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「きゃあああっ…ゴホッ、おじいさまああーーっ!おじさまあああっ!たすけっ…ゴボッ」
助けて、助けて。苦しい。息ができないわ。
湖の水を飲んでしまったみたい。
誰か、助けて。
“また”死にたくないの…
“また”…?
またってなに…?
うううくるしいそれどころじゃない、このままでは本当に死んでしまう。どうしよう、どうしようっ!!
やだやだっ!!だれかあっ!!
『あら、こんなところに人間の子供がいるわ?なぜかしら?』
『なんだ?なんでこの“聖域”に人間がいるんだ』
『分からないの、でも見て?あの子の首飾り…』
『首飾り…?アレは…!』
溺れて気を失っている子供の首にはこれでもかと光りながらも、精霊に馴染みのある紋様が浮かび上がり、そしてその光は、持ち主を守るように包み込む。
失ってはならない。
この子供は――――――なのだから、と呼びかけるよにして。
光に、呼びかけに反応し姿を現したのは滅多に人間の前には姿を見せず、召喚することすら不可能に近いとされる上位の精霊が二人。
好き嫌いが激しく、気まぐれで、きつい物言いは多いし気性は荒いと言われる闇の精霊と同じく好き嫌いが激しく、気まぐれで、人間が真の意味で純粋でなければ姿を見ることすらできないと言い伝えのある光の精霊。
『ったく、こんなところまできた人間久しぶりじゃねーか?仕方ねえなぁ…』
『ふふ、そうね、とっても久しぶりね。でも私は嬉しいわ。あら…?貴方やっぱり―――なのね?ふふふ、なら、大丈夫よ。私達が貴女を守ってあげる』
『……仕方なく、だぞ。仕方なく!!目を覚ましたらお礼しろよな』
◇
「……あぁっ……ニーナ!!どこにいるんだ⁈」
「父さん落ち着いてください。騎士を総動員して探してますから」
悲壮な面持ちで庭園の先にある森の入り口で立ちすくむ父さん。それを慰めるようにして隣に立つ。
ニーナと庭園で遊んでいたのに、姿が見えなくなってしまいすでに数時間戻ってきていないせいで、ただでさえ凶悪な顔が顔色まで悪くなって一気に子供に見せれるものではなくなっている。
それもそのはずだ。義弟からの頼みで預かったはず姪はまだ幼かったはずなのに、自分がなぜここにいるのか分かっているようだった。義弟達はこの子のためだとか何とか言っていたっけ。もちろん嘘ではないのだろう。
だが、自分でどうにかしようともせずに人に頼るだけなのはいただけない。しかも魔力測定をしてすぐなんて、体の良い厄介払いと何も変わらない。妹は何をやっているんだ?とは思わなくはないが、あの子は昔からそういう子だった。公爵令嬢として無駄に高い地位も美貌もあって周りには甘やかされて育ったのだ、自分だけではどうにもできないだろうな。何とも残念な妹だ。
あの日、五歳の姪は朝早く公爵邸の前に到着したようで、止まった馬車から降りてきて出迎えに出ていた父さんや母さん、私に向かって深々と頭を下げ「これからお世話になります」なんて無理した笑顔で言うもんだから、周りの使用人達でさえ胸を抑えていた。
こんな現状でも笑顔でいることを忘れずに、しっかりと挨拶もできる。そんな姪を見ていたら自分が彼女くらいの年齢のときはどうだったかな、なんて考えてしまうほどだった。
あんまりにも胸が痛みすぎて限界だったのだろう、姪を部屋まで案内して着替えさせている時に親族だけで使用する応接間で父さんも母さんも大泣きで宥めるのが大変だったなー。
まぁ、今もまだ十分に小さいが物心ついたばかりくらいの小さな子供が泣きもせずにいるなんてどう考えてもおかしい。正直、私は子供が好きではなかったが、それくらいは分かるつもりだ。だが、深く関わることはないと思っていたし父さんと母さんが本当に自分の子供のように大切に、大事にしていたしあまり気にしないようにしていた。
だから、まさか今こんなに遊ぶようになったり、あろうことか姪を可愛いと思うことがあるとは思いもしなかったよ。父さんの気持ちが少しだけ分かるようになったし、なんなら子供っていいな、なんて考えすらあるくらいだ。
いやぁ、人って変わるもんだな。ははは。
言わずもがな父さんは、孫のニーナをこれでもかというくらいに甘やかしている。可愛くて仕方ないのだろう。本人は熊のような見た目をしていて、尚且つ数年前の戦で失明した左目には眼帯をしている。式典や舞踏会、茶会では、その姿を見ただけで大抵の子供は泣き出すか、逃げる。そりゃあもう全力で。脱兎の如く。父さん可哀想。
本人はそんな見た目をしてても子供が大好きでお、茶目な性格をしているから慣れたら大丈夫なんだ、慣れたら。
そこがまた難しいんだけど。昔から逃げられるたびに落ち込んでいたのも知っているし、子供が好きなだけなのに…と不貞腐れていたこともあったそんな父さんを唯一、怖がらずにあっちだこっちだと連れ回す姪は大したものだと思う。
「きっと将来大物になりますね!」なんてニーナにつけた専属侍女のメリーなんかは、自慢げにしている。
初めの頃はあまり興味のなかった私まで絆されてしまってまあ可愛くて仕方ない。何でも言うことを聞いてしまいそうなくらいだ。しないけど。
母さんも娘が嫁いで父さんが爵位を私に譲ってからは社交もせず領地の隅に引きこもっていたはずなのに、本邸で孫とお菓子を作ったりお散歩をしたりとここ数年はかなり楽しそうに過ごしている。上王妃陛下を招いての茶会で孫自慢していた時はさすがの私も焦ったが。
久しぶりの休みである今日、思いっきり遊ぼうと約束をしていた矢先に事件は起きた。
父さんと私と姪でカクレンボという遊びを姪から教わり三人で遊んでいる最中だった。
何回か繰り返していくうちにこのカクレンボという遊びにハマった俺たち親子は、今度は私達二人で鬼をしよう、とニーナに提案をした。
するとニーナは
「ふふふ、おじいさまもおじさまもいじわるなのね?だいのおとながひとりのおんなのこをおいつめようというの?」
「え⁈あ、いや……」
「まーた君はそんなこといって……」
「へへ、いいの!そのかわりに、かぞえるのはおじいさまでいっぱいかぞえてくださいっ!しっかりかくれるので!」
なんてはしゃいでいた。
この時に私達がもっと気を付けていれば。森には入ってはいけないよ、と一言でも声を掛けていればよかったんだ。
あまりに大人びていて、普通の子供にはするであろう注意を怠ってしまった。後悔しても遅いが、これで姪に何かあったら…いやだめだ。こんな時だからこそ、冷静にならねば。
父さんは案の定、可愛い可愛い孫が姿を消したことで大慌てだ。
もちろん私も心配はしているが、父さんの慌てようを見たらな。逆に落ち着いてしまうというか。
せめて私だけでも冷静でいなければいけないと己を律する。
それにしても…公爵領にあるこの広い森で迷ったとなると見つけるのはかなり難航しそうだな。
「ニーナ、どうか無事でいて」
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