第52話 二人の婚約者たち

 カルバーノを知ってもらう意味もあり、エルスト公爵夫妻とスノウとサディアス辺境伯とローゼンがカルバーノ邸にやってきたのは年が明けてすぐだった。

 サディアス辺境伯はカルバーノ騎士団が随分気になるようでちょくちょく騎士団の演習場に顔を出している。

 ローゼンは辺境伯領で既に剣術訓練を辺境騎士団とともに行っているせいもあり、カタリナの訓練に難なくついて行っている。

 セオドアとアスターの二人を相手にした模擬試合で圧勝する程の腕前でセオドアが悔しがる一幕もあった。

 「二歳差は言い訳にならないでしょ、これだけ差があるなんて」

 そう言っていたが、別に伯爵を継ぐために剣術をそこまでやらなくてもいいのだけど。

 「僕が義兄になるんですよ!義弟より弱いとか恥ずかしいでしょ」

 というセオドアを宥めたのはスノウだった。

 そのスノウはというと何故かカタリナに心酔しており、毎日セオドアの剣術指南に通うカタリナを見るためにセオドアの鍛錬を朝早くから付き合っているのだけど、結果としてセオドアも良い刺激を受けながら熱中しがちな部分を上手く宥めてくれているので良かったのだろう。

 デイジーも鍛錬が終わる頃合いを見計らいタオルと飲み物をローゼンに差し入れている姿は仲睦まじく、こちらも良かったのではないかと私とクリスは執務室で頷き合っていた。


 街を案内したいと言い出したのはセオドアでデイジーもまた街に出たいと言う。

 折角なので二人には護衛を付けて、私とクリスは公爵夫妻と辺境伯を街に連れ出すことにした。

 街まで馬車を走らせて広場のマルシェに案内してから子どもたちと別行動を取る。

 セオドアには今回の婚約を機にファステン前侯爵から侍従が与えられた。

 侍従に抜擢されたのはセバスの娘の息子でケビンというセオドアより五歳上の少年だ。

 クリス付き侍従のレスターの甥に当たるため、カルバーノに着いて暫くはレスターから侍従のための指南を受けていた。

 今回はセオドアの付き添いとしてセオドアとスノウのすぐ後ろに護衛三人と共に市場に向かう。

 デイジーとローゼンには普段からデイジーに付いているメイドが付き添いし同じく護衛は三人、どちらにも護衛の一人は女性騎士を置いた。

 この采配はカタリナが言い出したもので、私の護衛にも必ず一人以上女性騎士が付く。

 花摘みにしろ女性しか入れない場所での危険性をカタリナが言い出したのは経験則らしいので、私もそこは逆らわずに聞いている。


 子どもたちを見送り、私とクリスはまずマルシェを案内する。

 エルスト公爵夫妻は王太子夫妻やセダム王子からカルバーノ領について聞いていたらしく、名物として販売している屋台や店を中心に夫婦で見て回りたいと言ったので、時間を決めて送り出した。

 辺境伯は全てに目新しいのかキョロキョロ見回している。

 「船から来る商人なんかも出店しているので面白いと思いますよ」

 そう言えば辺境伯はニッカリと歯を見せて笑って近くにあった串焼きの屋台で買い物をし始めた。

 「街の建物の壁の色は決まりがあるのかい?」

 「ないんですけど、海が近いせいで壁にはどうしても潮がつきますから、自然と目立たない白壁が中心になるんですよ」

 「なるほどな、しかし統一感もあり美しい街だね」

 「ありがとうございます」

 和やかに会話をしながら市場を回るうちに待ち合わせの時間になり、エルスト公爵夫妻と合流する。

 「学校と今建設中の医療院を案内したいと思うので、まずは路面列車に乗りましょう」

 先に申請し、特別車を用意させていたのでその列車に乗る。

 エルスト公爵夫妻もサディアス辺境伯もずっと物珍しそうに車内や窓から見える街を見ている。

 学校を案内し取り組みについて話し、医療院に向かう。

 そこから主要箇所を回り広場に戻るとセオドアたちと合流、そのまま港へと向かった。

 

 「あの船って兄様の船ではないかしら」

 エルスト公爵夫人が一際大きな船を指差した。

 「あら、セダム王子また来たの?」

 最近は勝手に来て勝手帰るので顔を合わせることも少ない。

 医療院関係でセオドアに会っていたらしいけれど、あの時も気付けば帰っていたので礼状は船便で送った。

 「また……兄がご迷惑を……」

 「だ、大丈夫ですよ」

 小さくなる公爵夫人に慌てていると向こうからセダム王子が手を振りながら駆けてきた。

 「スノウ!でかした!よくやった!さすが俺の姪っ子!」

 「お兄さま!!」

 「お、叔父さま?」

 駆けてきたセダム王子はスノウを抱き上げくるくる回る。

 「セオドア!スノウは良い女になるからな!頼んだぞ!」

 「今でも素敵な方ですよ、はい、勿論、必ず幸せにします」

 セオドアの答えに満足したのか私たちと順に握手をして、また手を振りながら去っていくセダム王子を私たちはポカンとしながら見送った。

 「今のがユーフォリビアの王子か、なかなかの御仁だな」

 「ほんっとうに!お恥ずかしい限りです」

 恐縮するエルスト公爵夫人を宥めながら港に新しく商会が出したカフェに入る。

 貸切にしてあるので窓際にゆったり座る。

 「良い眺めですね」

 港を見下ろしながら遠くに船が見える。

 「折角なので、晩餐をご用意しました」

 そう言いながら米を生産し出してから作らせた吟醸酒を振る舞う。

 子どもたちには炭酸水に果汁を入れたものを用意した。

 「これは、初めて飲みますが良いですね」

 「数年かけて販売出来るまでになりました、今年から売り出す予定なんですよ」

 「果物ではないのか?」

 「原料は米ですね」

 感心する公爵と辺境伯に帰りに数本お渡しする旨を伝えて、料理を運ばせた。

 ふと子どもたちが座るテーブルを見ればセオドアがスノウに料理の説明をしながらスノウの好みを探っている。

 スノウの隣の椅子に市場で買ったらしい赤と黒のウサギのぬいぐるみが並んで座っている。

 デイジーはローゼンと和やかに話しながら食事を楽しんでいる。

 見慣れないデイジーの髪飾りは銀細工に青い石が使われている。

 どちらも楽しく市場を回ったようで安心しながら食事に戻った。

 

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