第16話 ステージに向けて 4

「まったねー」


元気という言葉が似合う藍さんと別れた私は、帰路につく前にやることをやっていた。

幾つかの商品を手に取って、吟味する。

あーでもない、こーでもないと言いながらも、多くのものを手にとって、天音のことをしっかりと考える。

絶対に疲れてくるだろうからと、考えたものだ。

そして、自分自身も、少しでも力になれるようにと、受験のときに少し失った体力を取り戻すためにもプールに行き、ゆっくりと負荷をかけながらも運動をする。


「ふう…今日はこれくらいにしとこう」


ゆっくりと負荷をかけた後に、プールを後にする。

私が教えるということがうまくできるのか、本当のところはよくわからないけれど、それでも天音が頑張っているのだから、少しでも答えたい。

そう思いながら、天音から電話が来るのを待つ。

自室で少しゆっくりと過ごしていたところで、すぐに電話がかかってくる。


「もしもし」

【もしもし、花澄さんですか?】

「そうだよ。電話番号にそうやって名前を登録していないの?」

【してますけど。それでも、毎回聞いてもいいかなと思いまして、迷惑でしたか?】

「迷惑じゃないけど、連絡があったってことは終わったのかな?」

【はい。終わりました】


天音はそう言葉にする。

今の時間は、夜の八時。

初日から長く練習をするというのは、さすがにダメだと思った私は一応の確認をする。


「本当に練習するの?」

【はい】

「だったら、今日はほんの少しだけでも大丈夫?」

【それでも、大丈夫です】

「わかった。それで、天音はどういう練習の仕方がいい?」

【会ってといきたいところですが、花澄さんのことをこんな夜遅くに連れ出すのはダメですので、ビデオ通話でも大丈夫ですか?】

「全然大丈夫だよ。ちゃんと見えるところに画面を置いて、やろっか」

【はい】


天音の提案によって、お互いに姿を画面に見せながらダンスの指導をしていく。

画面の中でも天音は頑張っているというものがわかってしまう。

頑張りすぎていると思うほどには、しっかりとダンスを踊っている。

何度も繰り返すたびに、手足の動きがぎこちなかったものがなくなっていく。

それだけで、私自身も見ていて嬉しくなってしまう。

ただ、問題点もある。

無理をしすぎていないかというものだった。

だからこそ、私はある程度ダンスの練習が終わったところで、聞いてみることにした。


「天音?」

【はい、花澄さん、どうかしましたか?】

「ちょっと気になったんだけど、ステージでは歌はどうするの?」

【歌ですか?】

「うん。天音が歌うのかなって思って」

【はい。当日は私が歌います】

「それなら、歌の方も練習しなくてもいいの?」

【確かに、そうですね。ダンスが楽しくて熱中していましたが、歌もダンスも両方できないといけませんよね】

「そうだね。当日は両方するのなら、歌いながらっていうのも必要になってくると思うよ」

【わかりました。やってみます】


天音は、私の言葉を聞いて、歌を歌いながらダンスを踊る。

それまではダンスだけだったから、なんとかなっていたのかと思ってしまう出来事が起こる。

それは、ダンスに引っ張られていることだった。

天音は言っていた。

歌は、かなりよくてもともと、歌手としてデビューを進められるほどのものだったということを…

確かに聞こえてくる歌声はいいものだった。

でも、私は忘れていた。

ダンスを練習するあまり、歌を歌うということもセットで考えていなかった。

確かにダンスはよくなった。

でも、ダンスを踊ることに意識を向けすぎたせいで、声がよくない。

ダンスのキレがあがるたびに、声が震えなくていいところですらも体の動きによって震えてしまう。

まずい…

こうなることがわかってたはずなのに、忘れていた。

ダンスを教えないといけないということにとらわれすぎた。

私はそう考えたけれど、今更だった。

天音のダンスはよくなった。

でも、それによって歌がよくなくなる。

そのことをわかっていなかった。

声はよく、しっかり歌うことで、さらにいい感じに聞こえるのだろうということはなんとなくわかる。

ただ、ダンスの方を集中するあまり、動きが派手になりすぎて歌声がぶれてしまっていた。

それでも、天音はなんとか一曲終える。


【よくなかったですよね】

「わかるの?」

【はい。動きのタイミングが悪くて声が震えていたのが、よくわかりました】

「そうなんだよね」

【ダンスがよくなったのに、今度は歌が悪くなるとは思いませんでした】


天音はそう言って落ち込む仕草をする。

確かに声だけを聞けば歌が悪くなったと思うだろうけれど、そうではない。

私はすぐに否定する。


「それは、違うよ」

【どういうことでしょうか?】


わからないのだろう、天音は不思議そうに聞いてくれる。

私が言っていいものなのか、わからない。

でも、知っておくのなら早い方がいいのは確かだろう。

そう思った私は、言う。


「ダンスの動きが悪いから、そうなるんだよ」

【どういうことですか?下手になっているのでしょうか?】

「ううん、そうじゃないよ。動きもリズムもいい感じになってきてる」

【それでは、どうしてですか?】

「それはね。リズムと動きとは関係ないところなんだよ」

【どういうことですか?】

「うーんと、少し見ててね」


私は、すぐに画面の目の前でダンスを少しだけ踊る。

そして、同じダンスに今度は歌をのせる。

当たり前だけど、悪い例をしているので、歌声は悪い。

次にまた同じダンスと歌をする。

ただ、今度はダンスのタイミングなどを調整する。

同じ動き、歌っているものも同じだというのに、タイミングを変えるだけで、歌声はしっかりと聞こえる。


【さ、さすがです】

「ありがとう。でも、天音は今のでわかってくれた」

【はい。少しわかりました】

「それなら、よかった。ダンスをちゃんと踊るっていうのも、確かに大事ではあるんだけどね」

【はい。大きな動きのタイミングで歌声をのせてはダメということですね】

「うん、特に頭が動く行為をするのはダメだね」

【私が見た動画では、あれが普通だったのですが】

「それこそ、ステージと映像とは別物ってことだね」


別物。

それは、特に激しいダンスがあるものに多い。

PVなどのように、映像と歌声が基本的に別々に取られたものであればそれが可能だけれど、それをステージで行うとなれば、ダンスを少し調整しないことには難しいものが多い。

といっても、シノの曲であれば、二人でダンスと歌をやっていることもあり、確かステージではお互いのタイミングをわざとずらすことによって、違和感というものを無くしている。

ただ、今回は天音が一人で踊るため、PVを真似してしまうとうまくいかないという状態になっていた。

天音もそのことに気づいたのだろうけれど、首をかしげる。


【どうするのが正解なのでしょうか?】

「それは、私に言われても、難しいね。教えてくれる人がいるんでしょ?」

【はい】

「だったら、どうするのかを相談するのが一番いいと思うよ」

【わかりました。そうしてみます】

「うん。じゃあ、今日はこれ以上ダンスをして余計な癖をつけてもダメだろうし、歌をやろっか」

【はい】


そうして、初日の練習を終えた。

といっても、天音の歌声によって、私の耳が幸せになったのは言うまでもなかった。

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