第30話 始まりのステージ 5

期待していたんだけど…

天音のダンスを見て、クローバーのリーダーである信はがっかりしていた。

今日の朝からどこかおかしいとは思っていたけれど、ステージが始まるとそれもおさまるのではと考えていた。

だというのに、天音を見ていても、オーディションのときに感じたわくわくというものを感じることはなかった。

一生懸命頑張っているというのは、見ればわかる。

でも、一生懸命するというのはアイドルとして、当たり前のことでステージに立てばそれ以上のことを求められるというのがアイドルだ。

その求められる何かをできるのが、天音だと思ったけど…

あのときのオーディションが凄かっただけ?

そんなことを考えていると、彼女はミスをする。

私たちクローバーの先輩でもあるシノの曲は、二人組ということもあって、ダンスと歌の役割というものがパートごとにしっかりとあって、それによって二人組のかっこよさというのがより際立っている。

だからこそ、私たちクローバーもシノの曲をやるときは、二人ずつに分かれてパートを決めて曲をこなすことにしている。

そうじゃないと失敗するというのがわかっているためだ。

でも、ステージに立っている天音は一人。

クローバーのかっこよさ、いいところを真似しようとすれば、ダンスの激しさによって歌声が震えたり、裏返ったりしておかしくなるというのは、私たちも経験していた。

だからこそ、オーディションのときに見せたこと。

ダンスを簡単なものにして、歌声を聞かせる。

そうすることで、少し苦手なダンスも歌声でカバーするという風にすると思っていた。

それなのに、身勝手に動き、結局はうまくいっていない後輩に私はどうするべきか考えていた。

天音はいい子だ。

それはわかっている。

でも、一つ考えていることがある。

天音が入った後にしてくれた、自己紹介というのを私は聞いた。

歌って踊れるアイドルになりたい。

それが、彼女が語っていた目指すアイドル像だったはずだ。

そんな彼女は今、歌えているが踊ることに関しては、何もうまくいっていない。

うまく踊ろうとして、いいはずの歌さえも引っ張られるようにしてよくなくなっている。


「どちらかに専念してもらうためにも、私が下手に何かをするのは間違ってる」


そんなことを口にしながらも、ステージを見ていた。

天音はうまくいっていないことに焦り、慌て、さらにうまくいっていない。

ダメですか…

やめてしまいそうですね。

見ていても、体から力が抜けていくのがわかる。

ああでも、このままいけばアイドルさえもやめてしまうかな。

そんなことを考えていたときに、それは起こる。


「サク!」


彼女を呼ぶ声が聞こえたとき、一人の女性が規制線をくぐり抜けて、ステージの前に立つ。

その瞬間、私は動く警備員に無線で声を送っていた。


「動かないで!」


どうして、取り押さえなかったのか…

その一つは、女性の動きが軽やかだったからだ。

もう一つは、彼女がステージの前に立った時、ステージにいた天音の顔がほんの少し安堵したからだった。

だから、どうなるのかというのを見て見たかった。

アイドルになりたての彼女と、アイドルにすらなっていない女性そんな二人がどんなステージができるというのだろうか?

歌は途中。

周りは、急なことに驚いていて状況を理解できていない。

それは、彼女。

天音も同じようで戸惑っている。

ただ、ステージ前の女性はダンスを始める。

キレのある動き、アイドルとしてダンスもそれなりに練習している私から見ても、うまいと思ってしまう動きでターンのタイミングで、天音に向けて女性はウインクをする。

それを受けて、天音も動きだす。

ステージ前にいる女性に力をもらうかのように歌声は力強くなっていく。

それに呼応するかのようにして、ステージは盛り上がり始める。


「おいおい、なんだよ、これ…」

「望、きてたの?」

「当たり前だろ?盛り上がるところにあたいは来るからな」


歓声によって、後ろで待機していたクローバーの他のメンバーが舞台袖に来て、私の近くでステージを見る。


「うーん、あの方はどなたなんですか?」

「えっと、わからないんだよね」

「え?信は、わかんないやつを規制線の中に入れてるの?」


幸福の当たり前な疑問に、私はなんて答えようかと迷っていると、望がさらっと言う。


「そんなの楽しそうだからで、いいだろ?」


その言葉は、幸福の疑問を取り除くものにはなってはいないはずではあったが、何も言えなくなってしまうものでもあった。

だからだろう、私たちはそれ以上の会話をすることもなく、ステージを見たのだった。

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