第2話
「貴様ノ試練ヲ…教エテクレヨウカ?」
暗闇の中から現れたのは、骸骨型のモンスター。
黒い装甲を骨と骨の間に敷き詰めており、
骨本体以外には目に見えないが、おそらく魔法で防御が
施されており、背中からは赤いマントが掛かっており、
その手には、黒く汚れ、ボロボロになった古い魔導書が
握られていた。
「貴様ノ試練ヲ…教エテクレヨウカ?」
「…試練?」
そして、何よりも厄介な個体である証拠、
知能を持ち合わせてるという点。
カルムは腰に下げた短剣を一本取り出す。
(…まずはこれが効くかどうか…)
そのまま取り出した短剣をモンスターに向かって
素早く投げる。
ガキンと鈍い音が聞こえたと思うと、骸骨型の
モンスターは短剣を、肉のついていない、骨の身の顎で
自身の歯で粉砕し始めた。
短剣の刃は最初こそ形を保っていたものの、
今はただ、耳が痛くなりそうな不快な音を出して跡形もなく
粉々になっていく。
(やっぱり物理的な攻撃と魔法を付与していない武器での
交戦は不可…だったらコレだな。)
「〝雷撃魔法〟〝衝撃魔法・中〟」
モンスターの足元に魔法陣がいくつも重なり、層を成し、
そして青白く、激しく徐々に光り始める。
「ショット!」
魔法陣から勢いよく放たれたのは、カルムの超生成に
よって通常の〝雷撃魔法〟を何倍もの威力へと変化した
〝ショット〟。
覚えたのはかなり以前のため、詠唱を最大まで省けること
そして与えることのできるダメージが一番高い。
だが、それを使うというのは、相手を見誤らないための
最低限の対策でもあるのだ。
「…ソウカ、ナラバコチラモ応エヨウ。」
骸骨が、手に持った魔導書を開く。
嫌な予感より、期待通りと言ったところだろう。
なぜなら、その骸骨が使った魔法こそ______
「消去魔法、〝オールリセット〟」
カルムの目的である魔法だったからである。
つまり、7階にビルスネイクがいたように、
このダンジョンではモンスター同士のパワーバランスの崩れによって
生存エリアが変わっていたのだろう。
このモンスターこそが、探していたサイレントスカル
だったのだ。
何重にも張り巡らされた魔法陣が発動するより早く、
オールリセットはその魔法陣の能力を打ち消しにいった。
数秒前まで光り輝いていたのにも関わらず、
完全に機能しなくなったのか、もう形すら残っていない。
「当たりも当たり…大当たりだな。」
自身の得意技を打ち消されたことに動揺するよりも先に
彼の好奇心が体を突き動かす。
再び短剣を抜くと、そのままサイレントスカルに向かって
走り出す。
「無駄ダ、オマエゴトキ…敵デモナイ。」
そうすると、今度は魔法書無しでの時短詠唱が始まる。
間違いない。来る。
「〝オールリセット〟」
今は視えないが、黒いもやの様なものが出ているのだろう。
先程の魔法陣の上にかけられた時も、うっすらと黒い粒が
舞っているのが視えた。
つまり、〝オールリセット〟は消去魔法の中でも
一番厄介な、広範囲型の弱体化魔法。
これでは、超生成で組み合わせようとしている
〝探知魔法〟〝吸収魔法〟の発動条件である、
対象が身に纏っている、また、対象が攻撃として使用している
場合に限る_という条件を満たせない。
実際、以前夜に抜け出して草原で倒したモンスターの中にいた
シールドタートルの持つ〝バリアショット〟も同じ原理で
〝バリアショット〟を防御技として、こちらに撃ってきたと
魔法の中で解釈されてしまったため、その場合は完全に魔法を
吸収するのは難しく、成功率もイマイチである。
「…なるほど、これは無理ゲーモンスターだな…
けど、あの亀とは違って良い魔法が使えるから問題ないか。」
だがカルムは、その難問に、無理やりではあるが、
一番成功率の跳ね上がる方法を一つ知っていた。
カルムはそのままオールリセットの発動詠唱を
するサイレントスカルに向かって短剣を振りかざし、
そのまま頭に刃を突き立てた。
「オールリセ_」
オールリセットを発動させようと、サイレントスカルは
冷静に唱え始めたが、その冷静さを、カルムは
恐れずに斬りかかる。
「〝付与魔法〟身体強化、威力向上、雷撃、硬化!」
その時間、わずか2秒。
オールリセットよりも早く詠唱無しでの発動により、
食らうこと無く攻撃を仕掛けることができる。
さらに、既に上達した魔法での身体強化は、詠唱なしによる
デメリットを相殺する。
サイレントスカルは、カルムとともに、フロアを下に一直線で
突き抜けていく。
防御魔法の詠唱をする間もなく、ただ下へと沈む。
「身体強化、硬化、雷撃!!」
「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙……!!」
階層に位置したモンスターたちを全て巻き込み、
ダンジョンが一層ずつ潰れていく。
途中で顔を出したドラゴンもそのまま押しつぶされ、
アンデッドの群れは天敵であるホーリーベルの元へと
落ちていき、フルメタルゴーレムは溶岩のモンスター、
ヘルフレイムに溶かされて消えていく。
ダンジョンボスのドロップなど構わず、
ひたすら貫いていく。
もちろんそれで倒れるほど、やわなモンスターではない。
4層ほど貫いたことで現れた12層では、他の層と比べ、
天井と地面の距離が離れすぎている。
面倒な事に、知能のあるモンスターはこういったところでの
起点が異様に早い。
サイレントスカルに攻撃を与え続けるためには
最低条件として3つの魔法を立て続けに発動し、
相手に一切魔法の発動をさせてはならない。
ダンジョンの複雑な構造ゆえの障害が起こってしまった。
〝付与魔法〟雷撃を発動しようとするカルムの
視界からサイレントスカルの姿がフッと消える。
(やっぱりダンジョンじゃこれは無謀か…!)
