第2話

「なるほど…リンデリング付近の王族から遠ざけるためにねぇ…」

「ええ、スペンディと裏で密かに繋がっていた王族の何人かが

怪しみ始めていたのは知っていたけど、私はリスクの高い判断に

賭けることはないわ」


改めてコイツ絶対5歳児じゃないだろと思う。


俺はマリアの出した提案を受け入れ、彼女が女王として土地を治めている

ラクレシア王国の中心から西にあるカタス領に向かっていた。


リンデリング城で俺を気絶させた後、転移魔術式で俺をここまで運んできたという。

ここまでの距離は約30キロメートル。ほぼ隣国のような扱いだが、

来るまでには厄介なガンネットという知能を持つモンスターが頻繁に現れるため

多くの冒険者は海を渡り、遠回りしてからラクレシア王国に着く。


(転移魔法が一般家庭の魔導書に載ってたのは…ラクレシア間のガンネット

に遭遇しないためか…にしてもどんだけ強いんだよガンネット)


「どうしたのかしら?カルム。もしかして服がお気に召さなかったかしら?」

「いや、そういうわけでは無くて…」

俺は今カタス領に向かっていると言ったが、もちろん、ラクレシアの王城に

寄ってからである。婚約関連の契約書を全て書ききった後、続けざまに

約3ヶ月後に入学する発展国であり、そして国全てが学園である、レノア学園王国に

入学する契約書に目を通して書いては、書く。

それで終わってくれれば良かったものの、今度はいきなり

「入学、及び入国の一週間前にはクラス分けのための魔術、魔法を使った

戦闘試験が行われるから、そのときに私と同じ〝ラクレシア代表〟として

貴方の両親には申し訳ないけれど一旦王城での生活のためにこの誓約書にも_」


と、次に出てきたのは前世、小学校の頃使っていた英和辞典と同じくらいの厚さの

契約書を渡され、書類関連の作業が終わったのが20分前。

お昼時を過ぎてしまい、城の使用人が用意したサンドイッチにも手をつけれぬまま

数日間牢屋で過ごしていたために汚れていた服は、サイズが合うものが城の

執事が着ているものしか無かったため、今は艶のある黒い執事服を身にまとった

状態で馬車に揺られていた。


_正直これは予想外だった。この世界に魔法以外の異能力、元いた世界では

そもそも無かった人の妄想上のものが2つに分かれているなんて。


「…少し聞いてもいいかな」

「それって魔術のこと?」

「それもあるけど、俺が聞きたいのはそっちじゃない。

マリアは何で俺を手元に置いておく必要があるんだ?」

「あぁ…カルムは魔術の条件について興味があるのね」


魔術の種類や能力は詳しくは分からないが、魔法には蘇生魔法や操作魔法

の対象が死んでいても効果を発揮できるものが多い。

先程のマリアの口ぶりからは、おそらく魔術のほうがその能力の扱いに

長けている筈である。


では、なぜ俺を生かし、わざわざ仮の婚約の契約をさせたのか



そんな俺の考えに興味を全く示さないような態度で、マリアは答えた。


「そうね、私は貴方に運命を感じた。それ以上の理由は無いわ」


……はぐらかされている。

そう思いたかったが、〝生命感知〟に動揺や焦りの反応は見られない。


運命を信じている_そこを切り取ればまだ5才児なのだと可愛く思えるのだろうか


いや、運命は流石にマセすぎている。やっぱり可愛くないかも。


「話が逸れてたわね、条件は既に書き換えが終了したところよ

発動条件は〝マリアはカルムに愛を囁かれる〟にしておいたわ」

「ちょっと待とう、話を整理する以前に飛びすぎだろ、その条件」

この子供…今なんて言った?俺も今は子供だけど中身はバリバリの

高校生だぞ?ただでさえ犯罪スレスレみたいなところはあるが、これは

条件の書き換えが失敗した的なパターンじゃないのか?


「〝愛を囁く〟その行為はとても簡単。カルムは私の耳元で〈愛している〉

この言葉を言うだけで良いのよ」

「今すぐ書き換えとかは____」

「…あら、今なら一家まとめて地獄行きも検討できるわよ、リーシア家みたいにね」


そこで会話は途切れ、俺は馬車の隅で小さくなりながら、風呂に入れていなかったせいでフケが見え始めた髪の毛をいじくることにした。

やっぱり、王族は恐ろしいという認識は当分離れそうにない。


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カタス領_領主邸にて

「はぁ…カルムは無事かしら…」

「そう気に病んでたら長く保たないぞシディス。リンデリング城の崩壊が

スペンディ暗殺と立て続けに起きてる事実が王族からすれば脅威なのも分かるさ」

「貴方だって、いきなり領主の〈職〉をラクレシア家から与えられて整理ついてないくせに…」

自分たちの師であるレーヌと茶を啜りながら思い出話を語っていると、突如王都の

中心のリンデリング城が、高度かつ広範囲に及ぶ〝氷結魔法〟で崩壊し、騒ぎになった。現場に騎士団たちと駆けつけてみれば、カルムが見たこともない謎の少女に

転移系統の能力で連れ去られてしまった。


だが、そんな誘拐した本人は世界でも魔術の実力が最も高いとされる王族の家系、

ラクレシア家の第2王女であり、約一年前に新聞の記事で失踪したとされる彼女が

リーシア家が誘拐していたと騎士団の調べの中で明らかになっていき、


そして三日前、家にラクレシア家から、【カルムの身の安全を保証してほしければ

ラクレシア家の持つカタス領で領主の仕事に取り組むこと】という内容の手紙が

届き、カルムに会えぬまま約2週間が経過していた。


「でも…これじゃいつまで経っても会えないままかも_」

「最悪の場合は…レーヌ師匠が騎士団を連れて宣戦布告してくれるそうだ。

それまでは_二人で頑張ろう」


そう言い、ハクロはどうしようもない気持ちを抱えたまま、今にも泣き出しそうな

シディスの肩を抱きしめた。


______________________________________


「おいマリア…これはどうなっているんだ」

気になって中を覗き込んでみると、完全に俺が一生囚われの身の様な扱いを受けいているのだと勘違いしているのか、さらっと反乱も考えている両親の姿があった。

「おかしいですね…一応〝逆らわなければ貴方の息子の命は保証しますよ、

ね〟と言っておくようにお兄様に頼んでおいたのですが…」

「間違いなくそれが原因だと思うんですが?」


なんてこった…この少女、この5歳児、この悪魔____


言葉の勉強が完全に足りていないじゃないか!


その発言は騎士団であった二人からすれば、違う意味でも捉えられてしまう。

例えば、敵地との戦争で見方が人質、捕虜として捕まった場合、

それは死なない程度の暴力や拷問をしているという意味としても取れる。


その他にも、『命』という単語をこの世界の国や地域ごとでは

もちろん、どう捉えられるかは変わる。

死霊魔術王国ネイヴァーンでは命は神から与えられた尊ぶべきモノ、

そして永久的に続くべき〝人間の全て〟として。

聖法棺創国デュオブルゲンでは歴史の継承や魔法の研究に欠かせない

〝人間の魂の価値〟である。


「さて、どうしたものか____」


魔術の才、そして完璧な容姿と培われた英才教育の賜物たまもの

欠点がこんなくだらないところに隠れていたとは…

道理で魔術の条件の上書きが簡単にできるワケだ。


魔術の条件は言葉にかけられた意図に応じてその形を強固に、

そしてときに崩れやすいものにも変化する。


言葉の意味をあまり考えていないマリアの〝条件〟は上手い具合に

魔術の特殊な構造の抜け穴をすり抜けていったのだろう。


俺が頭を抱えて、二人がいる仕事部屋の扉にもたれ掛かったときだった。



横にいたマリアが突如扉を勢いよく開く。

いきなりのマリアの行動に体と頭がついていけず、俺の体はそのまま

バランスを崩し、転倒した。


しんみりした空気の中の二人と目があった。


「カ…ルム?」

最初に震える声で口を開いたのは、ハクロだった。

「は、はは…どうも」


後でマリアにどう説教してやろうか。



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『こ、婚約…?』

「えぇ、ちゃんと条件と利益を出した上でカルムが承諾し、

先程その書類をラクレシア王国の書類管理室へと提出しましたので、

今回の婚約は王族の政権争いの火種になる可能性は____」


ありがとうございますマリア様。


気まずい空気の中、顔色1つも変えずに、その場をまとめあげる

行動力と冷静さ、流石としか言い様が無い。


王族の書類管理室での提出は俺の実力やリーシア家での後始末もろもろ

を請け負ってくれる事を意味する。


「領主となっていただいた理由としてはこちらの…〝スペンディ暗殺〟

の書類と、その後の捜査で明らかになった事実のまとめの資料を…」


スペンディが二人宛てに手紙を送っていたこと、そして俺がそのスペンディを

暗殺したという事実をマリアの作った真実つくりばなしによって、

スペンディを暗殺したのはラクレシア家の暗殺者であり、そもそもスペンディの

手紙はカルムに届いたものの、それを暗殺者が回収したという、すぐにバレる

様な嘘をついた。

最初はシディスとハクロは驚いていたものの、その情報の信憑性が高まる

決め手、〝マリアが俺を誘拐し、暗殺者の口封じとして連れ去った〟と

マリア自身が嘘の告白をする。


それにより、生かすために必要な身内の関係となる手段しかなかった。


信じさせるために、演技で泣きながら頭を下げるマリアには、俺が前世で見てきた

劇の演者と同じものを感じた。



「…事情は分かった。しかし…レノア学園王国か…」


ハクロが唯一顔をしかめたのは、俺が一番時間をかけて完成させた

【レノア学園王国】の書類に目を通したときだった。


「確か…あそこは魔術と魔法、そして〝呪い〟の3つの勢力で分かれていて

世界の中でも事件が一番発生しやすいって噂があるからな…」


ハクロの話を聞いたシディスは、その学園の中に俺を放り込めるかという

心配なのだろう。


そう、レノア学園王国では事件の発生率が極めて高い。

特に、去年では事件数が突然跳ね上がった。


各国から送り込まれた15歳の〝最強達〟


俺とマリアが通うのは、中心ではなく、学園の端に位置する特別寮だが

今年の5歳からの入学者は俺達を含めた7人。

事件の規模が広がり、今年は中心以外にも被害が及ぶ可能性があるのだろう。


現在そんな学園の中等部と高等部で問題になっているのが、昨年度の中等部

入学者4人。



ホロウ=ネオバーク

ディアネス=セントルイッチ

クロウィズ=インスカック

セルヴィオ=キルコーン


それぞれ、魔術、魔法、呪い、そして魔剣流派での能力が評価され、


その4人が学園内で周囲への影響や被害を考えぬまま始めた戦闘により

今や学園の機能は、ほとんどが無駄なモノとなってしまっている。


「カルムは、行く覚悟はあるのか?」


ハクロにそう聞かれた。

俺はためらいもなく、答えた。



「やるよ、それで心配かけさせた分、俺も頑張らなきゃ。」


まぁ建前だが、この世界に転生してきていくつか考えさせられた事は

ある。約4年で見た景色は現世ではきっと目にすることだったろうし、

スペンディや王族の悪意に満ちた一面も見てきた。

その上で、俺はここで、もう一歩新しい経験を与えられた人生で

楽しむことが義務なのだとも考えている。


「…行っても良いかな?母さん、父さん」


ハクロとシディスは、顔を見合わせた後、大きなため息を漏らしながら

ようやく会えた自分の息子へ新たな旅路を示したのであった。

両目の端に、少しの涙を溜めながら。



その後、両親と長い時間のハグをされ、カルムはラクレシア家の

別荘へと移った。3ヶ月後に控える、学園王国の入国式に向けて。

マリアも、城の方で年の離れた姉弟達とともに、学園王国の生徒の情報や

怪しい動きのある王族を探り、着々と安全な学園生活へと向かっていた。





_____________________________________



そして、3ヶ月後____



「カルム、その制服…似合ってるわ」

「…笑いたきゃ笑えよ、王女様」




レノア学園王国の校門前で、二人の子どもが、門が開くのを待っている。

時刻は朝8時28分。門が開くまで後2分。

校門は最早、壁のように高く、分厚くなっており、少なくとも開けるのに

何十分もかかりそうなほどの大きさで、二人を除いた他の人間の姿は見当たらない。


特別寮に新しく入る二人の5才児は、年齢とかけ離れている程、冷静で落ち着いている。



時計の針が進み、時刻が29分になったころ。

突如、片方の1人の少年が制服の胸ポケットからナイフを取り出し、

校門の真上に投げた。


「…入国の条件その40____」


空中で弧を描いきながら、ナイフが地面に突き刺さる。


バチッとを帯びて。



「〝困難に打ち勝つ勇気のある者を、歓迎する〟」


ナイフの地面に刺さった先端から放電された電気は、一直線に

校門へと向かうと、固く、そして頑丈な鉄の扉に触れ、門ごと

弾け飛んで消えていった。

やがて、



「さ、行こうか…俺の婚約者様?」

「エスコートよろしくね、王子様」


学園王国に、新たな脅威となる少年少女の物語が、今、ねじ込まれたのだった。


 

                           ▷次回 先輩方の洗礼


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転生した俺が嫌われ王女様に愛を教えたら〜異世界転生した俺がこの世界が乙女ゲーだと知るまで〜 ぷろっ⑨ @sarazawa

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