第二章 新天地と誓約紋

第1話

俺は確かに、あの夕方、救けた少女に殺された。

体で巡り巡る血の流れが次第に遅くなるのも、嘘ではなかった。

なのに何故だろうか…。


「さぁ選びなさい、カルム。私の家族未来の夫として〈冒険者〉を捨てるのか、

それとも私達の敵として家族仲良く処刑台に立たされるかのどちらかを。」


流石にこれは、救けて後悔したと言わざるを得ない、納得できない。


俺は目の前で魔術を今にも発動しようとしている王女様の提案に、少し戸惑いながらも応えたのだ。






【第二章 新天地と誓約紋】    ▶START


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俺が目を覚ますと、そこは牢屋の中だった。

何故こんな所にいるのかは察しがついた。あの少女に仮面を剥がれてそのまま王都の

警備局に連れて行かれたのだろう。


両腕と両足は魔法とは全く違う〝魔術〟の術式が刻み込まれた

鎖で壁から繋がれており、解除しようと〝解式魔法〟で解こうとすると、

術式がより固く、より強いものに変化する〝適応式〟が組み込まれており

こればかりは生まれて5年は経っても魔術に一切触れていなかったため

どうにもならない。

(これは…アレだな、詰みってやつだな。)

最初は順調だった。いや、順調すぎたのかもしれない。

空間転移の場所が隠し通路に繋がっていたクローゼットというのもあったが、

無闇に助けを求める声に反応してはいけなかった。

偶にモンスターの中にも人間を惑わせて殺す悪質な種類もいる。

今回は人間だが、生物としての本質は変わらない。父によく言われたことだ。

俺が起こした王族への反抗、及び殺人というのはおそらく、だがこの国の法で

一番重い〈剥奪刑〉が適応されるだろう。

(…ハクロとシディスは元気だろうか?)

最早ここまで来ると考えるのも面倒くさくなってきた。

狭っ苦しい空間は、夏のはずなのに何故か寒く、背中にゾワッとした気持ち悪い感覚があった。

ベッドも無いここで野垂れ死ぬより、さっさと刑を受けて馬小屋ででも朽ち果てた方がマシまである。


そんな事を考えていると、牢屋の元に何者かが近づいている足音が聞こえた。

寝転んだまま目線を鉄格子の隙間へと向ける。

「ハッハッハァ!よく眠れたか?小僧…マリア様が呼んでおられる。

抵抗せずに着いて来るなら危害は加えないと約束しよう」

魔法の存在する世界に不似合いな浴衣と下駄を履いた自分と同じくらいの身長の少女が立っており、ほんのりと青く染まっている毛先には、微量の魔術式がうっすらと

組み込まれていた。

「…小僧って言うけど、お前多分俺と同じくらいだろ、歳。」

「同じであろうと、今は私のほうが上なのだ!マリア様にも舐められないように

日々訓練しているのだからな!ほら着いてこい!」

少女は牢屋の鍵を開け、カルムの腕と脚を縛っていた鎖を壁から引きちぎり、

米俵を担ぐように抱えて颯爽と牢屋の続く一本の通路を走り出した。

カルムは今なら抜け出せるのではと考えたが、寝ている間に体に術式が付与されている危険性を考え、そのまま担がれてやることにした。



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少女に担がれて連れてこられた場所は、拷問場でもなければ、裁判所でもなく、

いくつも天井からぶら下がるシャンデリアで目がやられそうな、王族の城の中に

1つは設置されている〈王談室〉に連れてこられていた。

広い円形のテーブルが部屋の中央にあり、そこには少なくとも10名以上の王族たちがペンと用意された資料に目を通し、ある者は持参した酒を飲み、ある者は愛用している剣の手入れをしていた。