視線を頭上に向ける。
魔導書を先程よりも早くに準備したのか、
考える間もなく、サイレントスカルの魔法が発動される。
「〝空間魔法〟不壊。」
フロア内に魔法が付与される。
常時発動している〝生命感知〟から、フロア内から
生命反応が2つを残して消えた。
「…マジか。」
この空間で付与された魔法は、使用者が解除するか、
使用者の意識を奪う必要がある魔法。
そして、下に突き進むことができないよう、
地面も壁も、今は傷一つもつかないようになっている。
カルムは、考えた。
どうすればサイレントスカルに攻撃として〝オールリセット〟
を使わせることができるのだろうと。
残された時間は約4時間。それまでの間にこのモンスターを
どうにかしなけらばならない。
そんなカルムを上から眺めるサイレントスカルが
ゆっくりと口を開いた。
「…オマエハ、〝オールリセット〟ヲ手ニ入レルタメニ
ココニキテイルノダロウ?」
(…⁉このモンスター…思考が読めるのか?)
「…そうだ。それで?そっちは何が言いたいんだ?」
驚くほど、このモンスターに敵意を感じなかった。
それどころか、何故か安心してしまうほどの雰囲気を
彼、もしくは彼女は醸し出していた。
「…話セバ長クナルガ、俺ハ今デハ
〈魔法使イ〉ノ末裔ダッタ。」
「…今じゃ誰もが生まれた時に持つ固有魔法のせいで
無くなった職って聞いてるけど…」
文献では、職として残されることとなったのが、
〈王族〉〈冒険者〉のみとなっており、魔法使いという
職は存在していたものの、固有魔法で成り上がれた社会では
不要な職としてこの世から姿を消した、と記されていた。
「…アナガチ間違イデハ無イガ、ソレハ王族ニ
上書キサレタモノ。本当ノ真実ハコウダ。
〝冒険者ト手ヲ組ミ始メタ魔法使イノ反逆ヲ恐レタ。〟
…言ワナクテモ分カルダロウ?」
その時カルムの脳裏にフッと何かがよぎった。
【カルム…私を殺して…?】
【お前は…きっとできる。信じている。】
【…君にはある使命を持って生きてもらう。これは命令
ではない、君への〝脅迫〟だよ。】
「何だ…これ…」
知らない顔、知らない声、知らない場所。
流れてくる情報を辿っていけば見えてくる、赤く染まった
何者かの死体の山。
思わず気持ち悪くて口を抑えた。
顔につけていた仮面はカランと地面に落ち、
発動していた〝生命感知〟や〝付与魔法〟が解除され、
その場にうずくまる。
「…コレガ試練ダ。少年。」
サイレントスカルの声が、情報を拒もうとする
カルムに重く響いた。
「今オマエニ見エタノハ、俺ニ会ワナイコトデ
訪レル、最悪ノ未来。成リ上ガッタダケノ冒険者一匹
ヲ潰ス。ソレデ安堵シテシマッタオマエノ未来ダ。」
うっすらと、ぼんやりとしていた光景が明るくなるにつれて
見えてきたのは、十字架に磔にされた、両親の姿。
「ソレヲ変エルタメニ、オマエニ伝エル。」
浮遊していたサイレントスカルは、うずくまるカルムの
元へと降り、そして骨だけの腕で、震える肩に手を
乗せた。
「スペンディヲ倒シタ後、他国ノ領地デ
悪行ヲ重ネタ領主ヲ潰シテ周レ。ソレサエ出来レバ、
オマエハ両親ヲ殺サズニ済ム。」
サイレントスカルが肩に置いた手から、ヒビが割れたように、
パリンという音とともに、その場で崩れた。
それと同時に、カルムの脳に映り込んだ光景が一瞬にして
消え、新たな魔法が、自身の身体に宿った。
そう、〝オールリセット〟が。
「…何がしたかったんだよ…サイレントスカル。」
だが、あのモンスターの言っていた事は正しいのだろう。
視野に入れていなかった。
たかが1人の遊び人を潰すだけでは、反逆だと
危険視した王族の一部が襲撃しに来てもおかしくはない。
なぜなら、俺は〈冒険者〉なのだから。
まだふらふらとする体を立たせ、ダンジョンの壁にもたれかかる。
ポケットから時計を取り出す。
夜明けまであと4時間。
さっきの貴族には幸い仮面を被った姿しか見られていない。
ここで引き返しても、尋問されない限りは何も問題はない。
「…行くか。」
だが、ここで止まっている場合ではない。
カルムは再び付与魔法と生命感知を発動し、
