第4話
小さい頃は、祖母と祖父の家で静かに暮らしていた。
いつからだろうか、こんなに虚しくなったのは。
仲の良かった姉と兄の元からいきなり連れ去られて、
着いた場所で待っていたのは、名前も顔も知らない、母を名乗る女。
4歳の頃からずっと、そんな恐怖の続く場所で私は生きている。
メイドや執事に何かを頼んでも、何か用意されるわけではなく、
飛んでくる罵倒の声を涙を堪えて聞き流すだけ。
すっかり〝愛〟という感情を忘れてしまった私は、
いつの間にか嫌われ王女様になってしまったのだ_。
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「おい見たか?今朝の記事!」
「あぁ…!あの悪徳領主で有名なスペンディと、今まで誰も権力で
倒せなかったあのヘテスが同じ日に王都に吊るされてたんだろ。」
王族たちの間では、対処に困っていたスペンディとヘテスをたった一日にして
仕留めた人物、〈裁きの天使〉の話題で持ちきりだった。
ヘテスの使用人の生き残りが〝記憶魔法〟で捉えたその姿は、
黒いローブと青い狐のような仮面、そして背中にはうっすらと羽が生えているようにも見えたという。
二人が死んだことによって、屋敷の中から二人が企てていた王族の暗殺計画や
他国へのスパイ活動が記されている資料がいくつも出てきた。
このまま実行されていた場合、多くの王族の血が絶やされるところだったが、
未然に防いだ〈裁きの天使〉と呼ばれる人物には、王族の中でも権力を持つ者から
報酬を与えたいという声が上がっていた。
もちろん表の理由である。
王族の4割ほどは、今回破壊されたヘテスの屋敷がどうなったかを
部下に偵察させていた。その結果、屋敷は形すら残っていないという報告が
相次ぎ、上手く誘導すれば自身の手元から政権を守ることのできる
優秀な手駒として使えるという魂胆が、多くの王族に生まれた。
王族たちは今や死んだ二人の亡骸になど一切興味を示さず、
ただひたすらに〈裁きの天使〉を捜索する事に力を尽くしていた。
「はぁ〜〈裁きの天使〉ねぇ。こういった奴が身近にいる方が
冒険者たちも安心だろうよ。」
王都、王国騎士団舎。
シディスを迎えに来たハクロとカルムは、シディスが徹夜になりそうだと、
二流騎士隊長のヘイブルに伝えられ、仕方なく騎士団舎の空いている客室の
一室を借りて泊まることになった。
「本当に申し訳ない…ウチの騎士達が未熟なためにカルムとの時間を…」
「ちょ、団長…良いですってば。明日の朝には終わらせてゆっくり
観光しますから。」
赤いソファが向かい合った形で置かれた部屋の中央。
待機していたカルムとハクロの向かい側に座っているのは、
シディスとシディスの恩師であるレーヌ=ウォルク。
18歳という歳で、女性で初めての一流騎士隊長となった天才騎士であり、
カルムが生まれる27歳の頃には、愛弟子である二人の子どもを
祝福するべく、生まれてくるまでの間に一月に一度、一年は遊んで暮らせる金額を
軽々と渡してしまうほどの溺愛っぷりを見せている。
「それにしても、もう5歳か。そろそろ冒険者ギルドに登録に行ったらどうだ?
確かこの歳くらいから入れば保険にも安く入れたと思うぞ。」
レーヌがテーブルの上に並べられた茶菓子を頬張りながら言った。
冒険者ギルドでは登録したときの年齢で対応が違ってくる。
5歳から6歳の間に入れば、一回死んでも一回は復活することのできる
蘇生保険と、王族に雇われる時に自分から報酬を決めることができる
雇用報酬権が、銅貨30枚。日本円でいう300円で入ることができる。
しかし、7歳以降ではこの保険に入るときにかかる金額が一気に跳ね上がる
ため、子供を騎士や兵士に育てようとしている者は、ほとんどが登録を
早い時期に済ませている。
「そうですね…カルムは何かしたいことだったり、行ってみたいところなんか
無いのか?」
紅茶を啜っていた俺に、ハクロが訪ねてきた。
「今は別に無いんだけど…父さんと母さんとクエストはやってみたいな。」
そう言うと、シディスとハクロは一瞬驚いた顔をしたが、その後すぐに
照れくさそうに頭を掻いた。
「へぇ…5歳のにしてはよく出来てる子だな。」
(5歳じゃないんですけどね…!)
