何とも思わない。

 スティーブン様が、なにをしても、なにを言っても、わたしの心は少しも動かない。

 十歳で、即座にスティーブン様に恋をした気持ちは、もう欠片も残っていない。

 醜い嫉妬はするなと言われた時のショックなんて、もう、砂のように風化した。

 嫉妬をね、するということは、その相手に執着をしているということなんですって。

 愛しているから執着し、愛しているから、それを裏切られたと思って、嫉妬をするのよ。

 スティーブン様のお父様もお母様もお互い執着しあって、どうしようもなくなっているのでしょう、きっと。

 執着っていうのはそういうことだとわたしは思う。

 執着しないというのは、相手に関心がないということ。

 興味はない。

 好きでも嫌いでもない。

 だから、どうでもいい。

 遠い他国に、虐げられたかわいそうなお姫様がいました。

 そんな物語を聞いても、へーそうとしか思わない。物語を聞いた直後くらいは、不憫ね、とか思うかもしれないけど、次の日には忘れている。その程度の、薄い感情。

 執着がないから、わざと無視するということもない。

 毎朝、馬車で迎えに来てくれるから、わたしはスティーブン様と一緒の馬車で学園には来る。

 だけど、嬉しいとか嫌だとか、なーんにも思わないの。

 スティーブン様を目の前で見ていても、きれいねとは思うけど、別に感情が動いたりはしない。

 スティーブン様に対する恋心は、きれいさっぱりなくなりました。

 あ、わたしの感情をすべてなくしたのではなく、スティーブン様に対する感情だけがない状態。限定した、感情の削除。

 わたしの魔法に対する情熱なんてすごいからね。

 この間なんて、魔法書を読み続けて、気が付けば夜が明けていたわ。

 気絶するように、寝て、起きて、また魔法書を読んで、そして、気絶した。

 そのくらいの情熱をわたしは魔法に向けている。

「ファニー様、バーバラ様。スティーブン様との婚約というものは、今ご説明したとおりです。妬心を抱かず、スティーブン様のおそばにいて、彼に安心を与える……というものです。わたし、喜んでお二人に婚約者の地位を譲りますけど、がんばれます?」

 話を聞いただけで、青ざめたファニー様とバーバラ様には無理だろう。

 わたしは二人を放置して、中庭に視線を向けなおす。そして、音声拡大魔法を、出力最大にして話す。

「こちらのお二人はご無理なご様子。では、このわたしの声が聞こえている皆に申し上げます。我こそは、という方がいらっしゃいましたら、どうぞ、名乗り出てください。新しい婚約希望のかた、お待ちしております。申し出てくださる方がいましたら、わたし、すぐにでもスティーブン様との婚約は解消いたしますので」

 こう言っておけば、わたしに絡んでくるご令嬢はいなくなるだろう。

 スティーブン様と婚約したければ、すればいいのだ。

 直接スティーブン様に「婚約してください」って申し出れば、すぐにでもスティーブン様はあなたと婚約してくれるよ。

 だって、嫉妬心を持たない女の子だったら、スティーブン様は誰だっていいのだから。

 わたし? 積極的に婚約を解消したいなんて熱意もないし、がんばって婚約を続けたいなんて気力もない。

 はっきり言って、どうでもいいの。

 まあ、さっき、スティーブン様が、「……レシュマがそう言うのなら、僕も別にそれでもいいけど」って言ってくれたので、このまま婚約を継続するのもなんかねーって思うので、一応、わたし、婚約解消の申し出はしましょうか?

 スティーブン様も、それでいいですか?

 ああ、いいですね?

 では、わたしとの婚約は解消で。

 今までありがとうございました。

 それでは、次の婚約希望のかた、どうぞ、スティーブン様にお申し出してくださいませ。

「あー、では、スティーブン様、皆様、そういうことで。では、お時間を頂戴してすみませんでした」

 わたしは、茫然と突っ立ったままのファニー様とバーバラ様を放置して、自分の席に戻る。

 教室や廊下、中庭のあたりがざわざわと煩かったけど、気にしない。

 やれやれ……。

 そうして、本の続きを読み始める。

 わたしは本に没頭してしまったから、気がつかなかったのだけれど、わたしとスティーブン様の会話を聞いて、これまでスティーブン様の周りを取り巻いていたご令嬢たちも、一気に、潮が引くように、いなくなってしまったらしい。

 これまでは、わたしから、スティーブン様の婚約者の地位を奪って、自分が婚約者になるという野望をお持ちのご令嬢が大勢いたんだけどね。

 誰一人として、スティーブン様の婚約者になりたいと申し出たご令嬢はいなかったらしい。

 わたしからスティーブン様の婚約者の地位を奪ったところで、愛されない。

 今まで通りにスティーブン様は大勢の令嬢に取り巻かれて、それを見た新しく婚約者となったご令嬢は、嫉妬をする。婚約者はわたしなのに、他のご令嬢と仲良くしないでって。

 そう告げれば、即座に婚約などなくなってしまう。

 スティーブン様の隣に居続けたければ、妬心を押し殺して、数多くのご令嬢に囲まれ続けるスティーブン様に我慢し続けなければならない。

 もしくはわたしのように無関心になるかね。

 せっかく奪うほどに、スティーブン様を愛していても、スティーブン様はそんなご令嬢おひとりだけを愛してはくれないのだ。

 徒労に感じて去っていくか。

 嫉妬心を露わにして、スティーブン様に捨てられるか。

 無駄な時間を過ごすだけなのだ……ということが、皆様にわかってしまったようだ。

 ま、わたしにはどうでもいいけど。

 あ、あと、わたしが音声拡大の魔法を使っていたせいか、この出来事は、ものすごい勢いで、貴族学園内に広まった……らしい。

 さらに、その親や友人などにもどんどん伝わって、スティーブン様はご令嬢に囲まれることもなくなっていった。

 それから、この出来事と共に、五年前、スティーブン様が婚約と婚約解消を二十回以上も繰り返していたことが、学園内に広まった。

 ま、当然と言えば、当然か。

 だって、わたしと婚約を結ぶ前に、婚約して、婚約を解消した、わたしたちと同年代のご令嬢が二十人以上いて、その彼女たちも、今、この学園に通っているのだ。

「ああ、スティーブン様? ええ、以前にわたくしも婚約を結んでおりましたわ。すぐに解消いたしましたけど。酷いものでしたわねえ。当時、平民の、なんて言ったかしら? そうそう、ミアとかメイとかいう名の女の子をスティーブン様は寵愛して、その平民と気持ちが悪いくらいに親密にすごしていたのですわよ」

 なんていうふうに、スティーブン様の元婚約者たちが一斉に、スティーブン様と婚約を結んでいたときのことを話し出したのだ。

 その結果、最近のスティーブン様は、誰かに話しかけられることなく、ポツンと一人、ベンチに座って、空なんかを見上げているらしい。

「さみしい……」なんて呟くスティーブン様は、ずぶ濡れの子犬のように哀愁を帯びているけれど。

 魔法でつぶしたわたしのスティーブン様への感情は、もうないのだ。

 かわいそうにとか、何とも思わない。

 だって『醜い嫉妬はするな』とあなたに言われたから、わたしのあなたに対する感情は、とっくに失われているの。



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ランキング、総合週間44位 恋愛週間2位です☆

これもお読みいただいた皆様のおかげです。ありがとうございます!


このお話もあと少しで完結です。


それから、

『乙女ゲーム』『悪役令嬢』に転生⁉ わたしが好きなのは『戦隊ヒーロー番組』ですが?

という小説も投稿開始しました。こちらもよろしくお願いいたしますm(__)m










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