第11話 始まりのオーディション 3
「いつも通りって感じかな」
「でも、選ぶのってキツイんだ。リーダーは毎回こんなことしてるんだ」
「しょうがないでしょ、リーダーっていうのは、こういうときに忙しいの」
「だったらねえ、うちはリーダーとか、ならなくてよかったって思うな」
「ふふ、そう言うってことは、こうちゃんはリーダーになってみたかったの?」
「少しは憧れるもん」
「そういうのなら、私の代わりにリーダーをしてくれてもいいんだけど」
「あたいは絶対にやだ。もうすぐにでもレッスンしたいし」
「こらこら、そういうことを言うな。あと一組なんだし」
「でも、うちも甘いもの食べたい」
「それは、賛成。終わったら食べようね」
「終わったらな」
クローバーのリーダーである信はやれやれと首を振る。
ただ、メンバーのみんながそういう気持ちになるのも信はわかっていた。
課題曲が決まっていて、だからこそパフォーマンスも決まっている。
だから、それを三度も見ていれば、つまらなくなってしまうという気持ちが…
それもあと一組。
名前は、
事務所に入れるということもあって、顔は可愛いし、歌もうまいと聞いている。
でも、それだけだということも…
この子には悪いけれど、今回も落ちるだろうな。
そう信は考えていた。
クローバーのリーダーとして、みんなのことを少しはわかっていると思っている。
そんな信はオーディションの順番も飽きないように…
飽きても大丈夫なようにしていた。
それは、最近のレッスンの様子を先に見て判断したことだった。
最初に、次のステージの前座として、踊るとしたら一番いいだろうとみんなが思ってくれるだろうとユニットたちを選んだ。
だからこそ、彼女たちは一組を見て、二組目の途中で少し飽きてきて、三組目では飽きているのか、どんな子なのかも覚えていないのかもしれない。
ただ、信は覚えられなかった彼女たちに悪いとは思っていない。
だって、覚えてもらえていないのなら、アイドルとしてあまり意味がないということ。
最初に見せたのは確かに、みんなのことを考えてだからあまり言いたくはないけれど、そんな私たちの想像を超えるような相手が出てこないと、意味がないと思っている。
その考えが、わがままだとは思いながらも…
そして、信自身も、はるか上にいるアイドルの先輩の隣に立てるように刺激が欲しかった。
そんなことを少し考えてから、信は正気に戻る。
今は、審査員として、そんなことを考えている暇はなかったのだから…
順番を選んだのは、自分自身なのだから、飽きているほかのメンバーと違って私は最後までちゃんと見ないといけない。
そうしていると、コンコンと扉がノックされる。
「入ってください」
「天音咲空です。本日はよろしくお願いいたします」
入ってきた彼女はお辞儀をする。
その時点では違和感は何も感じなかった。
みんなもそうだったと思う。
「それじゃ、かけますね」
四組目。
最後の音楽を鳴らす。
その瞬間から、目の前にいる、彼女の目は光輝いていた。
※
オーディション会場。
いつもの事務所の部屋。
私は入る少し前まで、ダンスを一人行っていた。
激しくはしない。
でも、確認をする。
だって、今日やる人たちに楽しんでもらうためなら、徹底的にやりたいから…
三組目が終わる。
その時点で少しの汗をかいていた。
少し疲れているはずのなのに、体はどこか高揚感に包まれている。
入って大丈夫だと、事務の人に言われて、私は扉をノックした。
「入ってください」
その言葉が中から聞こえて、中に入る。
前に見えるのは、私の先輩であるクローバーのメンバーたち…
リーダーの信さん、望さん、愛さん、幸福さん。
全員が私と違ってアイドルとして活躍している。
そんな皆さんを見て私は名前を言う。
「天音咲空です。本日はよろしくお願いいたします」
そのまま頭を下げる。
顔を上げたところで、リーダーである信さんと目が合う。
信さんは机に置いていた音楽プレーヤーのリモコンを操作する。
「それじゃかけますね」
そう言った後に、音楽が流れだす。
私はすぐに踊っていた。
歌を歌った。
届ける相手は決まっている。
ここにいるわけもない、花澄さんに届くように…
アイドルがわがままで勝手をしていいっていうのなら、今日のダンスも歌も、聞いてほしいのは花澄さんだ。
楽しませたい、笑顔にしたいと考える相手も花澄さんだ。
だって、そもそも私がこうやってここに立とうって思えたのは花澄さんのおかげだから!