心の中で、ツッコミながらもアハハと苦笑いで返す。
…そもそも、何でシディスが徹夜になったんだ。
話ではシディスに見惚れて鍛錬を怠った騎士が、武器庫にあった
回復用のポーションの入った箱を運んでいる他の騎士に当たり、
そのはずみで中に入っていた瓶が一気に割れてしまったため、
鍛錬どころじゃなくなってしまった、というものらしいが…
(そういえばポーションって、この世界じゃ作れる人間がそんなに
いないんだっけな。)
俺はレーヌが父と母の会話の邪魔にならないよう、ちょっと騎士団舎を
散歩してくると言って部屋から出た。
まぁ、散歩など嘘なのだが。
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〝生命感知〟を使っている感じでは、おそらくあと1時間ほどは
思い出話以外にも騎士団の今後の鍛錬や自主トレーニングのメニューの
作成で話し合いをして出てこないだろう。
カルムはスペンディの屋敷を襲った時とは違う、赤と黒の三角の印が涙のように
目元から垂れている以前よりもシンプルなデザイン。
服装も変え、壊した屋敷から拝借した高級感のある執事服に。
一応、最悪の場面に遭遇した時のために、ダンジョンの最終層で手に入れた〈エリアトラップ〉という、六角形の手のひらサイズの板をポケットに入れ、宿舎の屋根へと
登った。
目に映る景色は絶景とまでは言わないが、昼から売店の栄える町の様子は、
少し心をほっとさせる、そんな安心感を持っていた。
騎士団舎の近くには、世界で最も大きいとされる城、リンデリング城が
建っており、これは王族内での舞踏会が行われる時に、城の警備を徹底するために
城の横に騎士団舎が建てられたそうだ。
「…情報を集めておかないとだし…ちょっとアレ使うために
侵入させてもらおうかな。」
カルムは屋根の上で顔を隠していることを確認すると、
そのまま〝転移魔法〟を使い、その場からフッと姿を消した。
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カルムの転移した先は、運が良いことに城の中にあるクローゼットの中だった。
生命感知で確認されているので、70人以上の反応がある。
クローゼットに入っているのは赤い生地と金色で彩られた男者の洋服だけなので
犯罪者一歩手前で踏みとどまることができた。
(まぁ…不法侵入してる時点で犯罪なんですけどね。)
クローゼットの扉の隙間からは何も見えないが、何か話し合っているようで、
あまりしっかりと聞き取れないものの、記録魔法を使いさえすればどうにか
なるだろう。そんなクローゼットの中から様子を伺おうとしていた俺は
クローゼットにとある違和感を覚えていた。
(…このクローゼット…奥行きが広すぎないか?)
カルムが今いるのはクローゼットの中だが、掛けられている服がホコリを
被っているところもあり、あまり使われていないように感じた。
だが、服と服の間に手を入れてみると、そこには確かに謎の空洞があった。
「隠し通路…しかも使われて無さそうな…。」
怪しげな通路を見つけたものの、ここに入らないほうが良いだろう。
どうせロクな事に巻き込まれない。
そんなカルムの耳にたった一言、弱々しく吐かれた、
今にも消えてしまいそうな掠れた声が、〝探知魔法〟に引っかかった。
『…た…すけて』
「…⁉」
思わず目を離したクローゼットの奥へと再び目を向けた。
同時に、サイレントスカルに見せられた記憶の欠片が、唐突に脳内で蘇った。
カルムは迷いもせず、服を払い除け、クローゼットの奥、隠し通路へと進んだ。
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「……すけて…」
もうこれで何回目かも分からない、誰にも伝わっていないであろう
言葉を繰り返して何ヶ月経ったのだろう。
「いい加減に気づいたら良いのに…馬鹿な子供ね」
「本当にね、ププッ…あの家はもう無いってのにね」
縛られた手足を動かそうとすると、見張りのメイドの二人に蹴られる。
分かってる。知っていた。私の事を大切にしてくれた兄も姉も、
私の今いる場所を知らない。唯一の宝物だったペンダントも、この薄暗い
牢屋に入れられてから壊されてしまったから。
王族に生まれながらも、こんな扱いを受けている私は、平民にすら
なれない惨めな何か。
「ちょっとぐらい殴ってもバレないんじゃない?」
