第3話
玄関のドアを開けた瞬間に、
何人もの鎧を身につけた兵士たちがこちらを睨んでいた。
家の周りを囲むように立っており、生命感知では
図りきれなかった約20人ほどの兵たちも控えていた。
そんな兵たちの間をかき分け、金髪の容姿はいい男が
現れた。身長はハクロよりも5センチほど差がある。
「よう、シディスは何処かな?」
もっとも、見掛け倒し代表選手ならばダントツのビジュである。
ハッキリ言うと、このスペンディとかいう男は、
周りの兵士たちよりも生命感知の反応が極めて小さい。
〝生命感知〟は、固有魔法を所持する対象の体力や知能、
そして扱える魔法の質を総計して基準にしている。
つまり_____。
「生憎ですが…母さんは貴方の送った手紙すら
知りませんよ。今は知人の騎士団の教官として
あと6時間は帰ってきませんので。」
俺がニコリと笑ってみせると、スペンディは
気に食わない様に顎を突き出し、舌打ちした。
「おいガキィ…舐めんのもいい加減にしろよ。
いくらチビでも覚えとけよ、この世では弱肉強食_」
「じゃあ僕のほうが上ですね。」
その一言で、しんとその場が一気に静まり返る。
何が起こるなど手に取るように分かる。
生命感知で、スペンディの反応が少し上がった。
やはり仕事を放棄していた防衛大臣とマメに働いている
騎士達とでは、格が違う。
たかがコレだけのちっぽけな挑発で動揺しているのは、
コイツだけなのだから。
その様が面白くてつい、俺は笑い始めた。
「プクク…ハハハ!!見掛け倒しもそのぐらいに
してくださいよ…。自分から斬りかかる勇気も無いんじゃないんですか?」
「お、おい、貴様、それ以上は_」
震えるスペンディの様子を見て、1人の兵士がカルムを
止めようと前に出ようとした。
だが、まんまと名前だけ領主様は引っかかってくれた。
「上等だクソガキ…。おい、お前ら、コイツを殺せ。」
荒い鼻息を立てながら、カルムに向かって腰から下げた
剣を取り出し、ただ固まって動かない兵士達へと告げた。
「す、スペンディ様、お考え直しください…!
ここで問題を起こしてしまえば、上階級の方々に何を言われるか_!」
「うるさい!兵士なら兵士らしく俺に従え!
揉み消しちまえば同じなんだよ…ほらさっさと殺れよ!」
向こうもどうやら、この領主には振り回されているのだろう。
だが、戦う意思があるのならば、こちらとて容赦はしない。
数人の兵士が俺に向かって、王族に使えている証の家紋の
付けられた剣の先端を突きつけた。
「…話し合う気、は無い感じですね?」
どうやら、子供に剣を向けてしまうほど、余裕がない状態なのだろう。
王族に命令されて領主へと派遣された彼らの気持ちは
分からんでもないが、ここばかりは、仕方ないが、犠牲になってもらうしかない。
『〝身体強化〟硬化!』
兵士たちがまとめて、同じ〝硬化〟を使って突進してくる。
騎士団では統率の取れた兵士同士の連携が非常に
重要になると、シディスが前言っていたが、ちゃんと役に立つ
知識を教えてくれていたらしい。
しかし、その程度ならば脅威ではない。
突進してきた兵士のうち、真正面からぶつかって来た
男の足元をくぐり抜け、容易に
続けて他の周りの兵士たちが魔法を使わず大剣を振り回し、
近づいてくる。
カルムは大剣を避けると、勢いあまり、宙へと体が舞い上がって
しまった。
「もらった…!死ね、クソガキ!」
チャンスかと言わんばかりに、宙に舞う俺に向かって
スペンディは大剣を持ったまま、地面を大きく踏みつけ
大剣が届く範囲に来たところで、振り下ろした。
「〝弱体魔法〟オールリセット〝継続魔法〟リターン。」
だが、その瞬間に放たれた魔法が、スペンディへと
襲いかかった。
サイレントスカルとは違い、カルムの使った
オールリセットは地面から無数に生えた黒い鎖のような物が
対象を締め付け、締め付けられている5秒間の間に、
一つの職と、固有魔法以外の魔法がリセット、もしくは
完全に使用できなくなったりもする。
超生成は、オールリセットをより凶悪に作り変えた。
基本、対象を一つにしか絞れないという条件を、
ダンジョン最深部にいる、サイレントスカルの群れで
試しながら改良を重ねた、カルムのみが使える、
視認した対象全てに効果が発動される、オールリセット。
「何だこれ…動けないぞ…」
「おい…お前ら自分に付与してた〝支援魔法〟は
どうしたんだ…?」
思わずニヤけたくなるぐらい完璧だ。
スペンディはもちろん、控えていた兵士全員に付与できた。
正直言うと、もう少しこの状態ならば攻撃を与えるのは簡単だが、
今はそんな余裕は無い。
「それじゃあ、カウントダウン
必死に俺の魔法を解こうとしていたスペンディ達の視線が、
そっと静かに折りたたみ出した俺の指へと集まる。
「5、4、3、2…」
残りの一秒が経とうとしたその時、
オールリセットを付与された者たちに、異変が訪れた。
「あ…あ?俺の支援魔法が…使えない」
「お、俺もだ…」
「待て…俺の…俺の〈兵士〉の職が…!」