サイレントスカルが消えたことで不壊の解除された地面を
再び貫いた。
少年は、先の見えない不穏な人生に一歩踏み出したのだった。
________________________________
弟が死んだ。
私が家を出る頃だった。
突然鳴った電話と、家の近くの交差点に
野次馬が湧いているのを見て、嫌な予感がした。
「私達も最善を尽くしましたが___」
病院に足を運んだときには、もう遅かった。
父親が弟を轢いたトラックの運転手に掴みかかっているのも
母が泣き崩れているのも、全てどうでもよかった。
ただ今は、家族が1人消えたことの悲しみよりも、
信じられないという気持ちが勝っていた。
「…何してんだろ、私。」
母と父はトラックを運転していた男性と話し合いを
すると言って、まだ帰ってこない。
明日の講座の課題も中途半端なまま、ベッドで1人
寝転ぶ。
誇らしい弟だったと思う。
人一倍正義感が強くて、勉強はそこそこできて、
喧嘩は強いけど、そんなに争いはしたくない。
よくできた人間だった。
少し前、まだ私が高校生だった頃に二人で夜な夜なクリアした
変わった乙女ゲームのパッケージが棚に飾ってある。
「そういえば、よくこれやってたなぁ…。
乙女ゲームなのに恋愛要素よりもダンジョンとか、冒険者
ギルドとかあって…最後の攻略対象なんていきなり
レベルを上げとかないと倒せなくて…」
懐かしい気持ちで、棚に手を伸ばして手に取った。
タイトルは、〈クリア・マイ・ワールド〉。
発売された当時は、最早恋愛を抜きにしたほうが
売れるRPGゲームとしても有名だった。
だが、年が経つに連れ、裏ストーリーが発見されることで
これこそが乙女ゲームだよという、世間を二度もざわつかせた
ゲームとして、今でも多くのファンがプレイしている。
「久々にやってみようかな。」
この先では、弟がいない世界で生きていかなくては
ならない。だから、せめて二人で遊んだこの別世界で
たまに懐かしむことにしよう。
そう心に決め、私はゲームの電源を入れ、
ソフトを挿し込んだ。
やがてオープニングの音楽が流れ、画面が白く光った。
そして、弟のプレイヤー名、カルムが表示された、
いつの日かのセーブデータを選択した。
________________________________
「おはよう。父さん。」
「おう、よく眠れたか?カルム。」
何事もなく始まった一日。
朝早くから、遠くの知り合いの騎士団の訓練に
教官として参加するべく、母のシディスは早くに
出ていった。
テーブルに並べられた朝食のパンをかじり、雲一つ無く晴れた
青空の下で風に揺られる野原の花たちを見つめる。
「それじゃ、俺は今日は市場まで買い出しに行ってくるから、
気をつけて留守番してろよ?」
玄関のドアを開け、首から小さいカバンを下げたハクロが
カルムにそう伝えて、出ていった。
「分かった、気をつけるよ。」
二人とも、手紙の存在すら知らないため、
早くに俺の飯を用意して出ていった。
父は転移魔法が使えるため、おそらくここから真反対の位置にある
漁村に出かけたのだろう。
「さて…来たかな。」
馬の走る音と、車輪がガラガラという馬車の音が
聞こえてくる。間違いなく、スペンディだろう。
遊び人の領主がやることは一つ。
間違いなく、他につれてきた護衛での袋叩きだろう。
証拠に、生命感知に引っかかった数は約30人。
裏で王族に引き込むようにでも指示されたのだろう。
おそらく、スペンディの本来の目的は母を利用した
身分の昇格。
騎士団を雇っている王族の何者かに指示されたのだろう。
だが、それは今重要ではない。
俺の目的は昨夜サイレントスカルに会ったことで
回避できる最悪の未来の軌道修正。
要は、ひとり残らず見せしめに吊るせば牽制に、
裏で消せば恐怖を与えられる。
カルムは椅子から降りると、
キッチンに置いてあった布製の手袋をつけて
意気揚々と玄関のドアを開けた。
______続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます