第28話 始まりのステージ 3
緊張という言葉では言い表せないほどに前の日から、緊張して寝付けないでいた。
「こ、こういうときは花澄さんにもらったこのアロマキャンドルで落ち着くのがいいですよね」
怪しい独り言を口にしながらも、私はアロマキャンドルを点ける。
部屋の中にいい香りが漂うのを感じて、思わず思ってしまう。
「花澄さんの香りですね」
そんなことを…
ほんの数時間前まで、いた彼女のことを香りだけで思い出すということも、普通に考えればおかしいことではあったが、天音自身が泊まりに来るほど仲良くなれた友達というのが花澄さんだけだったので、それがおかしいことだということに気づいてはいない。
それでも、実際にアロマキャンドルの香りで花澄さんのことを思い出すことによって、緊張していたのが嘘のように落ち着いた。
花澄さんとの合宿がそれだけ私にいい影響を与えていたというのを感じていた。
「明日のこともありますし、寝ないといけませんよね」
ダンスの方も納得のいく形になって、余計にそう考えると、私は眠りについた。
朝は苦手ながらも、アロマキャンドルのおかげなのか、良い感じで起きることができた。
「初めてのステージ、花澄さんにいいところを見せないとですね」
そう意気込んで、用意をして家から出るつもりだった。
朝食を済ませようとしていたとき、リビングの扉が開く。
「あら、もう起きているんですね」
「お母さん?帰ってたんですか?」
「帰っていたら、おかしいですか?」
「そんなことはありませんが…」
「だったら、いいでしょう?といっても、またすぐに仕事に戻らないといけませんが…」
「そうなんですね」
「ええ…それと…」
「なんでしょうか?」
「いえ、別に何もありません」
私は突然の母親の登場に驚いていた。
今更ながらに、私の両親は仕事で忙しい。
基本的に休日ですら家に帰ってくるのは珍しい。
だから朝から出会うというだけで驚いてどういう対応をしていいのかがわからないでいた。
それは、お母さんも同じだったのかもしれないけれど、だからこそ余計にわからない。
どうして、今日というタイミングなのだろうかと…
せっかく落ち着いていた心がざわつく。
それを振り払うようにして、私はご飯を素早く済ませると席を立つ。
お母さんに何かを言われる前に家から出るためにその後の準備すらも、素早く済ませると、いってきますの言葉もなく、家から出ていく。
どうして今日?
どうして朝から出会うの?
そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。
気づけばリハーサルも終わり、自分が何をしていたのか、わからない。
ただ、時間だけは過ぎていっていた。
ハッとしたときには、クローバーのリーダーである、信さんに肩を優しく叩かれたときだった。
「大丈夫?」
「はい」
「失敗はするものだから、怪我だけはしないでね。それじゃ、呼ばれたら出てきてね」
そんな言葉とともに、アナウンスが流れて、気づけば出番がやってくることがわかった。
今私は、どんな表情をしているのかすらも、全くわらかないくらいに、混乱していた。
信さんが話す声が聞こえて、アイドルとしての名前が呼ばれて、私はステージに出た。
ぎこちなく挨拶をこなしたところで、音楽が流れだす。
未だに頭の中はぐるぐるとなっているままではあったが、音楽が流れだすと体は勝手に動く。
前奏が始まり、リズムを取る。
動くことで、少しは落ち着くことができると思って、そのままダンスを続ける。
うまくできていることに少し安堵しながらも、油断することなく歌が始まる。
着けているマイクにも音がちゃんと拾えているので、問題も特にない。
初めてのステージはうまくいっている。
だから大丈夫なのだと自分に言い聞かせる。
今はステージ以外のことを考える時間じゃないということを…
大丈夫、このまま私は完璧にステージをこなすことができる。
だから、私は花澄さんとの特訓のことを忘れていた。
ほんの少し前の自分。
完璧を求めすぎていた自分というのに、気づけば戻っていた。
そして、それが近づいてくる。
私自身の中で、朝に母親と出会ったこともあって、もしかすれば見に来てくれているのではという期待が頭の片隅にあった。
それもあり、本当に無意識に考えることは完璧にステージをこなすということだけだった。
「♪♪」
ついに、そのタイミングがくる。
サビの部分。
かっこよくて大好な曲のタイミングで、前のダンスをしてしまう。
激しいダンスによって、リズムが崩れ、そして歌も乱れる。
あれ、あれ…
それまでうまくいっていったからこそ、崩れた瞬間余計に修正できなくなる。
前にいたお客さんたちが、ざわつくのが、ステージの上からでもわかった。
どうして?
どうして?
うまくいかなくなった私は、暴れるようにして余計にダンスと歌をがむしゃらにしてしまう。
それが悪循環になっているということも気づくことなく、続ける。
ただ、すればするほどざわつきは大きくなっていく。
こんがらがる頭の中で、体はうまく動かなくなり動きを止めそうになったときだった。
「サク!」
その声が聞こえたのは…
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