チョコレートを贈ったら
明鏡止水
第1話
「わたしらなんだかんだでさあ、幼馴染なのかなー?」
沙羅が通学路で疑問を投げかける。
「ちがくね? だって小学校オレ転校して一回離れたじゃん」
大和が答える。
「でもさあ、幼稚園は一緒だったじゃない?」
イタズラっぽく言う沙羅。
「幼馴染の定義がわからん! 名探偵コナンの新一と蘭姉ちゃんの関係だったら分かりやすいケド!」
「なんでアニメ。てか姉ちゃん呼びなの?」
「新一は新一じゃん」
で、蘭姉ちゃんは蘭姉ちゃん。
よくわからない大和主張だった。
「小さい頃に一緒に過ごしてれば、幼馴染かと思ったんだけどなあ……」
沙羅がぽけー、っとした声で言う。
「いや、やっぱ、一度離れちゃうとダメじゃね?」
「ふーん?」
と、二人一緒に、家に着いた。
「「ただいまー」」
いま、ふたりはお隣さん同士である……。
高校に入って二年目。
二月十四日。バレンタインデー。
「はじめて義理チョコ作ったから、食べてよ」
「ハートじゃん」
沙羅から大和へハート型のチョコレートが贈られた。
「……だって、他の型は、煮物のにんじんをさくら? 梅の形にする渋いのしかなかったんだもん。あとクッキーの葉っぱ型とか地味なの……」
中身が透けて見えるラッピングのそれを大和は両手で受け取った。
「ぷっ」
沙羅は吹き出す。
「賞状みたい」
賞状授与。
沙羅はおかしくて笑ってしまう。
「これ、賞味期限いつまで?」
「へ?」
神経質なタイプだったっけ。
「生クリームとか混ぜてない板チョコから溶かしたから、来年まではもつと思うよ」
「わかった」
なにが?
一カ月たって、ホワイトデーが来た。
絶対! お返しくれるよね! 大和、律儀だし。
お菓子がいいなあー。ホワイトデーだからクッキーかマシュマロかな? 市販のでいいから欲しい〜。登校中に食べたい……。
三月十四日。ホワイトデー。
朝、お互いの家で向き合う。
大和がコートのポケットから沙羅が渡したチョコレートを出した。
「まだ食べてなかったの?!」
「これは、食べられない……」
なんで?!
「義理だし変なの入ってないって! なんだったら半分私が食べるよ!」
すると大和が泣きそうな顔で言う。
「オレ、高校辞めて働くんだ。チョコは餞別に、貰ってくな」
「は?! なに?!」
「これ、読んで。じゃ、オレ今日学校行かないから。行ってらっしゃい」
そう言うと、背を向けて自宅の玄関ドアへと向かっていく。
後には、封筒、晴れた日の三月の風。封筒が飛ばされないように指に力を入れて、学校に行った。
学校から帰ってきて、封筒を開けると紙が一枚入っていて、真ん中あたりに
〈夜逃げする〉
とガタガタの角張ったバランスの悪い字で書いてあった。
2階から1階におりて、隣の家を訪ねようとすると両親が悲痛な面持ちで。
「もう行っちゃったの。また宗教の親戚の人が連れ戻しに来そうなんだって」
「なんでっ」
どうして大和の人生だけ滅茶苦茶にされるの?
やがて、寒い時期が過ぎて五月になった。
五月五日。こどもの日。
なにかの行事のたびに、私は待っている。
初めてハートのチョコレートを贈った相手のことを。
「もう、食べてくれたかな」
大和は宗教を勧める親戚の電話攻撃や通学路の待ち伏せで電話嫌いの人嫌いのところがあるから、スマホを持っていない。
待っててくれたら、連絡したのに。
「柏餅食べたい」
スマホとお財布を平たいバッグに入れて、歩きスマホでスーパーに向かう。
人と一度だけすれ違った。
「チョコ、おいしかったよ……」
……? ……!
振り返った先に男の人がいた。男の人もこっちも見ている。
怖くなってスーパーへ急いだ。柏餅だけ買って、走ってすぐに自宅に帰る。
まだ明るかった。家のポストの中身を確認すると細長いお菓子の箱がぎっちり入っていた。
手紙も入っていた。
お菓子は、五色のマカロンだった。
手紙には。
〈さようなら。もう会えないかも知れないけど、ハッピーホワイトデー。遅いか〉
その後にメールのアドレスと名前が書いてあった。
しゃく、っとしたマカロンの表面の質感を。指で突っつきながら感じて、呟く。
「世の中の、馬鹿野郎……」
私たちはチョコレートや贈り物をし合っても、まだまだ子供なんだ。
このマカロンが本当に大和からなのか、確かめなくちゃ。
必ず、また、一緒に歩く。
何はともかく、
「私たち、長いつきあいじゃん」
チョコレートを贈ったら 明鏡止水 @miuraharuma30
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