第12話 始まりのオーディション 4

私の名前が呼ばれたというのに、どこか遠いことだと考えてしまっていた。

だって、私がアイドルとしてのステージを見せたかった相手は、ここにはいない。

花澄さんを思って踊っていただけで、まさか選ばれるとは思っていなかった私はボーっとしていた。

クローバーのメンバーが出て行って、一人、また一人と他のメンバーの人たちが部屋から出ていく。

なんとか正気に戻った私は、部屋から出ていこうとして、一人の女性に捕まった。


「えっと…」

「聞こえていませんでしたか?」

「な、何がでしょうか?」

「はあ…天音さん。前座で、同じ会社内とはいえ、初めてオーディションに受かったのですから、もう少しお話しはちゃんと聞いておいてください」

「すみません」

「わかったのであれば、大丈夫です。なので、こちらの書類にしっかりと目を通しておいてください」


そう言って渡されたのは、次のクローバーと一緒に立つステージの情報についてのものだった。

私はそれを受け取り、中を確認する。

当日のリハーサルの流れから、しっかりと書かれている書類を見て、ようやく受かったのだと実感した。

これで、私もようやくスタートラインに立てた。

意気揚々と、そんなことを思いながらも、考えるのは結局花澄さんのことばかりだった。

受かったんだから、これを見せよう、私は嬉しくなって合格者が受けないといけないレッスンを危うくすっぽかしそうになりながらも、なんとか自分を律しながらも、その後のレッスンを受けるのだった。

ようやくレッスンと説明が一通り終わり、帰り支度をしながらも花澄さんに合格の連絡をしようとしたときだった。


「あっれー、今回受かったのって、咲空ちゃんだったんだ」


そんな元気な声とともに、入ってきたのは、一人の女性。

仕事終わりだというのに、かなり元気な彼女は、今クローバーよりも活躍をしている、アイドル二人組の一人、ノエさんだった。

私はそれに気づいて、すぐに挨拶を返す。


「お疲れ様です」

「うん、お疲れー…でも、そんなに畏まらなくていいんだよ。ノエたちの仲なんだから!」

「いえ、そういうわけにはいきませんから…」


気さくに笑いかけてくれるノエさんに、逆に私は恐縮してしまう。

そんなノエさんの頭を後ろから叩く女性がいた。


「そうだぞ!」

「あ、イタ…ちょっと、毎回シズは当たりが強いんだから」

「こうでもしないと、ちゃんとこっちにこないだろ?」

「そんなことないよ。ノエはちゃんとするもん。ねー、咲空ちゃん」

「えっと、そのはい…」

「ほらね」

「咲空、ノエをそうやって甘やかしたら、ダメだよ」


そう言った彼女は、もう一人のメンバーであるシズさんだった。

二人が私に話しかけてくれているのは、私がこの事務所を受けるときに担当したアイドルだったからだ。

最終面接のときに、面接官をしてくれたのだ。

だから、今回オーディションに受かったおかげで、この二人にもようやくいい報告ができることが嬉しかった。


「それでも、よかったな。咲空が受かってくれて」

「本当にねー、ノエたちが面接したから、うまくいってないって聞いて責任を感じたもん」

「いえ、それは…私がうまくできていなかったせいですから」

「そんなことないよね、シズ」

「そうね。歌は最初からかなり上手だったし、ダンスも何かきっかけがあってうまくいくようになれば、とは思っていたのはあるけど」

「そうなのー?じゃあ、咲空ちゃんはそういうきっかけが何かあったんだね」

「はい、そうなんです」


そこで、勢いのまま花澄さんのことを話そうとしたけれど、そのタイミングで扉が開く。


「あ、いましたか、二人とも、明日のことで打ち合わせが」

「わかりました。いくよ、ノエ」

「はいはーい、わかってるよシズ。また今度、そのきっかけを聞かせてねー」

「はい!」


どうやらマネージャーの人が入ってきたようで、打ち合わせがあるようで二人は出て行った。

私は、そんな二人が出ていくのを確認してから、花澄さんに連絡するために事務所を出ると電話をした。


【もしもし、どうだったの?】

「受かりました!」

【ほんとに?すごい!】

「はい。これも、花澄さんのおかげです」

【そんなことないよ。天音が、頑張ったからだよ】

「花澄さんに、そう言ってもらえるのなら、ここ数日頑張って、本当によかったです」

【ふふ、そう思ってくれてるなら、ダンスを教えて、本当によかったよ】

「はい。それでなんですが?」

【どうかしたの?】

「レッスンがない日に、また教えてほしいのですが」

【どうして?】

「初めてのステージです。私は、できるのなら、今の精一杯を見せたいですから」

【はあ…そんなことを言われたら、絶対に断れないじゃん】

「確かに、そうですね。よくない頼み方なのかもしれません。それでも、私は少しでも花澄さんにいいと思ってもらえるようなダンスにしていきたいですから」

【それなら、頑張ってもらわないとかな】

「はい、任せてください」


私は、そう言葉にすると意気揚々と電話をきる。

高揚感に包まれながらも、初めて受かったオーディションの日が終わったのだった。

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