「失礼します。マリア様のご命令のもと、今回の議論対象である重要人のカルムを

連れてまいりました。」

少女のその一言により、その場にいた者全員が手を止めた。

子どもの俺よりも二周りほど大きい王族達の視線が俺へと集まる。

生命感知が鎖の影響で使えない今、この場にいる全員の行動を予測することが不可能

になっており、オマケに部屋に入ったときに鎖の下に重りを付けられてしまったため

脱出は不可能だろう。

「まずは、1つ感謝をしようカルム。我々の大切なマリアをよく救い出してくれた。」

席に座っていた1人の老人が俺に近づき、頭を下げた。それに続いて、

残っている王族たちも一斉に俺に頭を下げる。これは予想外だった。てっきり断罪か

集団暴力的な展開を想定していたため、思わず、え、と言ってしまう。

「いやぁ、まさかあの陰湿なカス風情の王族がマリアに手を出したもんだから

思わず殺しちゃいましたよね、昨日。」

眼鏡を掛けた二十歳くらいの女性がそう言って空中に手をかざすと、見慣れた新聞の

記事の見開きに、〈ラクレシア家によるリーシア家根絶やし宣言の発表〉と大きく

書かれていた。

「我がラクレシア家には女が生まれたのは久しぶりでね。皆が甘やかしても

自分を甘やかさないマリアが、どんどん成長していくのは当たり前だったけど…」

「油断したせいで1年もマリアを苦しませてしまったからな…」

…なるほど、どうやらあの少女はリーシア家の王女様では無かったらしい。

しかも、嫌われ王女様なんて聞いたこと無いなと思ったら、王族間での噂話。

冒険者で平民の俺が聞けるはずも無い。


だが、それならばこの状況は異常だ。

俺は一応、ここには居ないがマリアを救けた訳であって、しかもラクレシア家が

リーシア家への攻撃を開始し始めているならば、目的のマリアが見つかった今、

恩人をわざわざ牢屋に放り込む必要が無い。

「…あの、1つ良いでしょうか」

「む、何だマリアの恩人殿。何でも言うと良い。」




「俺、この城から家に帰りたいんですけど_____」


俺がアハハと軽く笑いながら、そう言った途端、部屋の中の空気が一変した。


全員が困ったように顔を見合わせ、何人かは頭を抱え、他の者も頭を掻いたりして

ため息をつく。おっと、どうやらこれは触れてほしくは無かったらしい。


「すみません、恩人であれど帰す訳には行かないのです。」

扉の近くに立っていた1人のメイドが、カルムに申し訳無さそうに頭を下げた。


「…理由を聞いても?」

だがいくら俺でも、ここに留まり続けるわけにはいかない。

ここにいる連中は全員魔術を習得しているだろう。ならば、魔法に

全振りしている俺では、この人数を考えても刃が立たない。

ならばできるだけ俺を留める思惑を探る必要があるのだ。

「…理由なら、私が説明してあげましょう。」

王族の中の1人が静かにそっと手を挙げた。俺に不意打ちを食らわせてきた

マリアとそっくりな容姿をしており、瞳の色が濃い紫色といった点以外では

異なるポイントが無い。ざっと見た感じだと、一番似ている。

「貴方はマリアを救けた。そこからほんのりと出かけている子供なりの

恋心…私達がマリアに注いできた愛とはまた違って、貴方のせいで

新しい〝愛〟を覚えてしまった事で、彼女の強力な魔術に必要な条件が

変動されてしまった_____。つまり、あの子のこれからの人生には

貴方の存在が大きく関わってくる、難しいけど簡単に言えば〝魔術誓約〟

っていう魔術を使用する上でのルールに貴方が必要となったってワケ」


_____なるほど、それで俺にそこまで逃げられたくなかったのか。



話の中から推測できるのは、魔術には何かしらの誓約が結ばれて初めて

その真価が発揮される。また、その条件は人それぞれであって突然その条件が

変化することもあれば、自分で組み替えることのできる複雑な構造を持っていること。

「なるほど、それで__どうするんです?俺の体をいじくりでもしますか?」

「いや、その必要は無い。なぜなら、お前は既にマリアに術式を施されているのでな。詳しくは______」




「______あら、起きてたんですねカルム。」


耳元に、その声は突然入り込んできた。



俺がここに来ることになった張本人である、マリアの姿がそこにあった。


「おはようございます、よく眠れましたか?」

「…最悪の目覚めありがとうございます、マリア様」

以前見たときとの変化が大きかったため少し困惑したが、改めて見てみると

やはり美少女に分類されているのだろう。

青く透き通った瞳と、美しく輝く金髪に目を奪われない者はいないだろう。

「すみませんがお姉様、カルムをお借りしますね。」

マリアは俺の肩を優しくさすりながら、お姉様と呼んだ先程の女性に

手を軽くひらひらと振る。



「__不釣り合いな天秤不正契約魔術論。」


そのままマリアはカルムごと王談室から姿を消したのだった。




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「…カルム、知っていますか?魔術は魔法よりも優れていますが

リスクは高くなり、多くの人々はそのリスクを〝非効率〟だと言って

魔法に逃げました。その結果、魔法には進歩はなく、魔術は日々研究が

重ねられ、その形を何度も変えてきました__素敵だと思いませんか?」


(〝不釣り合いな天秤〟は何の条件を満たして行動しているのか…。)

マリアの言う魔術のリスクとは、条件のことだろう。

そのためかは分からないが魔術書という存在をこの世界に生まれ変わって

目にしたこともなければ聞いたことすら無い。


俺は今、見晴らしの良い丘の上でマリアにひざまずいていた。

先程いた部屋からいきなり転移してきた事と、転移と同時に以前リンデリング城で

使われた、対象の行動を制限することのできる能力。

(…5歳とは思えない能力と、冷静さ…マリアは何がしたいんだ?)


