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貧乏伯爵家と影で呼ばれるようになり、数年。


我が伯爵家がこのように言われるようになったのは何も昔からではない。祖父、父が地位にかまけて遊び呆けた結果だった。

後継者として、諌めることもしないまま大人になった私の責任でもある。そんな私の元に嫁いでくれた妻の持参金で何とかここ数年は保っていたが、ついにそれも底をついてしまっていた。どうにかしようにも、どうしようもないものというのはこの世の中たくさんある。努力をすれば叶うなんてのは夢物語でしかない。鼻で笑ってしまいたくなるほどにくだらないと思う。



自分にこの家を立て直せるだけの才はないし、その事は自覚している。だからこうなってしまったんだ。




我が家には2人の子供がいる。今年で9歳になる長男と今年で5歳になる長女。


長男は妻の血が濃いのか、6才になり貴族学院への入学試験で次席という結果を出した。更に見目も良い。今は寮で主に生活をしていて、長期休みにだけ帰省してくる。


長女はとても愛らしく、将来は誰もが振り向くほどの美人になるだろう。そうすれば少しばかり頭が悪くても、魔力が少なくても嫁ぎ先には困らないはずだ。見目が良いというのはそれだけで価値があるのだ。


そう思っていたんだ、貧乏ではあるけど子供達には苦労はさせないだろう、と。事件は娘が5歳になった時に国の義務として受けなければならない魔力測定で起こった。

妻も私もそれなりに魔力はあるのだ、だから髪の色がホワイトブロンドだろうと、瞳の色が薄かろうと気にはしてなかった、なのに。娘の魔力は『測定不能』。教会の人間には、魔力が無さすぎて判定できないのだろう、と申し訳なさげに告げられた。なんだ、それは、と思ったさ。いいじゃないか、こんなにも愛らしくて可愛い娘なんだ、魔力無しだからなんだ、と。

親の欲目だと言われるだろうが、関係ない。可愛いものは可愛いのだ。そう、親はそれでいいかもしれない。


では、貴族学院ではどうだ?社交界は?色無し、魔力無しと言うだけで虐げられ、罵られる未来しかないのではないか?


そんな娘を、私達は守ってあげられるのだろうか。


漠然とした不安に苛まれた私は、妻に相談し義実家を頼ることにした。我々に守る力がないのなら、守れる力があるところで、静かに平穏な日々を送ってほしい。


私も妻も、大人の世界がどれだけ汚いのか知っているからだ。愛などという綺麗事では生きてはいけない、特に貴族社会は。



何度も義実家に掛け合い、相談し、これからの支援を一切しない、このような状況になるまでに支援したにも関わらず家を立て直すこともできなかった妻と私との縁を切り、この二つを条件に娘のニーナを送り出すことになった。


そして、娘を送り出す日はあっという間に来てしまった。

後悔しても、何もかもが遅すぎた。



「カイラス…早くしなさい」

「ま、まって!あなた!本当に、本当にこれでいいのかしら…この子は…!この子はれっきとした私達の子なのよ…?」

「大事だからこそ、だ。貧乏伯爵家では色無しの子がこの先何をされても守ってやれない。幸い、お義父様もお義母様も理解してくださっている。縁こそ切れてしまうが、この子のことを考えるならばこれでいいんだ。さあ、馬車にニーナを乗せるんだ」


時刻は深夜。

邸の前に止められた一台の馬車、公爵家が手配してくださった護衛の騎士と御者、最低限の人間だけ。


妻は泣きながら幼い子供を一人馬車に乗せたのを確認し、私は正面の座席に大きめのトランクを二つ置いた。まだ幼い娘は深い眠りについているようで少し硬い座席に寝かされているにも関わらずぐっすりと眠っている。


そんな娘の顔を覗き込んで、頭を撫でる。

身じろぎ一つしないが、すぅすぅと寝息が聞こえている。


「…あぁ、ニーナごめんな。不甲斐ない父で、ほんとうにすまない」


額にキスをして、また頭を撫でる。


「ニーナ、君の幸せを心より願っている。愛しているよ。どうか、どうか。幸せに」


 そう言って私は馬車から降りた。

後ろで泣いていた妻は、私が降りてきたのを確認すると馬車に乗り込んだ。


「あぁ…ニーナ…ごめんなさい。産まれてきてくれてありがとう、心から愛しているわ。どうか、色無しだからと人生を諦めずに健やかに育ってね。父様も母様もきっと貴女を愛してくれるわ。不甲斐ない母親でごめんなさい」


座席に眠る娘をそっと抱き締め、頭を撫でて額にキスをする。離れ難い、離れたくはない。

けれど、どうしようもない。どうにもできない、どうにかしてあげられなかった。


「せめて、これを…」


 馬車から降りる前に娘の手に自分が成人したときに祖母からもらったネックレスを握らせる。


「これはね、私のお祖母様からもらったものなの。お守りよ…これを、貴女に」


 ネックレスを握らせた手を改めてぎゅっと両手で包み込む。娘の幸せを祈るようにして。


「カイラス、名残惜しいのは分かるが…そろそろ…」

「…えぇ、そうね…」


「それでは、くれぐれも安全に。公爵邸へと頼む」


「かしこまりました」

「お任せください」


ゆっくり走り出す馬車の両側を挟むようにして護衛騎士が馬で並走し、邸から遠ざかる。



どうか、幸せに――。

どうか、自由に――。




娘が憎いわけでも、ましてや嫌いなわけでもない。心から愛している。だが、悔いても時は巻き戻せない。


己の力不足を悔いながらも、両親が一心に祈り、願うのは娘の幸せ。


 

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