第51話 セオドアという少年
年末にある王家の夜会に行くため、今年は家族揃って王都に行くと聞いたのは魔獣討伐が終わり冬支度が始まった頃だった。
今まではパレタイン家の双子を我が家に預けてカルバーノ伯爵の名代としてパレタイン男爵夫妻が王都に行っていた。
ひいお爺様との顔合わせというものもあるらしく、ガラにもなく緊張していたのだけれど、両親から僕とデイジーの婚約者を決めるお茶会をすると聞いて、納得した。
毎日びっくりするほどの打診があることを侍女から聞いて知っていたし、それを断るのも忙しい両親の負担になっているのを僕もデイジーも知っていた。
中にはまだ三歳のランドールにも釣書が来るらしいので、驚かされるし呆れもする。
僕の一つ下にアルバートがいるのだから、僕に釣書が大挙するのはイマイチわからない。
侍女が言うにはアルバートより僕に届く釣書の方が多いらしい。
まあ王家に嫁ぐなら侯爵以上が妥当だろうから、数だけでいけば駄目元で送ってくる男爵家や子爵家がある分、僕が多くなるのは仕方がない。
アルバートはデイジーを気に入っていてカルバーノとの繋がりを考えればとデイジーを婚約者に指名したがっていたが、デイジーはカルバーノに行けなくなる家には嫁ぎたくないと言い張っていた。
なので、一番デイジーが嫁に行くならアスターが近いのだろうと僕は思っていた。
なら、リリアンを僕に嫁がせるのは家を考えれば避けた方が良いんだろう。
そんなことを今から考える僕を両親が心配しているのは知っている。
同年代の子どもと居ても僕が浮いているのもわかる。
それもそうだろう、僕は母上と同じ『前世持ち』だ。
ただし、母上のようにここでは無い世界ではなくこの世界の二百年ほど前、十五歳でこの世を去った記憶を持っている。
だから、少し子どもらしくなくても仕方ない。
それに前世は病弱だったせいで、外の世界を知らないままだったから、母のような知識なんてなくて、態々それを口にする気にもならない。
王都はカルバーノと比べれば大きいのだろうけれど、あまり目新しくもなく中央にある王宮の大きさばかりに目が行った。
ひいお爺さまとの面会も恙なく終わり、お茶会で僕は天使に出会った。
黒曜石のような艶やかな黒髪に深い森を思わせるエメラルドの瞳、透明感のある白い肌はオフィリアさまを思い出す。
さくらんぼのような唇が動いて話すのから僕は目が逸らせなくなっていた。
スノウと名乗った令嬢のカテーシーはそれまで見たことがないくらい洗練された美しさがあり、公爵令嬢と知って残念に思った。
アルバートが婚約するなら彼女だろう。
そう思ってその後テーブルを移動して話していると、アルバートとダレンが庭に来てから令嬢たちが騒がしくなった。
僕に纏わりついていた従姉妹のアンナとハンナは走るようにアルバートの方へ向かい叔父さんが困っていた。
僕はアルバートに半ば感謝しながらスノウ嬢と話をした。
そのうちに令嬢たちが喧嘩を始めてしまうとスノウ嬢はそれを懸命に諌めている。
その姿も好ましいと思う。
本当に残念だな、でもきっと彼女は僕には手の届かないひとだ。
僕は伯爵家を継ぐから公爵令嬢である彼女とではやっぱり合わない。
身の丈を知っているから。
なら最後に少しくらい思い出になればと僕はスノウ嬢を母上が大事にしている薔薇園に誘った。
ふわふわと揺れる淡いピンクのドレスもよく似合っている。
きっと僕の紫の瞳色のドレスも似合うだろうなと無意識に考えていた。
「僕とでは、家格も違うし今のように王都で生活は出来ないけど、君はそれでいいのかな?」
そう僕が聞くとスノウ嬢が目を丸くした、可愛いなと思う。
僕がアルバートを勧めるように話して聞かせると、少し悲しげな顔をしながら眉根を寄せた。
「アルバート殿下はないですね」
きっぱりとそう言うスノウ嬢は少し得意気に顎をあげている。
表情を表に出さないように淑女教育を受けているのだろう、けれど少しではあるけれどコロコロと変わる表情はやっぱり愛らしくて、僕はカルバーノの色である赤い薔薇を一本手折った。
スノウ嬢がアルバートは友達でいいって言うなら、僕は諦めなくていいのかな。
そう思いながら薔薇をスノウ嬢に差し出した。
「僕と一緒に将来カルバーノを今以上に誰にも住みやすい領地にするために並んで歩いてくれるかな?僕は君がいい」
白い頬が朱に染まり、スノウ嬢がふんわりと差し出した薔薇より鮮やかに笑った。
「はい、私もセオドアが良いです」
そう答えてくれたスノウ嬢を抱きしめたい衝動に僕は駆られていた。
お茶会の会場にスノウ嬢の手を引いて戻ると、僕は両親に「スノウ嬢にプロポーズしました」と告げた。
エルスト公爵夫妻がすごく喜んでくれて、両親も少し困ったように笑いながら「二人が良いなら」と了承してくれた。
そのすぐ後にデイジーがサディアス辺境伯子息のローゼンを連れて来ると「私、ローゼンと結婚するわ」と宣言した、有無を言わせる気はなさそうだったし、アルバートが珍しいくらい落ち込んでいた。
妹がすまない。
その日のうちに婚約のための書類を作成し、神殿に提出されて僕はスノウ嬢と、デイジーはローゼンと婚約を結んだ。
何故かリリアンがダレンと婚約したと聞いたけれど何があったんだろう。
その夜、僕は両親に時間を取ってもらい両親の部屋に入ると人払いをお願いした。
「どうしたの?」
不思議そうな両親に僕は僕の秘密を語った。
「僕は母上と同じ『前世持ち』なんです、でも母上みたいに凄い知識とかはなくて二百年前にラスクートで十五歳まで生きた記憶があるだけなんです」
そう告げると両親が目を見開いて驚いていた。
「子どもらしくなくて心配をかけているのは知ってました、言えなくてごめんなさい」
そう言い終わる前に両親が僕を抱きしめた。
「子どもらしさ、なんて気にしなくていいのよ」
「セオドアはセオドアらしく居ればいい、君は私たち夫婦の大事な息子だよ」
そう言いながら僕の頬を撫でる、僕は泣いていたらしい。
ずっと怖かった、役に立たない記憶に僕ではない人生の記憶、そんなもののせいで二人の子どもではなくなったらどうしようとずっと怖くて仕方がなかった。
そんな僕の気持ちを二人は抱きしめながら宥めてくれる。
まあでも、二百年前ベッドで読み尽くした本の知識はあるんだよな。
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