第15話 ステージに向けて 3

「いい傾向だったよね」


天音を見ていた私は、そう言葉にする。

でも、この状況は変わらないんだよね。

そんなことを考えながら、私は一人教室でボーっと座っている。

入学式初日から、天音という予想外な人と出会うことで、教室の中でボーっとしている時間というのも苦にはならなくなってはいたけれど、それでも疎外感というものはあった。


「ま、音楽でも聴いていれば、時間は立つよね」


休み時間はいつものように過ごし、お昼休みになった。

机の上でボッチ飯。

いつものように、そうなるだろうと思っていたのだけれど、置いていたお弁当を食べようとしたところで、目の前から声がする。


「一緒に食べてもいい?」


私は思わず顔を上げる。

そこにいたのは、当たり前だけど同級生で、名前は…


「ご、ごめんね、急に…うちの名前は伊藤藍っていうんだけど」

「ううん、話しかけてくれてありがとう」

「そんな、そんな…うちから急にご飯を食べようなんか誘っちゃったんだから」

「いいよ。私も前の一週間は一人で食べてたから、少し寂しくて」

「そうなんだ。それなら、うちが声をかけて正解だったかな」

「そうだね」


そう言って、彼女は椅子を私の方に向けて同じ机に同じようにお弁当に広げる。

入学式のときに、したかった光景が目の前に広がっている。

したかったことというのは…


「いいよね、この曲」

「花澄もわかる?」

「当たり前だよ。アイドルの曲をほとんど聞いてるからね」

「さすがだね。そういううちもそれなりに網羅してるつもりだったけど、同じかそれ以上なんて」

「ふふ、こう見えてもオタクだからね」

「やっぱり、話しかけて正解だったよ!」

「私こそ、話しかけてくれて本当に感謝だよ」


私はそう言葉にする。

そんな私たちは、すぐに意気投合していた。

これがやりたかった光景ではあったけれど、すぐにこんなにも仲良くなれるとは思っていなくて、さすがに驚きを隠せない。

でも、やっぱり楽しい。

こういうのをやりたくて芸能科がある学校に通っているのだというのを思い出させてくれる。

同じように、好きな人たちのことで語ることができるという時間がよかった。

話しかけてきてくれた女子生徒は、伊藤藍さん。

私と同じようにアイドルが好きなようだ。

どうして私に話しかけようとしたのかというと、ちょっとしたグッズをいろいろなところにつけて学校に行っていたからだった。

それを見て、同じものが好きだと思った藍さんに話しかけてもらったという流れだった。

ただ、そんなときに、藍さんに言われる。


「そういえば、うちは聞いただけなんだけど、気になったこと聞いていいかな」

「いいよ、答えられることならね」

「花澄なら、そう言ってくれると思ってたよ」

「今日出会ったばっかりだけどね」

「気にしない、気にしない。もううちと花澄の仲だよ」

「そう思うのなら、早く聞いてもらってもいい?」

「わかったよ。聞きたいのはね。花澄も芸能人なのって話しなんだよ」

「どういうこと?」


藍さんに言われたことに、私の頭は混乱する。

芸能科がある学校にいて、クラスは当たり前のように芸能科と普通科がある。

芸能科は当たり前だけれど、芸能人しか入れない学校で、その芸能人というものに対しては、私もどこまでのことをいうのかの基準はわからないけれど、最低でも事務所に所属している人しか通うことはできない。

それも、事務所と芸能科がある学校は提携していることが多く、事務所に所属するのなら、この学校に通ってほしいということが言われることもあるからだった。

それなのに、私が芸能人なのだと聞かれても、答えは…


「芸能人なら、私は普通科に来てないよ。あんなに狭き門なんだからね」

「そのことについては、うちもごめん。でも気になっちゃって。芸能科の人と一緒にいたって話も聞いたもんだから、余計にね」

「そうなんだ」


芸能科の生徒と一緒にいたというのは、間違いなく天音のことだろう。

でも、私自身は芸能人ではない。

だって、芸能人であれば、主に試験は面接と簡単な問題なのに対して、普通科の私たちは筆記試験に面接、さらには小論文もある。

そこに合格しないことには通うことができない普通科に対して、芸能科は試験が簡単だ。

といっても、一番重要な事務所に所属しているというのが、一般人には難しいことなのだ。

だから、私がもし芸能人であれば、面倒なことをしてまで普通科に入るなんていうwドエムな人しかしないことは考えない。

それでも、天音と一緒にいるだけで私も芸能人だと思われていることに驚いた。

だって、どう考えても天音と一緒に歩いていても、釣り合っているとは全く思っていなかったからだ。

うーん…

私は疑問に思ってしまう。

それでも、藍さんは続けて言う。


「噂、噂だから」

「そうなんだね」

「うんうん、でもやっぱり噂にすぎないか…」

「どうして?」

「そりゃ、うちだけが花澄の秘密を知っているってなれば、ちょっと嬉しいことじゃん」

「そんな秘密があればね」


そう言葉にしながらも、私たちは楽しく話しを続けるのだった。

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