第9話 始まりのオーディション 1
「はあ、はあ…私は絶対にアイドルを諦めたくない。教えてくれた、花澄さんのためにも…」
家に帰っても、私は一時間ほど、反復練習を行った。
だって、へたくそな私には、それくらいしかできないことがわかっているから…
明日のためにも早く寝ないといけない。
それはわかっているはずなのに、体は緊張感からかあまり眠くならない。
「いつもなら不安で眠れなくて、それを振り払うためにダンスの練習をしているはずなのに…本当に不思議な感じ」
ぎゅっと手を胸の前で握りしめる。
そして、花澄さんのことを考えるだけで、私はやる気が満ちていた。
迷惑をかけているはずの相手なのに、私よりも真剣にダンスに向き合ってくれて、私がどれだけダメなのかを確認するいい機会になってしまった。
歌さえ歌っていれば、多少ダンスが悪くてもアイドルとしてやっていける。
ダンスがうまくいっていなかったときにレッスンの先生に言われていたし、気づけばそんなことばかりを考えたりもした。
でも、それが自分が目指すべきものではなかったし、そうやって考えていたことが甘いことだって、今ならよくわかる。
きっかけがあれば変わることができるということがわかってしまったから…
「迷惑を…ううん、迷惑をかけたんじゃない。そう思うからダメ」
一通りダンスを終えた私は、思い出していた。
去り際に、花澄さんが言っていたこと。
彼女は言った。
「迷惑って考えたらダメなんだって、一緒にやったことはただ、花澄さんが勝手にしたこと…」
だから感謝なんていらない。
彼女はそう言っていたけれど、絶対に違う。
私が感謝するのだって、勝手なのだから…
「私だって、勝手に教えてくれてありがとうって、感謝する。だって、勝手にする。それがアイドルの一歩だって…」
アイドル。
花澄さんのアイドル像を聞いて、私は昔に誰かが言っていたことを思い出すことができた。
アイドルは、どこか自分勝手の集大成だって…
誰かを笑顔にしたくて、誰かを幸せにしたくて、それが自分のダンスで、歌で、笑顔でそれができるのがアイドルだって…
アイドルはわがまま。
ステージの上じゃそうじゃないといけない。
お客さんを幸せにするために、わがままにならないといけない。
そんな言葉を…
「私にそんなすごいことができるなんて、思ってない。でも、それを少しでも伝えられるように私はしたい…うん、やっぱりもう一回」
私はその後も何度かダンスを練習して、高揚感と充実した疲れを体に持ちながら、眠りについた。
寝ている間でも、体が覚えてくれますようにと少しの願いをもちながら…
疲れていても、朝はいつものようにやってくる。
さすがにダンスを練習しすぎたせいで、体がほんの少し筋肉痛だったけれど、それが逆によかったと思ってしまう。
それは、頑張ったという証拠が私の体を動かしてくれると信じているから…
「よし、行こう」
昨日と違って、今日は一人。
花澄さんに、私のステージを見せるためにも、頑張らないといけない。
家を出て、事務所に向かって歩きだす。
いつものように電車に乗って降りたときだった。
「あら、天音さんじゃない」
「高南さん」
出会ったのは、高南さんだった。
出会うと思っていなかった人の登場に戸惑っていると、高南さんは私を全身見ると、どこか楽しそうに言う。
「レッスン?それとも、事務所に呼び出されたとか?」
「それは、高南さんには関係ないことでしょ?」
「ええ、関係ないことよ。でも、事務所に呼び出されて、早めの解雇通知をもらったのなら、いいなって思って」
「そんなこと…」
「言ったらダメって?でも、こっちだって必死にアイドルをやっているんだから、適当にやっている人には、さっさとやめてほしいだけ、違う?」
それは違わない。
高南さんの言うことは間違っていない。
これまでちゃんと、アイドルと向き合っていなかったのは、私のほうだったから…
何も言えなくなった私に、彼女は畳みかけるように言う。
「何をしに来たのかは、知らないけど。やるなら、全力でやりなさい」
「…」
「じゃないと、本当に…」
彼女はそこまで言ってから、口を閉ざすと頭を手にやるとため息をついた。
「まあ、それじゃ」
そして、彼女はそれだけを言って去っていく。
私は少しの間、そこから動けなかった。
考えることは、失敗のことばかりだった。
うまくいかなかったら、そのことを考えてしまうようになる。
事務所に行かないといけないはずなのに、体は硬直してしまったかのように、動いてくれない。
足が重い。
それは、レッスンで怒られて、行きたくないと思ったときよりも重かった。
「どうして?」
わけがわからなかった。
高南さんに言われたから?
でも、それは私に全部当てはまっていることで、昨日までの練習で忘れるくらいにはダンスをしたはずなのに、体はうまく動かない。
タイミングよく、気持ち悪くなる。
「ここで動けなくて、気持ち悪くなったって言ったら…」
逃げ出す言い訳を考えていたときに、手に感触があった。
私は、思わず顔を上げる。
そこで見たのは、笑顔の花澄さんだった。
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