「それ前も言ってたじゃ〜ん。ま、皆してるから良いけどさ。」
祖父と祖母に綺麗だと言われた絹のような美しい金髪も、今となっては
ボロボロになって汚れてしまっている。
いつもメイドや執事が私の髪の毛を引っ張ったり、顔を殴られたり、
そんな暴力が当たり前になって来ていた。
「じゃ、一発目」
メイドの一人が髪の毛を掴んで私の顔を覗き込む。
「歯は食いしばっておいてねー」
私よりも何倍も大きいのに、私よりも長い時間生きているのに、
私よりも、〝愛〟を長い間受けて育っただろうに。
いつの間にか流れていた嫌われ王女という名前よりも、
誰からも愛されないことが辛かった。
私は目をギュッと閉じて、痛みが終わるときを待った。
だが、そんな理不尽な日々は突然終わる。
牢の壁がボコッという音を立てて崩れ落ちた。
壊れた壁の向こうから現れたのは、赤いピエロのような仮面を被り、
執事服を着た、私と同じくらいの身長の少年だった。
仮面の少年は私と目が合うと、今度は私の髪を引っ張ったまま
唖然として少年を見つめるメイドたちを見つめ、怒気を含んだ声で
喋り始めた。
「…お前らは、自分よりも小さい子供を傷つけて、
許されると思っているのか______?」
少年がそう言い終わった途端、私はいつの間にか抱きかかえられていた。
先程まで遠い位置にいた筈の少年に。
「あ、あの…」
「…良かった、無事で。」
少年のたった一言、その一言で、私が忘れていた、暖かい何かが
体中に伝わってきた。
「申し遅れました。お…私は義賊をやっているカノンという者です。」
きっと、この暖かい気持ちが、〝愛〟なのだろう。
舞い上がるような気持ちと、それとはまた違う心を締め付けられるような
今まで感じたことのない変な気持ちでいっぱいになる。
そんな私は、一気に押し寄せた安心感と、気持ちの整理が出来なくなり、
そのまま意識を失ってしまった。
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さて、どうしたものか。
最悪の未来の一場面が、一瞬頭の中で出てきたため、
急いで来てみたらメイド二人が俺と同い年くらいの女の子を殴ろうとしていた。
子供に手を挙げるとは何事かと、つい転移魔法で海に転移させてしまった。
問題はここからである。
「探せ!まだ城の中に残っている筈だ!」
「〈裁きの天使〉と大層な名前でも、所詮は子供だ!必ず捕らえろ!」
あのあと、クローゼットの通路を使おうと考えたのだが、壁を破壊した衝撃で
案の定、城の中の警備に気づかれてしまった。
気を失っている少女を放っておく訳にはいかないので、
背負ったまま付与魔法を使い、少女と自分に浮遊魔法をかけることで
城の中であちこちに走り回る警備達から気づれないように移動している。
(…この子、どういう訳かは分かないけど一応王女の〈職〉がついてる…。)
少女の腕には、〈王族〉〈王女〉と2つの職が浮かび上がっていた。
だが王女という職を保持している上で、この状況はマズいのでは
ないだろうか。先程の二人のメイドは〈専属使用人〉という
王族や領主に仕える、ありきたりな職に就いているはずだ。
そうでなければ、この王族の元で働いていないだろう。
この城の主はリーシア=アルデリックという、由緒正しき王族の
リーシア家の中でも天才な19歳の男。
町の掲示板で貼られた写真からは顔が良い奴としか印象が無かったが
この少女の存在を隠していたのか、それとも何も知らないまま
裏で何者かが動いていたのか。
どちらにせよ、今やるべきことは一つ。
巷を騒がせている平民のヒーロー、王族のヒールとして
〈裁きの天使〉を続けること。
「〝氷結魔法〟フローズン。」
カルムの固有魔法、〝超生成〟には組み合わせて使えない魔法の
条件が幾つかある。
停止魔法と空間魔法を組み合わせて時間を操る魔法、
次元魔法と記憶魔法、操作魔法を組み合わせた次元を飛び越えて
別世界に飛ぶ、といった、この世の
生み出せない。
カルムはそこで思いついた。
〝固有魔法〟の概念を破壊する。
カルムの手から冷たい冷気とともに、青白い光の玉が城のあちこちに飛び散った。
光の玉はやがて輝きを増し_______________
弾けて城の中が氷漬けになった。
そろそろ降りていいかと少女を背負い直し、城の通路を一歩一歩、進み始める。
フローズンは、固体もしくは気体の変化によって発動する魔法。
変化した対象を目視した者を空間ごと凍らせる仕組みがあるため、
自分自身が移動しながら使用すると、もれなく自分にも被害が出る。
そのために、浮遊しながら被害を受けること無く発動できるポイントを探していた。
(…生命感知で確認した感じだと特大に元気なのが一人いるな…)
凍って意識を失っている兵士たちに、目もやらないまま進んでいくに連れて
反応が少しずつ大きくなる。生命感知を使って、ここまで動揺している様子が
見えたのは初めてだ。
そんなカルムの頬を後ろからツンツンと誰かが突いた。
「え…」
驚いてバッと後ろに目をやると、目がパチクリと空いた少女が自分の頬を
ひたすら人差し指で突いていた。
「えっと…何をしてるのかだけ聞いても?」
「…なまえ」
「……?」
「貴方の名前は…?」
…どうしよう。ここで本名を出すのは主人公ならできるイケメンムーブなのだが、
生憎、俺の目的は王族への平民の扱いの警告、それが全地域に広まったところで
焦り始める王族たちの混乱に乗じて、裏で悪事を働く王族と領主を一掃すること。
どう考えても本名は絶対に今後の活動に影響が出るので出さない。
しかし…何故だろうか。この少女、やけに力が強いというか…
さっきから全然バランスも崩さないし、起きた事にも気づかなかったし…
……待てよ、この感覚…確かどこかで…
体に張り付いているのに全く違和感のない、そんな感覚が、
先月父親のハクロに倒してみろと言われた、あるモンスターの能力が
フッと脳内に浮かび上がった。
「まさか…これ〝契…」
「〝契約魔法〟_____
少女がそう唱えた瞬間、俺の体が城の通路へと倒れたかと思うと、
それと同時に、俺の倒れた通路を残して城が崩壊し始めた。
王都の中心であり、世界で最も優れているという権威を象徴する
リンデリング城は氷漬けにされた兵士達で出来た氷山を中から現すと
華やかなパーティー会場はもちろん、この国にある全ての植物を植えてある
中庭もろとも消え去り、カルムはその様を唖然とした表情で見つめるしか無かった。
「どう__?私が連れ去られた理由の1つ、固有魔法の〝不正魔術論〟
国1つを簡単に滅ぼしうる、この力を求めて、何人もの同じ歳のお子様が
親の
そう言いながら、少女は意識があるまま、倒れて動かないカルムを
愛おしそうな表情で見つめ、彼の耳元で囁いた。
「嫌われ王女様の噂を流されて、そのまま朽ちていく筈だった私を
救い出したのは、他の誰でも無い貴方よ_____カルム。」
(……クソッ、気づいとけば良かった…女の子1人であそこまで城の
兵士を動かしていることに違和感を持ってれば…)
カルムは今更だが後悔していた。
残った1人が王族であるにも関わらず、あんなに反応が大きくなっていたのは、
今自分が置かれている状況よりも酷い、〝死〟で償わされる報復を恐れていたから。
観測魔法で見てみても、同じ5歳なのに差がありすぎる。
職が〈王女〉だったのも納得できた。
(そうか…あの時の縄…忘れてたけど魔法使って切ったんだった。)
冷や汗がツーと垂らすカルムを、自由の身となった王女が見ていた。
王女はカルムの腰のベルトから、丁寧にしまわれている短剣を一本抜いた。
引き抜かれた短剣を王女は振り上げ、勢いよくカルムの背中に向かって
振り下ろした。
夕日が差し掛かった城であったその場所で、〈冒険者〉の少年の物語は予想もしない形で終わってしまった。
_____________________________________
「…そういえばこんな変なルートもあったんだっけ」
圭佑の使用していたカルムと名付けられた金髪の少年は、助け出した少女の
暴走により、死んでしまった。
ネット上では台パン案件ルートとも言われている。
ここで引っかかったプレイヤーは、乙女ゲーム要素である恋愛ものの
甘酸っぱいストーリーに突入することもなく、そのまま本格的な冒険ストーリーのみ
の仕様になってしまう。
「あーあ、これでゲームオーバーか…風呂入ったらもう一回やろ。」
圭佑の姉、
ゲームオーバーになれば、また主人公の選択画面から新たなストーリーが
幕を開ける。だが、それはあくまでゲームでの話。
カルムという1つの物語の主人公は、幕を閉じた中で、新たな役職を
持って生まれ変わるのである________________。
一章
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