やはり、超生成は向き合えば向き合うだけ、
与えられた魔法を進化させることができる。
俺はどんどんと魔法が使えなくなるもの、そして
自分の職、〈兵士〉〈騎士〉が何も抵抗できぬまま消えていく
兵士たちに囲まれた中で呆然と膝を着いたスペンディの顔を覗き込んだ。
「スペンディ様…いや、もうスペンディさん…かな。」
カルムはそう言うと、無抵抗のスペンディの顔を
蹴り飛ばした。
スペンディは声を上げぬまま倒れた。
なぜなら、今自分に起きた出来事が信じられないものだったから。
「俺の…魔法が…職が…」
そう。遊び呆けていたツケが、今こうして回ってきた。
他の兵士たちは数多くの魔法を覚えていたみたいだが、
スペンディは得意な魔法だけ、しかもたった6つだけ
しか習得していなかった。
その結果、オールリセット発動から45秒。
自身の与えられた〈領主〉の職、そして〈魔法〉。
残ったのは、固有魔法の〝成長〟のみ。
今やスペンディは恐れる必要すらない、
地位も名誉も金も自由も保証されなくなった
ただの遊び人の完成というわけだ。
「…どうですか?子供から喰らった魔法は。
どうせ母を連れ帰れたら昇格で人生勝ち組ゴール…
とか思ってたんでしょう?」
俺は優しくはない。
だから、最悪の未来を実現させないために、コイツの心を少し折っておく。
カルムは、まだ倒れ込んで動かないスペンディの金髪を
思い切り握り、自分の顔の前に力付くで寄せた。
現実から逃げようとするスペンディの意識を引きずり出したのは、
一人の少年が与えた恐怖だった。
(〝付与魔法〟険悪、〝情性魔法〟狂気、〝精神魔法〟暗がり。)
スペンディの体中の細胞が、カルムの恐怖に呑み込まれた。
「待って…!待ってください…!俺がやりたくてやったんじゃ
ないんです…王族のヘテスに言われて…!だから俺は…」
「何言ってんだ、お前?その兵を引き連れて堂々やってきたのは
そっちだろ?」
スペンディが最期に見たのは、この世で触れてはならない何か。
それに気づいたときには、もう遅かった。
________________________________
王族、ヘテス=アルデシアの屋敷では、
使用人達や料理人達が大広間でパーティーの用意をしていた。
「フム…順調だ、順調だな。あとはスペンディが
新しく私の妻になるシディスを連れてこれば…。」
ヘテスは、王族になってから様々な悪評が絶えなかった。
自分の配下の領主に一年に一度、女を売れと命令し、
断れば領もろとも消されたという噂もある。
この世界には200以上の国があり、
その国々の中で一つの国につき、王族の地位に立っているのは、
約200の王家。ヘテスは、その王家の中でも、
多くの人々を自分の遊び道具の感覚で弄んできた。
シディスも、偶々街で見て通り過ぎた時に目をつけた。
「…さて、明日はシディスの夫のハクロとやらを処刑台に…」
ヘテスが独り言をぽつりと呟いた。
「なるほど、お前の死体は平民の希望になりそうだな。」
何者かの声とともに大広間のシャンデリアが、バリンと音を立てて割れた。
破片が地面にパラパラと落ちていく。
(侵入者…?いや、それなら門番がいる筈…)
ヘテスは大広間の窓の縁から隠していた剣を取り出す。
姿が見えないが、確かに何者かがいる。
「門番なら今眠ってるし、使用人も全員縛った。
あとは…スペンディなら、ついさっき死んだぞ。」
(⁉あのスペンディが失敗したのか…?だが兵も30は渡したはず…)
剣を構えたヘテスの失敗は一つだろう。
それは、不幸にも一度命を落とした男が、真っ直ぐすぎたところだろう。
「〝闇魔法〟
ヘテスの影から現れた彼は、瞬時にその魔法を発動し、
屋敷ごと、彼の体を吹き飛ばした。
屋敷の大広間は天井が崩落した影響で屋敷の全てが
崩壊していき、彼がコレクションしていた宝物庫も瓦礫に
埋もれている。
カルムは仮面を深く被りこむと、その場から転移魔法を使い、
姿を一瞬にして消した。
その昼。
家に転移してから少し経った頃に、ハクロが両手と背中に
大量の肉や魚を持って帰ってきた。
思ったよりも苦戦しなかったからか、あまり疲れていなかった。
昼食を済ませると、ハクロに王都にシディスを見に行かないかと言われ、
ハクロの転移魔法によって、王都に来ていた。
「父さん…何か騒がしくない?」
「…何かあったようだが…今は母さんの所に行こうか。」
通り過ぎていく人々の会話から聞こえたが、
スペンディとヘテスの死体が、草原で十字架に架けられた状態で
見つかった…らしい。
最悪の未来は回避された…が、何か嫌な予感がしたのは
言うまでもない。
俺はハクロと手を繋いで、何も無かったかのように
シディスがいる騎士団舎の門をくぐり抜けた。
次の日に王都の新聞で、〈悪徳者殺しの〝裁きの天使〟〉という
記事が話題となることを、彼は知らなかった______。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます