第27話 始まりのステージ 2

「幸來、行ってくるから」

「うん、お姉ちゃん。気を付けてね」


朝早くに出ていくお姉ちゃんを見送った私は、いつものように朝の運動を終えると、天音のステージを見るためにも出かける準備をしていく。


「本当に、楽しみだなー」


おこがましいことかもしれないけれど、私がダンスを教えたアイドルが世に出るということを考えると、ついついそんなことを考えてしまう。

なるべく邪魔にならないように見ないとね。

天音の頑張っている姿を見ないというのはありえないことだけれど、下手に近づきすぎたりして、頑張っている天音の邪魔になることだけは嫌だった。

こういうときに必要になるのが、ある程度の物理的な距離間だというのは、私もわかっている。

だから、準備も怠らない。


「一応人が多いだろうから、動きやすい服にもして…でも、変にならないようにしないと…」


自分の勝手ながらも、気を付けないといけないことがたくさんある。

まあ、これも邪魔をしないために必要なことなのだから、仕方ないこと。

そんなことを考えながらも、目的地へと向かう。

良い場所を確保するために早めに出発するのは当たり前のことだから。

電車を乗り継いで、目的地である本と音楽ショップに着いて、感動する。


「ここで、あるんだ!」


小さいステージが真ん中にあり、その前にはすでに規制するテープのようなものが張られている。

この本と音楽ショップは、少し大きいので、一階と二階に売り場が分かれていて、うまく売り場が作られているというのを、ネットを見て勉強した。

いろんなものを売っていることで、サブカルチャ―が気になったらここに来るべきとされている場所だった。

実際私も何度かは来た事がある場所だった。

だから、ステージの場所を見れば、隠れて見るにはいい場所というのもわかってしまった。


「うーん、ここもいいなあ…」


といっても、すぐにこの場所がいいのではというは決まらなかった。

どの角度から見るのが一番いいのかと考えれば、考えるほどわからなくなってしまう。


「こんなことをしてれば、不審者だよ」


あっちをうろうろ、こっちをうろうろとしていれば、傍から見れば、完全に不審者だろう。

でも、そんなことをしていたときだった。

同じようにうろうろとしている女性と目が合ってしまう。

私はステージから見て右側で、その女性は左側をうろうろとしている。

そして、目が合ったところで誰かに似ているようなと思いながらも、お互いに気まずくて会釈だけをする。

こういうことは慣れていないので、なおさらそういう反応になってしまった。

だからこそ、下手に動くのはやめてその場に立ち止まってステージを見ることにした。

始まるまでには、まだ一時間ほど時間はあったが、すでにクローバーの新曲がお披露目されるということもあって、かなりの人が集まってきていた。


「なあ、聞いたか?」

「何がでござるか?」

「このステージは、クローバーの新曲だけじゃなくて、新人の初ステージもあるみたいだぞ」

「そうなのでござるか?」

「ああ、ちょっと気にならないか?」

「気にならないでござるな」

「どうしてだよ」

「それはもちろん、推し変をしないためでござるな」

「いや、推し変って、そんなことで押しは変わらないだろ?」

「わからないでござる。吾輩は一目惚れしやすい性分でござるからな」

「そういうものなのか?」

「当たり前でござる。素敵なアイドルというものに轢かれやすいのが吾輩なのだ」

「ふ、それだけは同意してやるよ」


そんなことを目の前にいた二人が会話しているを聞いて、それなら絶対に天音に一目惚れすると言いたくなってしまう。

どうしてそう思うのか?

それは、天音の行動が計算ではなかったことが関係していた。

最初に会ったときから、どこか自分の武器を理解しているような動きをたくさんしていた彼女は、上目遣いだったり、可愛い…

可愛すぎる仕草をしたりなんてことを当たり前のようにしていた。

実際それを私はわざとやっているものだと思っていたけれど、天音とダンスの練習中に少し話したことはあるけれど、あれは狙っているようで狙っていないものだということがわかってしまった。

というのも、天音自身があのときアイドルになりたい理由というものを知って、それが両親といえ、人に好かれたいと考えてのことだったので、自然とどうやれば人に好かれるのか?

そう考えたときに、自然と今の天音になっていたのだという…

よくある、女子に好かれないような仕草ではあるけれど、むしろ私は言ってやりたい。

それがいいと…

アイドルなのだから、好かれるために可愛くなるというのは当たり前のこと。

そんなことを、天音を知っている私だからこそ、心の中で考えているとき、アナウンスが流れる。


「本日は、ここ○○へお越しいただき誠にありがとうございます。ただいまより、株式会社グラスフラワーによる新曲発表のステージがございます。準備が整い次第始めさせていただきますので、もうしばらくお待ちください」


ここにいる人たちが楽しみにしているであろうステージ。

それがもう少しで始まるということもあって、先ほど話をしていた人たちですらも、静かになる。

空気が張り詰めている。

集まっている人たちが楽しみにしているというのが、ただ立っているだけで伝わってくるように感じる。

そんなときだった。

ステージ後ろから、人が出てくる。

出てきたのは、クローバーのリーダーである信さんだ。


「みんな、今日は私たち、クローバーの新曲を聞きに来てくれてありがとう!」

『わああああああ!』

「うん、歓声は嬉しいよ。でも、ここはお店、少しだけ抑えてね」

『あははは…』


信さんの言葉によって、少し笑いが起きながらも、みんなは次の言葉に耳を傾ける。

新曲についてなのか、少し書かれていた新人アイドルについてのことなのか…

順番がどちらかわからないため、余計にみんなはドキドキとしている。

そんな私たちの感情をわかっているかのように、信さんは言う。


「うんうん、緊張をしているみんなと同じように私たちも緊張しています。だから、初めてステージに立つ人はもっと緊張をしています。そんな初めてのステージに立つ、彼女をお呼びします。サクちゃんです」


その言葉とともに、登場したのは、天音だった。

わああああああという歓声を受けながらも、緊張しているのか動きはどこかぎこちない。


「あ、あの…新人アイドルとして、今日から頑張ります。サクです。よろしくお願いいたします」


そして、堅苦しいような挨拶とともに、頭を下げる。

それを見ていた信さんは頷きながら言う。


「はい。挨拶はとても礼儀正しいサクちゃんです。それでは、早速ですが楽曲を披露してもらいましょう!」

「えっと、はい。私の曲ではありませんが、尊敬している先輩シノさんの曲です」

「それでは、サクちゃんで〝アイドルビギン〟です」


信さんがそう言ったところで音楽が流れだす。

そして、天音は曲に合わせてリズムを取り始めたのだった。

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