「♪♪」
前から、後ろから…
花澄さんが見ていてくれるのを想像する。
少しでも花澄さんが喜んでくれるのなら…
それがいい。
届けたい相手がいる。
それだけで、私はこれだけの動きができることに自分で驚きながらも、最後まで踊り終えた。
最後に思い出すのも、花澄さんのこと。
私は自然に笑顔になっていることに気づいていないままお辞儀をする。
「ありがとうございました」
そう言葉にして、私のオーディションは終わった。
※
最後だった彼女が部屋を出て行って、私は…
私たちは驚いていた。
理由は簡単なことだった。
先ほどのオーディション最後に入ってきた彼女、天音咲空のパフォーマンスが、今日見た誰よりもよかったからだった。
「なあ、リーダーはこれを見せたくて最後にしたのか?」
「ち、違うわよ。私だってさすがに驚てるんだから…」
「そうなの?うちが見ても、すごくよかったよ」
「はい。感情がこもってましたねー」
メンバーである、三人もそれぞれよかったとほめている。
だからこそ、リーダーである信は疑問にかられる。
だって、ほんの数週間前にレッスンを覗いたときに、彼女に感じたのは、うまくいかないせいなのか、自分に対する自信のなさと、そのせいなのかどこか自分自身を諦めていると感じるものだった。
だというのに、たった数週間で、彼女のパフォーマンスには自信とさらには、アイドルとして誰かに見せたいことを表現している想いが伝わってきた。
「こんなに成長している子がいるなんて、私でもわからないじゃない」
「リーダーでもわからないなんてことあるんだな」
「そうね。でも、これでよかったでしょ?」
「ああ、あたいはさらに踊りたくなった」
「うちも踊りたい」
「お、やるか?」
「甘いものはいいんですか?」
「いいの、踊ってからのお楽しみで」
「だったら、愛もお付き合いしますね」
そして、その思いに感化された望たちメンバーは今にも踊りに行きたくなったみたいだ。
気持ちはわからなくはない。
信はそう思いながらも、手を叩く。
「踊りたくなる気持ちはわかったけど、それは結果を発表してからね」
「そうか、そんなことをやらないといけないのか…」
「面倒くさい」
「こら、そういうことを言わないで、それくらいはちゃんとしてくれないと」
なんとかメンバーのみんなをなだめることができたけれど、私だって気持ちは同じだった。
それでも、私たちはアイドルとして先輩。
そんな先輩のことを尊敬して、慕ってくれる子たちが今回のオーディションを受けてくれているということを知っているからこそ、ここはちゃんと発表しないといけない。
後輩たちが待っている部屋に、私たちは顔を出した。
全員が緊張の面持ちで座っている。
普通であればそのはずなのに、最後に踊りを見せてくれた天音桜さんだけは笑顔だった。
その顔はやりきったことで出たものなのか、まだ踊ったときの高揚感が抜けきってなかったのか、私にもわからなかったけれど、強い輝きをどこかもっているのだということを思う。
それを見て、さらに私は心に決める。
「今回のオーディションの合格者ですが、天音咲空さんに決定いたしました」
私の発表とともに、彼女たちはざわざわとし始める。
驚いているのだろう。
私だって同じだった。
今日のオーディションがなければ、私だってこの子にしようとは思っていなかったのだから…
ざわつく室内に響くようにして私は手を叩く。
「はいはい。これで今回のオーディションは終わりです」
その言葉とともに、私たちは部屋から出ていく。
私たち専用のレッスンルームを目指す。
踊りたくなる衝動を抑えられなくなるのを感じて…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます