第7話 始まりの特訓 3
「えっと、これは?」
「はい、先生に褒められたので、お礼にと思いまして」
「嬉しいことは嬉しいんだけど、さすがに恥ずかしいよ」
「そうでしょうか?」
「うん」
そんな会話をしながらも、私たちはデパートに来ていた。
なんでデパートにというのは、あれから会ったのは二日後の休日になったからというのもある。
学校では、芸能科と普通進学科ということもあって、私たちが学校で会うことはほとんどない。
あるとしても、初日のように私が適当な場所でダンスをしているか、天音の方から、会いに来てくれるくらいしか方法はない。
そして、練習をした次の日からは、事務所でのレッスンだった天音とは放課後も会えることもなく、今日会えるというのも少し久しぶりになってしまった。
一応のところ、毎日のように連絡は互いにというべきか、天音からこういう感じでしたと毎日のようにレッスンのことを連絡してくれていたので、その間にも少しは仲良くはなったと思っている。
そんな天音だったので、やはりアイドルの卵だからか、普通にはなかなか会える存在ではないということを、改めて認識したというのに、天音は週末になったタイミングで連絡をくれて、レッスンを褒められたお礼をしたいということだった。
「だからって、デパートじゃなくても」
「どうしてでしょうか?」
「あんまり人に注目を受けたりするのは苦手なの」
「そうなんですね」
「当たり前だよ。私は、アイドルじゃないんだからね」
「でも、花澄さん一人でも注目は受けたと思いますよ」
「それは絶対にないからね」
私はあり得ないことだと手を顔の前で振る。
天音はアイドルになるだけあって、スタイルがいいのに対して、私は完全に身長も足りていない。
一人で歩けば、君何歳?大丈夫?と声をかけられるような存在だと思っている。
身長が平均よりも小さいからなのか、それとも顔が幼く見えるからか、高校生になったというのに、今ですらほんの少し下の年齢に見られてしまう。
あ、でもそういう意味では注目を浴びると考えるべきなのだろうか?
うーん…
そんな風にして、一人で考え事をしていた私は気づけば、引っ張られるまま天音に連れていかれる。
「まずはご飯でもどうでしょうか?」
「いいけど、ぐいぐいだね」
「はい。いいことがあればこれくらいするのは普通ですから」
天音はそう言いながらも、私もろとも店内に入り、注文を済ませてくれる。
かなりスマートなやり取りに、アイドルというか、むしろ完全に接待が完璧な人?
そんなことを思わせてくれる流れだった。
お店はさすがにファミレスだったけれど、これはいろいろな人にモテそうだなと関係のないことを考えてしまうくらいには完璧な対応だった。
天音は料理が来るまでに、携帯の画面を見せてくれた。
「これは?」
「はい。私が出演するステージのことです」
「え?もう決まっているの?」
「そうですね。見に来てほしくて」
「いいよ」
「よかった」
天音は嬉しそうに言う。
書かれていたのは、一週間後のもの。
ということは…
「え?来週なの?」
「はい」
「さすがに早くないかな?」
「いえ、そんなことはありませんよ。私のこれまでのことを考えれば、待っていてくれた方だと思っています」
「そうかな?」
「はい。私のことを少しお話しはさせてもらいましたよね」
「うん、聞いたよ」
そう、連絡先を交換してから、私はレッスンのことだけでなく天音自身のことをいくつか聞いていた。
所属している事務所のことも含めて。
そこで聞いた内容でいくと、このままだと天音は事務所を出ていくことになってしまう。
そんなことを教えても大丈夫なのかと言われてしまえば、確かにそうなのだけれど、実はネットなどで検索すれば出てくる内容でもあった。
半年の間に活動がないものは、引退するというものだった。
それは仕事を取ってこれなくなったらということもあるが、事務所として仕事を取れるような存在になれなかったらというのもあるらしい。
アイドルを目指している天音は当たり前のように、可愛い。
それでも、最低でもある程度の歌って踊れるようになっていなければならない。
というのに、天音はこれまでダンスが壊滅的だった。
何がダメなのかをちゃんと理解できていなかっただけだったので、今は多少は大丈夫なのだろうけれど、それでも後一週間となればさすがに時間がないというのはわかっていた。
だから、私はつい考えてしまう。
「歌だけを歌うってことじゃダメなんだよね」
「はい。それは私が目指したアイドルじゃないので」
「そっか」
そう、天音がなりたいアイドルというのも、私は聞いた。
歌って踊れるアイドル。
それが天音のなりたいアイドルというものだった。
キラキラとステージで輝くアイドルになりたいというのは、私もわかる。
女の子が一度は憧れるものだと思っているものだから。
いつだってそう、キラキラと輝いている女性になりたいと思ってしまうのは仕方ない。
輝いている自分が、アイドルなのか、女優なのか、歌手だったりするのかという違いはあるのかもしれないけれど、一度は輝けるはずだと私だって思ってしまうからだ。
その中でも天音が輝きたい場所は、アイドルだったから余計に次のステージでの成功を諦めたくないということだろう。
でも、このまま普通にステージを行えればいいだけだと私は思っている。
ステージが決定しているのであれば、そこまで練習さえちゃんとすれば、多くの曲を踊るはずはないのだから…
そんなことを考えているうちに食事が到着して、お互いに食べ始めた。
食べている間は少し無言になりながらも、ご飯を食べ進めていたときだった、天音がお箸をおくと口を開く。
私は、天音が言った言葉に驚くことになる。
「オーディションがありまして、それに合格しないといけないんです」
「オーディション?」
「はい」
「それはいつから?」
「明日です」
「え?」
天音の言葉にさらに衝撃を受ける。
だって、明日オーディションだというのに、天音はのんきに私とご飯を食べているのだから…
食事がのどに詰まりそうになるくらいの驚きだった。
だから、聞き返さずにはいられなかった。
「えっと、本当なの?」
「はい、本当です」
「だったら練習をしないと!」
「わかっているんです。でも…」
慌てていった私の言葉に、天音はぐっとどこか力を込める。
先ほどまでは普通だと思っていた彼女の手は、震えている。
「でも、オーディションって、そんな急にあるものなの?」
「それは…」
そう、普通に考えて、オーディションというものは最低でももっと前に行われるものだ。
告知から、その他の設備についてもかなり時間を使うものだと思っている。
ただ、私は先ほど見せてもらった携帯に書かれていた内容をちゃんと見てはいなかった。
再度そこに書かれていた内容をよく確認すると、出演の欄に書かれていたのはクローバーという文字だった。
「どういうこと?」
「明日行われるのは、クローバーさんたちの前座を決めるものなんです」
「そういうことね…」
確かに、私もクローバーがイベントをやるというのはサイトを毎日確認しているからこそ知っていたけど、それの前座があるとは思わなかった。
でも、よくよく考えると、人気アイドルの前座として、新人のアイドルが歌ったり踊ったりするのはあり得ることなのかもしれない。
「それじゃ、そのオーディションが明日あるってことなんだ」
「はい。事務所で行われます」
「何組くらいでるのか、教えてもらっても大丈夫?」
「はい。私は一人ですけど、あとは二人のユニットが二組と、私と同じように一人なのが一組の四組になります」
「それは…」
「はい。私以外はライブハウスなどのステージを立ったことがある方ばかりです」
「そうなんだ」
「はい…」
天音は不安なのだろう。
だからって、私といることで落ち着こうとしているのか、現実逃避をしようとしているのかはわからないけれど、それを私はどこか許せない。
「ねえ、天音」
「はい」
「これ食べ終わったら、付き合って」
「でも、これは…」
「お礼に何かを買ってくれるって?」
「はい…」
「だったら、天音がもっとアイドルとして有名になってよ」
「!」
「それができないのなら、私と天音はここまでだよ」
「…」
「どうするの?」
私は天音の目を見て言う。
天音はその視線をそらすこともなく受け止めた。
「私はアイドルとして、花澄さんに会いたいです」
「だったら、ご飯食べたら、練習だよ」
私はそう言って、お互いに食事をささっと食べ終えるのだった。
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