第6話 特訓の始まり 2
「だいぶいい感じになったね」
「はい、ありがとうございます」
「そんなに感謝されても、少しよくなったくらいだよ」
「それでも、これまでの進歩が見られなかったよりは、よかったですから」
「確かに、そうかもだけど」
あれから、二時間ほど踊り、天音の踊りはよくなった。
もともと歌がうまいと言っていたことと、少しリズムがずれることだけが欠点で、練習を繰り返すことで何かきっかけをつかむことができれば自分でなんとかできていたのかもしれない。
だけど、自信を失っていたせいで、それもうまくいかなくなってしまっていたのが、天音のこれまでのことだったのだろう。
それを私が後ろから支える形で、踊ることで自信をつけることで、多少の失敗でも踊ることを続けさせた。
少しの失敗も次の動きで取り戻せばダンスとして成立できるのだから…
そして、練習することでその失敗もなくなっていくという、考えをもってやっていたけれど、どうやらその考えは当たったで、失敗も少なくなっていた。
それを確認しながらも、その日の練習は終えたのだった。
「結構よくなったよね」
「はい。左右の動きが同じようになるだけで、こんなによくなるとは思いませんでした」
「そうだね。リズムとかって、どうしても少しのことで狂ったりするからね。左右の歩幅をそろえるだけで、こんなに改善するとはおもわなかったけど」
「それは、教え方がよかったからです」
「あ、ありがとう」
「ふふ、ありがとうは私のセリフですよ」
「そっか…」
素直にそう言われて、私は照れながらもそう答える。
私だって、天音に教えてよかったとも思った。
これだけ、楽しくやれることがわかったのだから、余計に…
ただ、こんなに照れているということを知られなくて、私は歩きながら話題を逸らすように言う。
「疲れたね」
「そうですね。少し無心になってやりすぎたかもしれません」
「ダンスもできるようになると本当に楽しいでしょ?」
「はい!」
嬉しそうに天音はそういう。
よほど、うまくいき始めたことが嬉しかったのか、天音の足取りは軽く、少しスキップしているようにも見える。
私たちは、練習を終えてシャワーを浴びてから、帰路についていた。
だから、そんな嬉しそうな足取りの天音から、同じもので洗ったのかと疑問に思えるほどのいい香りがしている。
ここで思うことは一つだった。
好きなアイドルが同じ匂いだとテンションあがるっていうの、こういうことなんだね。
そんなファンが抱くようなことを考えながらも歩いていたときだった。
「あ、これって」
「!」
私はあるポスターを見つける。
小さなものではあるけど、そこには最近売り出し中のアイドルと書かれている。
私もある程度調べているので、誰なのかは知っている。
梅ちゃんと書かれた女性のものだった。
古風な名前からは想像できないほどの、ポップで、これこそがアイドルって感じの曲を歌っている子。
そんな梅ちゃんは同じ学校の芸能化にいるらしくて、お友達になれるのならなりたいと思っちゃう相手だった。
ただ、そんな私の反応と違って、天音はどこかばつが悪そうな表情を浮かべていた。
「どうかしたの?」
「ええっと、それは…」
口ごもる天音に、何かあるんだろうなということがなんとなくわかる。
そりゃ、同じアイドルだもんね。
いろいろあって当たり前だよね。
違う事務所から出ている梅ちゃんのことを意識するというのも理解できる。
同じ学校だと余計に…
このままここにいても、いろいろ想像してしまってダメだと思った私は、天音の手を握ってここを離れようとしたときだった。
「こんなところで、何をしてんの?」
「梅…」
声をかけてきたのは、梅ちゃんだった。
私と天音の二人を交互に見て、どこか納得したように言う。
「ふーん、もうアイドルでいること諦めたんだ?」
「それは…」
「あの事務所にいられるのは、あと一か月くらいじゃないの?」
「…」
「どうでもいいけど、あきらめたのなら、さっさとアイドルやめなさいよね」
梅ちゃんは、それだけを言うと、ここから去っていく。
動けなくなっていた私たちは、少しの時間その場で立ち止まって、何も言えなかった。
天音の手は、少し震えていて、私はそれを握るくらいのことしかできなかった。
「ごめんなさい」
歩き出してすぐに天音は私に謝る。
でも、私は謝られる理由なんかない。
「なんで謝るの?」
「教えてもらっている私が、こんな感じなんて、嫌ですよね」
「そんなこと、私は気にしてないんだけど」
「でも…」
「でも?なんなの?それでアイドルを天音は諦めるの?」
「いいえ」
天音は力強く首を横に振る。
そうそう、やりたいことをやるっていうのは大切なことなんだから…
「今のままで特訓したら、うまくできるようになるよ」
「そうでしょうか?」
「もちろん。私が言うんだから、いけるよ」
「はい、頑張ります。ですので、連絡先を聞いてもいいですか?」
「どうして?」
「えっと、明日からはまたレッスンが始まるので、アドバイスとかをしていただきたくて」
「素人の私ができるアドバイスなんて、そんなにないと思うけどね」
「それでも、私が少しでもよくなったのは、えっと…」
「そういえば、ちゃんと名前言ってなかったっけ」
「すみません、聞いてもいなくて…」
「大丈夫だよ。私だって言ってなかったしね。
「花澄さん…」
「さんって、私は別にそんな堅苦しい呼び方されたくないんだけど」
「ですが、私が教わる側ですし、これは…」
「譲れないって?」
「はい…」
「だったら、天音がちゃんとアイドルとして、ステージに立てたら、呼び捨てにしてね」
「はい」
そう、嬉しそうに言う天音と連絡先を交換すると私たちは今度こそ、家に帰るのだった。
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