正直言うと、今の状況では逆らえば最悪死ぬかもしれない。

今現在で確認できる能力は〈転移〉、〈行動制限〉の2つ。これだけでも強いというのに、おそらくまだ使える魔術を隠している。城の中で使った〝思考を伝える能力〟

予測できる能力はこの程度で強さの底が見えない。


「…カルム、1つ言っておくけれど貴方は私に勝てないわ。」

突然、俺に背を向けていたマリアが言った。

「貴方は…お姉様から聞いたかもしれませんが魔術の条件は変化させることが

できます。私も今まで10回以上条件の上書きを試しているのですが、

失敗したことはありませんでいた。」

「そりゃ凄い、で?俺をここまで連れてきた理由は何だ、答えろ」

「…強いて言うなら、〝愛〟を求めていたからですかね」

マリアのその一言に、思わずカルムは首をかしげた。

「私は今まで家族から多くの愛を受けて育ってきました。私を傷つけた者や陰で貶めようと計画していた王族や領主も次々に〈剥奪刑〉を受けていました。

私は確かに愛を受けているようですが、私はそれ故に他人からの〝愛〟を受け取ることが、感じることができませんでした。」

「いきなり敬語はやめろ、…俺も別に魔法を使ってるからって弱いわけじゃないぞ」

流石にこのマリアという少女、何を考えているのかが全く分からない。

ならば、術式が付与されてる俺の体から、しかない。


(まだ未完成形だが、せっかくだし試してみるか)


「〝複製魔法〟〈簡易魔術式かんいまじゅつしき〉」


王談室でギリギリ成功した〝解析魔法〟による複製への簡易魔術。

それは、魔術のみで解ける拘束具に反応する。


カルムの手足に付けられていた拘束具がパキンと音を立てて崩れる。


それと同時に、俺はマリアに向かって魔法を放った。


「〝炎撃えんげき魔法〟プロトボム」

プロトボムの攻撃は少量のダメージを与える炎撃魔法の基本技。

(魔術での防御範囲は広くないはず…これで時間は稼げる)

プロトボムがマリアの背中に着火する瞬間に、転移魔法で行き場所を

家に設定したことで一時的な避難をする。今は追われていてもまずは体制を____


「____舐められたものですね、〝条件解除〟」


だが、転移魔法の構築が終わる寸前で、体が急に何かに引っ張られたように

カクンと動いた。

「なっ____」


「〝不釣り合いな天秤不正契約魔術論魔法強制解除マジックキャンセリング

カルムの構築した転移魔法の魔法陣にヒビが入り、同じく着火したはずの

プロトボムはマリアに触れること無く、フッと消えた。


「〝付与魔…使えない⁉」

「私の〝不釣り合いな天秤〟は、私が固有魔法の代わりに与えられた固有魔術。

貴方は魔法使いとしては少なくとも厄介な部類ではあるのだろうけど____


         私は〝最強の魔術師〟としてこの国の女王となっているの。」



…なるほど、条件は満たすものじゃなかったのか。


条件というのは、あくまで力を制御するために自ら設定したもの。

道理で何回も変えられるわけだ。


「ここからは…カルム、貴方の選択肢が貴方の、貴方の大切な人の生死を決めることになるわ。」

「…条件っていうのは、女王としての〝威厳〟と俺への〝対抗心〟か?」

「いえ、貴方への〝愛〟よ。貴方は私に他人としての愛を教える義務を与えるわ。

そのために今から脅し交渉を始めるんだから。」




「さぁ選びなさい、カルム。私の家族未来の夫として〈冒険者〉を捨てるのか、

それとも私達の敵として家族仲良く処刑台に立たされるかのどちらかを。」



そう言いながら、マリアは新たな術式を俺に見せるようにして組み込み始めた。


これは、愛ゆえの独占欲によるものなのだろうが、俺は王族になどなりたくはない。

なので、未来の夫は絶対に断りたい。



しかし、家族を巻き込まれるとなると話は変わってくる。



俺の新しい人生、コイツのせいで無茶苦茶になってきてる。

俺はため息をつきながら、マリアの提案に応えた。



「いいぜ、乗ってやるよ、王女様。その甘い考えを絶対に後悔させてやるからな」


カルムはそう言って、マリアを睨みつけた。



マリアはニコリと少女らしく笑顔をカルムに向けると、

展開していた術式を解除し、ゆっくりとカルムに近づく。


「なら、早速ですが今日から貴方は形としては私の仮の婚約者

となるように、姉様達に資料や契約書を手配させます。それと__

3日後の朝、私とある学園に入学してもらいますのでそちらもお願いしますね」


…ほんと、恐ろしい性格をしている。


「1つだけ聞いておきたいんだが…父さんと母さんは今何処に?」

乗っかってしまったものは仕方がないが、一応俺の安全を伝えねばならない

ので、確認はしておかなくては。

「あぁ、それなら今私が管理している領の領主を務めてもらっているわ」




「なんですって?」

 



                             ▶続く

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