第35話 戻る日常 3

「雑になってるよ」

「はい」

「いい感じでできていたのは、ビデオで知ってるからね」

「はい」


私は、そう返事をしながら、ダンスを踊る。

ステージに立つことができたこともあり、講師の先生もこれまで以上に熱がある。

それも、講師の先生いわく、うまくできていたということもあって、余計になのかもしれない。

次のオーディションに向けて私はレッスンをこなす。


「はい、今日は終わりね」

「ありがとうございました」

「その調子で続けていきましょうね」

「はい」


厳しいながらも、うまく成長できていると感じる日々に、私は満足しながらも寂しさを感じていた。

それは、一週間という短い間ながらも、一番同じ時間を過ごした相手が近くにいないからだろう。

あのステージがうまくいったのも、花澄がいたからだというのを私はわかっていた。


「でも、無理強いはできないですよね」


そんなことを言いながらも、レッスンも終わったこともあり、花澄から送られていた連絡を返す。

当たり障りのない会話。

お互いに、あのときのステージのことは触れていない。

それでも、少し早く終わった今日であれば、あの場所に寄ることもできるはず。

私はそう考えて、帰り道を選択する。

着いた頃には、夕方になっていた。

中に入ると、先週のことを思い出す。


「楽しむことが大事だということですよね」


自然と心が熱くなるのを感じて、そう言葉にする。

あの日、私の心は、ステージのことを考えられていなかった。

朝に出会った母親のことで、考えないように考えないようにとしたのに、そうすればするほど余計にそのことを考えてしまった私はステージでも、花澄と一緒に考えたダンスもわからなくなってしまうほどわけがわからなくなっていた。

でも、そんな私を助けてくれたのは、花澄の存在だった。

ダンスを一緒に考えたり、ダンスを教えてくれたりしたものの、花澄は私と同じアイドルではなくて、部外者。

ステージに乱入するなんてことをしてしまえば、警備の人たちに捕まるからあんなことをするはずがないと誰もが思っていたのに、花澄は迷うことなく助けに来てくれた。

そのときに、私は花澄から多くの視線を受けた。

何か訴えかける、その眼に、私は思い出せた。

私が本当にやりたいと思っていたものに…


「ここに来れば、それを思い出せますね」


そして、知ることができた。

だから、それを知ったのが先週のステージでのことだというのに、すでに今週だけで三回はここに来ている。

それだけ、ここに来るということをすでにやめられなくなってしまっているのかもしれない。


「ダメダメ、こんなことをしていないで、帰らないといけませんよね」


私は、誰かに言うわけでもなく、一人でそう言葉にしてお店から出ていく。

後ろ髪を引かれながら…

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