第8話 始まりの特訓 4
「頑張ったね」
「はい、ありがとうございます」
「それは、オーディションに受かってから聞きたい言葉かな」
「そうですよね」
私たちは、食事を終えた後に、デパートから離れて公園で練習をした。
本気で踊るというよりも、時間をかけながら一つ一つの動きを意識しながらも、リズムもとる。
それを、目を閉じて踊る。
目を閉じることで、それまでよりも自分の動きがちゃんと体に覚えているのかがわかるというものだった。
「でも、踊る曲が、シノの曲だとは思わなかったな」
「そうなんですか?」
「うん、同じ事務所なのは知ってるけど、二人で歌ってる曲だったからね」
「確かにそうですね。でも、二人組も多いですし、活躍しているシノさんの曲を使うことで、少しは急に出てきた新人アイドルを見て、誰?ってなるのを抑えることができるかもしれませんよ」
「そうなんだけど、自分の曲じゃないってならないの?」
「それは、私がアイドルとして、ちゃんとデビューして、ちゃんとできるようになってからのことですから…私なんかシズさんとノエさんと違って、まだアイドルとは言えませんから」
「確かに、まだデビューもしてないもんね」
「はい。本当にデビューしたときに、それはできることだと思っていますから…」
「そうだよね」
そこまで話した私たちは、ある程度ダンスの練習も終わり、帰り支度をする。
少し流した汗をタオルで拭く。
練習を終えた天音の体は、ダンスの余韻が残っているのか、どこかリズムをとっている。
「楽しい?」
私が声をかけると、天音はびくっとして、動きを止める。
そして、襲る襲る私に言う。
「えっと、はい」
「いいことだね」
だけど、私はそれが悪いことだと全く思っていなかったから、笑顔でそう答えた。
天音はどこかホッとしたような顔をする。
「あの、花澄さんは、アイドルはどういうものだと思いますか?」
「えっと、どういう意味?」
「その、アイドル像って言えばいいんでしょうか…」
「アイドル像かあ…」
そう言われて、私が思い描くのは誰という明確なイメージはなかった。
それはなんでなのか?
何度か考えたところで、私はイメージがない理由というのをなんとなくわかっていた。
それは、私が思い描くアイドルが理想であり、傲慢だから…
「私が思い描くアイドルはね…どこでも笑顔で、何度でも立ち上がって、それでも輝いている人かな」
「どういう意味なんでしょうか?」
「うーん、私にも正直わからないんだよね」
「そうなんですか?」
「そんなアイドルがいたらなって、私が思うんだけど、そんな挫折もあって成功もあってなんて、うまくいく人ばかりじゃないことはわかってるから」
そう、アイドルになるのがどれだけ厳しいことなのか、私はわかっているつもりだ。
それが、アイドルにすらなったことがない私の自己満足だとしても…
私の考えを聞いた天音は、少し考えたところで明るく言った。
「だったら、花澄さんが…ううん、私がそんなアイドルになってみせますね」
その笑顔は可愛くて、言葉は胸を打つように響いた。
だから、私は自然と顔が笑顔になってしまう。
「だったら、明日のオーディションには受かってもらわないとね」
「はい!頑張ります、今日はお礼をするためだったのに迷惑もかけて、すみませんでした」
「いいのいいの、これは私が勝手にやったことなんだから」
「でも…」
「それに、そういうことを言うんだったら、余計に受かってからにしてもらわないとね」
「はい!」
力強くうなずく天音を見て、私は思わず拳を握りしめていた。
お互いに家路について、私は荷物を置くと、早々に部屋で踊った。
アイドル。
私がなりたいと思ってもなれないもの…
それがアイドル…
でも、それでいいの?
私はそれで満足なの?
自分自信に自問自答をする。
それでも、そんなダンスが長く続くわけじゃない。
すぐに限界がくると、私はベッドに倒れるようにして寝ころんだ。
「はあ、はあ…」
荒い息が口から出る。
思い通りに動かない体は、本当にすぐに疲れるだけだった。
「私が、私が目指すアイドルに…なんて、なれるわけないってわかってるのに、バカみたい」
一人で呟いたその言葉は、誰に聞こえることもなく部屋に響くこともなく、ただ消えていく。
まるで、私が思い描いたアイドル像のように…
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