第29話 始まりのステージ 4
天音のダンスはうまくいっていた。
初めてのステージということもあり、見ていた限りでは硬さもあったけれど、逆にそれが頑張っていると思われて受けている。
大丈夫そうかな…
私はそれを見て、安心していたけれど、なんとなく違和感も感じていた。
「どうして、違和感を感じるんだろ?」
ステージを見ながら、誰にも聞こえないような声でそう言葉にしたときだった。
前にいる二人組が再度話をするのが聞こえる。
「なかなか、いいな新人」
「そうでござるか?」
「ああ、可愛いし、頑張ってるだろ?」
「確かに、頑張っているように見えるでござるな」
「じゃあ、何が引っかかるんだよ。推し変してしまったとかの理由じゃないだろうな?」
「そんなことはないでござる。それに、頑張っているのはわかるのでござるが、一人よがりの動きをしているように見えるでござる」
「どういうことだ?」
「それは、楽しんでいると思えないのでござる」
「楽しむなあ…そうは言っても、アイドルは楽しませるものではあっても、自分が楽しむものじゃないだろ?」
「それは、違うでござる。自分が楽しんでいないものを、他の人に楽しましませることができると思うでござるか?」
「それは…」
「そうであろう。頑張るというのは、拙者の目から見てもわかるでござる。でも、頑張るだけではアイドルとして、好きになることがないのでござる」
「言われてみれば、そうだな」
私は二人の会話が聞こえて、ハッとした。
感じていた違和感というのが、それでわかったからだった。
天音は、ステージを楽しめていない。
必死に頑張っているのは、誰が見ても嫌というほど感じてしまう。
でも、それがいいことなのかと言われれば、わからなかった。
天音の家で特訓したときには、納得したダンスができて、それを組み合わせたパフォーマンスを楽しそうに練習していたのだから…
楽しそうに練習。
そこで私は嫌な予感というものを感じる。
楽しんでいない。
それだけなら、練習していたことさえできれば、天音が納得した結果にはなるだろうと思う。
でも、もし必死に頑張るということだけが頭の中を支配してしまっている状態だったら?
それで、納得したあのときのパフォーマンスができなかったら?
天音は失敗してしまう。
それは、天音が望む結果ではないというのは私もわかっている。
ただ、どうすることもできない。
私が思ってしまうのは、ただこのステージが成功することだけだった。
「頑張って、天音…」
そんな言葉が自然と口から出る。
だけど、そんな言葉を口にしたところで、あのタイミングまでステージは進んでいく。
まずいと思ったときには、天音のダンスは二人で考えたものではなくて、最初に必死に練習をしていたものだった。
激しいダンスによって、歌声がずれる。
それまで頑張っていたものが崩れたからなのか、歌声がずれてしまったのがいけなかったのかはわからないけれど、ダンスのリズムもずれていく。
それはどんどんと天音を蝕むようになっていく。
なんとか天音は立て直そうと必死に歌を歌い、ダンスを踊る。
ただ、頑張っていたものが崩れたこともあるのか、それとも、緊張から周りの音が聞こえていないのか、必死にやればやるほど、ずれていっているように見える。
「大丈夫でござるかな?」
「どうだろうな…」
「おぬし、興味をなくしてござるな」
「仕方ないだろ?ステージを見に来たんだ。失敗を見せられてもな。早く次のクローバー新曲にならねえかな」
「そういうことをいうのはよくないでござる」
「なんでだ?」
「おぬしなあ…」
二人いた片割れの人は、すでに天音のステージに興味を無くしているようだ。
最初はあれだけ褒めていたこともあって、そうなっていることに驚くが、周りにいた多くの人が同じようになっているのを感じて、そういうものなんだと思ってしまう。
何も知らないくせにと…
そんな身勝手に、期待をしておいて、そしてうまくいかなくなったら見限る。
周りの反応を見て、怒りを感じてしまう。
ただ、すぐにハッとする。
それは、私も一緒だったからだ。
私だって、天音と一緒ダンスをしていなかったら、同じように思ってしまっていたかもしれないということに…
じゃあ、知ってしまった今ならどうする?
「あーあ、終わりかもな…」
そして、そんな声が聞こえる。
私は天音の方を見る。
天音のダンスは、弱弱しいものになっている。
歌声も…
最初に出会ったときと同じ感覚。
終わってしまう。
教える前なら、あーあで終わっていたものだった。
でも、教えた後なら私の体はステージに向かって、声が口から出ていた。
「あま…サク!」
私は勢いのままステージに近づいて、勢いのまま規制線すらも超えていた。
ただ、取り押さえられるよりも早くダンスを開始した。
天音に見せつけるように…
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