第10話 始まりのオーディション 2

動けていない私のことを心配してのことだというのは、わかった。

だから、ゆっくりと引っ張られるようにして、人が少ない場所に二人で立つ。


「どうしたの?って聞いてよかった?」

「いいんですが、花澄さんはどうしてここに?」

「ちょっと、用事があってね」


そう言って笑う花澄さんの姿を見て、私は気づかないうちに、思わず目からぽろぽろと涙があふれてしまった。

それを見た花澄さんは、かなり慌てながらも拭くための


「だ、大丈夫?」

「大丈夫です。少し緊張してしまっただけです」

「そうなんだ?」

「はい…」


ですので、帰ってもらって、大丈夫です。

今から、私が頑張ってオーディションを突破しますから…

だから、楽しみに待っていてください。

そう言葉にしたいのに、なかなか花澄さんに向かってその言葉を言えない。

どうしてなのか、理由はわかっていた。

花澄さんと会うことで安心してしまったからだった。

だから、思っているはずなのに、その言葉は口から出ない。

それでも、花澄さんは私の手をゆっくりとなでてくれる。


「大丈夫だよ」

「花澄さん…」

「天音が、ここ数日頑張っていたのを知っているから」

「はい」


確かに、ここ数日はいつもにまして、頑張ってきたつもりだった。

でも、それは、これまでうまくいっていなかった分を取り戻すように行っただけで、実際はようやく自分のなりたかったアイドルのスタートラインに立てただけだと思っていたのに、花澄さんにそんなことを言われてしまえば、私の体はその場で動かない。

どうすればいいのかわからなくなっていたときだった。

ぐいっと手を握っていた逆の手で顔をあげられる。


「えっと…」

「天音?」

「は、はい」

「さっき言ったこと覚えてる?」

「それは、その…頑張っていたことということですか?」

「そうだよ。だから、そんな顔をしないの!」

「ですが、自信がないのです」

「自信がないっていうのは、私だって同じだよ?」

「え?あれだけ、ダンスが上手いのにですか?」

「そりゃね…確かに多少はうまいのかもしれないけど、それと自信がないのは、関係ないと思わない?」

「ですが、あれだけ上手ですし、それに…動きだけで長くやってきたことだってわかるのですよ。そんな花澄さんが自信ないのであれば、私なんかが…」


そう言って、再度顔を下げようとしたときに、視線の先に花澄さんの顔が映る。

かなり真剣な表情だった。

私は言うはずだった続きを言えなくなる。

それは、花澄さんの目を見てしまったからだった。

何かを訴えかけている。

その内容は、先ほどの会話からもわかってはいた。

ダンスがうまくいくという自信がない。

それは、花澄さんも同じだということ。

どれだけ練習でうまくいっていたとしても、それが本番でできるのかといわれればわからないから…

考えてみれば、当たり前のことで、私はわかっていなかった。

それなのに、先ほど、私は言いかけていた。

できる花澄さんが自信ないのであれば、私なんかと…

ただ、花澄さんの真剣な顔を見て思い出す。

私なんかというのが、ダメだということを…

確かにうまくできるかわからない。

でも、そこから逃げようとしている時点で、花澄さんと出会ったときの私と同じになってしまう。

本当にそれでいいのだろうか?

ここまで私を信じてくれている人が目の前にいるというのに…

ダメだ。

私は、花澄さんの目をしっかりと見る。


「決まった?」

「はい」

「それなら、よかった。それじゃ、天音に私からアイドルの極意を教えようかな」

「なんでしょうか?」

「それはね…」


あれから、花澄さんと別れた私はオーディションが開催される場所の待機場である部屋に来ていた。

花澄さんと会っていたのもあって、緊張をしすぎたということもあって、今は落ち着いていた。

そんなときに頭に浮かんだのは、花澄さんの笑顔だった。

そして、先ほどの真剣な表情もすぐに浮かぶ。

そのときに言われた言葉も…


「アイドルなら、今日楽しませたい相手が、笑顔にさせたい相手がいればいいって…」


そこからは体が動くのが速かったのはいうまでもなかった。

気づけば時間はかなり立っている。

オーディションの順番は最後…

私はやるって決めた。

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