第15話 借り物競走と本当の笑顔

 100メートル走、障害物走、騎馬戦が終わり――最後の選択競技、借り物競争が始まった。

 レースの順番は中学一年生の女子が最初だ。

 その後はごっちゃだけど……。

 私は最初、ってわけ。

 彩里も同じレースだ。負けそうで怖いっ……!


「いちについて、よーい、」


 バンッ!

 聞きなれた銃声が耳に入った瞬間に地面を蹴る。

 借り物は何が出てくるか分からないから全部大事って言ってたんだ。スタートダッシュも、走るのも、借り物するのも。


 あ、これ全部陽ちゃん情報だよ!


 ※説明が下手。


 左側を見ると、すぐそこに彩里がいる。しかも、少しだけ前に行かれてる。

 やだぁ! 負けたくないー!!


 意地で走ってお題の紙までたどり着く。

 一昨日の暴風のこともあって、テープで貼られているから、はがしちゃダメらしい。


「ふんっ!」


 ペラッと紙をめくると、そこには……!

『青色ハチマキ』

 と書いてあった。

 青色のハチマキは体育館グループだっ。


「彩里っ!」

「胡桃!」


 声を出したのは同じタイミングだった。

 私はするっと彩里のハチマキをほどき、手に持つ。


「お題、何だった?」

「『青色ハチマキ』だったよ!」

「あっそうなんだ~」


 競走中にも関わらず和やかに話す。

 全速力で走ってるから、バンジオッケー!!

 彩里と手を繋ぎ、ぶっちぎりの一位でゴールっ!

 こういうゴールもいいよね~!


「え~……体育館グループの松葉さんのお題は、『何でも話せる友達』ですね。松葉さんにとって、桜庭さんにだったら何でも話せますか?」


 実行委員会にこんな人がいた気がする。マイクを通して私たちに聞いている。


「もちろんですっ。胡桃は鈍感だし単純で天然ですが、そこがいいんです!」


 え、カンドー! 嬉しいー! ちょっと暴言言われてるー!


「彩里、大好きー!!」

「私も~!!」


 ノリッノリのテンションで彩里に抱き着く。

 すると。


「そして、音楽組の桜庭さん。競技中の相手への妨害は失格行為となります。4位ですね」

「え、どこが妨害ですか⁉」

「他人のハチマキをとるのは、ゴール時にどのグループなのか分からなくなるので妨害行為です」

「そんなの聞いてないー!!」

「常識ですよ?」


 彩里と比べて私への当たり、強くない?

 ちょっと違和感感じたけど、まぁいっか。

 得点板を見ると、音楽組が二位の組に20点差をつけて239点だ。


「まぁ、大丈夫でしょー!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大和Side


 借り物競走のほぼ全てのレースが終わり、最後は中学二年男子だ。

 かずかずから聞いたけど、くじ引きで決めたらしい。


 借り物競走は練習してきた。中学一年の時も借り物競走だったから、練習とかで大体のお題の予想はついている。

 でもこの学園は、いつも俺の予想を超えてくる。用心しなければならない。


「それでは最後のレースです! 借り物競走、フィナーレを飾るのは中学二年生の男子です! スタート地点についてくださいっ」


 俺のクラスメートで実行委員で幼馴染の星宮ほしみや 玲奈れながそう言って俺に向かってガッツポーズをしてくる。

 なぜかあいつは俺に執着してくるんだよな。


 実況席の後ろの方を見ると、かずかずが音量調節をしている。人によって声の大きさが違うから忙しいだろう。

 本当に、あの人は体育祭に出なくてよかったのだろうか。競技に出られなかったとしても、実行委員長として仕事はしたかっただろう。あの人はそういう人だ。


「いちについて」


 そんなことを考えている間に周りはセットしている。俺も慌てて身をかがめる。


「よーい、」


 実行委員の練習で何度も聴いた銃声。今現在ピストルを鳴らそうとしているのは智紀だ。あいつのタイミングなら大体わかる。

 今だ。


 バンッ!


 俺が走り出したと同時に銃声が鳴る。うん、いいタイミングだ。

 お題まで一直線。どうせ、美味しいお弁当、みたいなお題が出るんだろう――。

 ぺらりとお題をめくった。


 ――そんなの……あいつらしか、いないだろ。


 ダッと走り出した。

 今さっきまで借り物競走に出場していた胡桃、陽ちゃん、つばっさーは順位席にいる。


 トラックから外れて、三人のところへ。


「陽ちゃんっ……つばっさーっ、胡桃っ! 一緒に来てくれっ」


 俺は三人の手を引く。


「え、お題何だったの?」

「今はどうでもいいでしょ」

「えっ、聞きたい! 私まで連れて来られるってどういうお題?」


 三人の会話も無視、無視。今は競争に専念だ。

 俺は――実行委員のテントへ向かった。


「かずかず!!」

「え……⁉」


 呼ばれたかずかずは、とても驚いていた。

 自分なんかが借り出されるはずがない、と思っていたのだろう。


「一緒に来て……!」


 痛々しい包帯に目を落とす。

 でもさ……5人でゴールしてこそ、なんだよ。


「……俺が行ったら、大和の足を引っ張るだけだよ。4人で行っておいで」

「嫌だっ!!」


 今思えば、かずかずにわがままを言うなんて初めてかもしれない。

 もうずっと、かずかずの優しさに甘えてきた。


 でも。


 次は、俺の番だ。


「かずくん……お願い……!」


 ペコリと頭を下げる。

 俺の大切な人……。

 たとえ最下位になったとしたって、全員で……ゴールしたい!


「大和……」


 すごく昔の呼び名に驚いたのか、かずくんは……息を飲んだ。

 じっと見つめ返す。

 かずくん……あの頃のこと、覚えててくれたのかな?


「……行くよ」


 かずくんがそう言った瞬間に、四人で肩を担いだ。

 絶対に、かずくんの負担にはさせない。

 笑顔を見せて欲しい。

 その一心で、一歩、一歩、踏みしめて歩いた。


「体育館組が一着でゴール! 続いて芸術組が風船を持ってゴールしました。グラウンド組は大きな水筒を持ってゴールです!」


 実況からは玲奈がアナウンスしている。こちらを見て不審そうにしている。

 ごめんな、玲奈の思うような姿は見せられなかったかもしれない。

 それでも。


「20秒ほど遅れて音楽組がゴールです! 四着おめでとうございますっ!」


 俺は、全員を連れてゴールがしたかった。


 パァン!


 とクラッカーの音がスピーカーから流れる。

 かずくんは……笑っていた。


 照れ笑いのような、泣き笑いのような、いつも通りのかずくんではないけど、かずくんの本当の笑顔だった。


 良かった……。

 笑顔を、また見せてくれて。


 俺は噛みしめた。

 お題に書かれた、


『仲間』


 という文字を。

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