第34話 戻る日常 2
ただ、行く場所があるわけではなかったので、どこに向かうのかを考えた結果来たのは、あの場所だった。
「未練があるって、わかるよね。こんなところにいるって…」
誰にも聞こえないようなことを言いながら、私は乱入したステージがあったお店に来ていた。
すでにステージがあった場所は元に戻っていて、ステージはあるけれど、そこにあるのはおすすめの本だったりCDなんかが置かれているだけだった。
「お姉ちゃんに言われて断ったんだから、こんなところに未練をもってたらダメなのはわかっているんだけどな」
それでも、ここに来てしまったのは、ここにいると少し思い出すからだった。
ステージの上じゃなくて前ではあったけれど、ここで感じられたのはステージに立った人に対する熱気だったり、歓声だったりで、それを思い出すことができた。
ただ、そんなことがあったところで、私は有名人になったとは思っていない。
だって、ここにいたところで、私に声をかけてくる人というのは一人もいないから…
「でも、これが今まで通りってことだよね」
本来の日常に戻ったと考えると、これが当たり前だった。
それに、普通のアイドルであれば一度ステージに立ったくらいで、すぐに人気がでるというものでもない。
そう考えると、今が普通ということになる。
まあ、天音は可愛いから前回のステージだけでも人気になる可能性というのもありえるけど。
そんな矛盾な考えをもちながらも、もう少し周りを見たくなった私は、少し散策する。
お店の中を歩いていると、先週のときにいた人を見かけた。
「うーむ、ないでござるな」
「何を探しにきたんだよ」
「言ってなかったでござるか?吾輩が探しに来たのは、シノの曲でござる」
「言ってねえよ。それに、それならここにあるだろ?」
一人の男はそう言って、コーナーの一部を指さす。
もう一人の男は、それを見てもしっくりこなかったのか、再度悩むようにしながらコーナーをじっくりと見る。
「やはりないでござるな」
「いや、あるだろ?」
「ないのでござる。確かに、シノの曲というのはあるでござる。でも、これは吾輩が聞きたいものではないでござる」
「どういうことだ?」
「吾輩も、よくはわかってはおらぬのでござるが、シノが出した初期のものに、一人の女性が歌っているものがあるというのでござる」
「あー、有名人がってやつか?」
「そうじゃないのでござる。全く誰が歌ったのかさえ、わからないものでござる」
「え?そんなのがあったのか?」
「そうでござる。しかも初回生産限定盤のみに入っているものでござったから、さすがにもうないのでござるな」
「そういうのはネットで探せばいいんじゃないのか?」
「確かにそうでござるなって、バカでござるか!」
「どうしたんだよ?」
テンションが急に上がったござるさんに、もう一人の男は戸惑いを隠せないみたいだった。
ただ、ござるさんはまくしたてるように話す。
「今はプレミアもプレミア。かなりの値段になっているのでござる」
「知らない人の声なのにか?」
「そうでござる。わからないということは、吾輩たちオタクが好きな言葉なのでござる」
「そうなのか?」
「そうでござる。わからないことを調べ上げるというのは、吾輩たちが大好きなことの一つなのでござる」
「そ、そうか…でも、そこでなんで今それが必要なんだ?」
「それはでござるな。先週に飛び入りで入ってきた女性を覚えているでござるか?」
「ああ、あのダンスがキレキレの胸が大きい女性な。覚えてるぞ」
「その女性の声が、どことなくでござるが、プレミアのものに入っていた、歌声に似ているような気がしたのでござる」
「まじかよ…それだと、あのときに踊っていた人はシノと同じ事務所に所属してた、あのときいたサクっていう女性と同時にデビューするはずだった人ってことなのか?」
「わからないでござるが、それもありえる話しでござるな」
「へえ、それなら、そんな特殊なステージを見れた俺たちはラッキーだったってことだな」
「そうでござるな。でも、ものがない以上は確認することがないでござるな」
「ま、本当にデビューするなら、すぐにわかるんじゃないのか?」
「確かに、そうでござるがな…知っているというのは、オタクにとって、かなり自慢になることでござるからな」
「そういうもんか」
「そういうものでござる」
「とりあえずは、ここにはないし、まだ探すのか?」
「そうでござるな」
二人の男の会話を盗み聞いたところ、私は体を隠して、二人がどこかに行くのを見届けてから息を吐く。
えっと、そんなことってある?
私は口に出すのをなんとか耐えながらも、心の中で、そう言葉にした。
だって、先ほどのござるさんの言ってることは、まさしく合っていたからだ。
シノの最初は当たり前のように、人気はなかった。
有名な事務所の子会社として、アイドル事務所を設立したこともあって、芸能を調べたりして知っている人であれば、デビューからわかるというだけで、一般の人にも認知してもらったのは、デビューから一年ほどしてからだった。
だから、デビューした曲を売るときに、CDには一部初回限定盤というものを作った。
それも、その歌を担当したのは、私だった。
これは、お姉ちゃんに騙されたというものだった。
歌を出すとなれば、初回限定盤も作りたいということになったのだけれど、それを歌ってもらう人にお金を払って呼ぶということになれば、そもそも販売するCDが作れなくなるかもと言われてしまった私は、まんまとお姉ちゃんのその言葉を信じて、薬を飲み始めて、少し状態が落ち着いた私は必死に練習をした歌を歌った覚えがある。
でも、実際には、違う人から打診があったけれど、それを断って私になったという経緯があったというのを、シノのお姉ちゃんであるシズではなくて、ノエさんから聞いたから知ってはいた。
ただ、ノエさんもいいねとノリノリだったそうで、後から聞いたときにはビックリしたのを覚えている。
「今は、そんなことを考えている暇じゃないよね。これ以上この噂が広がらないといいんだけど」
私は呑気にそんなことを言葉にしつつ、お店を後にするのだった。
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