第14話 情熱のパン食い競争と取り戻したい笑顔

「第1レースがスタートしましたっ。赤色ハチマキのグラウンド組が一歩リードしています! 一足早くパンへたどり着きました!」


 パン食い競争が始まった。

 実況は緊張するけど……楽しい!

 自分が食べてるような気分になるんだぁ……!


「二度のジャンプでパンをゲット! 口に入れたパンは……メロンパンです! 私の好きなやつ~! おめでとうございますっ!!」


 グラウンドグループのメロンパンをゲットしたその男子は、こっちを見て不愉快そうに眉をひそめた。もそもそと少しずつ食べながら走っている。


「ははは……パン食い競争は、同じレースでは同じ学年の方たちが出場します。今回は高校2年生のレースです。先ほど個人の感想が出てきてしまいましたが、メロンパンをゲットしたのはグラウンド組の橋本さんです。少し後に2人揃ってパンをゲットしたのは、体育館組の石川さん、芸術組の岸間さんです。最後に、音楽組の五木さんがパンへたどり着きました」

「体育館組は……おっ。コーンパンです! くわえたまま走っています。お昼ご飯にするようですね。芸術組は塩パン。少し複雑な表情をしながらも端っこからかじっていますね。この学校から徒歩2分のところに、パン屋さんがあります。あそこの塩パンが美味しいんですよ~! 塩加減がちょうど良くて。皆さん、帰りにぜひ寄ってみてください!」


 名前を智紀が言って、レースの状況やプチ情報を私が言う。

 みんな笑ってるし、これ結構いいんじゃない?


 全然噛んでないよ? 私。


「そしてグラウンド組がゴール! 芸術組は悔しさをバネにしたのか、体育館組を突き放し2位にランクイン。体育館組は3位、音楽組は4位という順位になりました!」


 そういえば、莉乃はパン食い競争だったな。確か、この次だったような?


「次のレースは、中学1年生のレースです。僕たちの学年ですね、桜庭さん?」

「そうなんですっ。私の大親友も出るので、全員応援したいと思います!」

「え?」


 会話になってない気がする。それもこれも、実況の中で智紀が桜庭さんって私を呼ぶせいだ。胡桃、って呼びなよ! なんで苗字なの? わからん。


「第2レースが始まりました! スタートからリードしているのは、グラウンド組の鹿島さんです。パンへ一直線!」

「莉乃と私はよく近くのパン屋さんに行っているので、形状を覚えているのかもしれません。あ、私も覚えていますよ? そのため、自分の一番好きなパンだから全力疾走しています!」

「どうでもいいですね。その次に音楽組、グラウンド組、芸術組、と並んでいます」

「莉乃が早くパンにたどり着きました! パンの種類は分かっていたようです。一発でアンパンをくわえ、動じずに走り続けます! 音楽組の、誰?」

「夏島さん」

「あ、夏島さん。は、塩パンですねっ。おっ、喜んでいます! おめでとうございます~!」


 名前は一番最初に言ってよ。分かんないじゃん! だからこういうシステムにしてるのにさぁ。


「次、湯城さん」

「あ、はい! 体育館組の湯城さんは、コーンパンですっ。美味しそうです~。一直線に走っていきます!」

「次、矢次さん」

「了解っ。芸術組の矢次さんは、余りもののメロンパン‼ メロンパンが余るとかすごすぎですよ。運良すぎです!」

「と、グラウンド組がダントツ一位でゴールイン。音楽組、体育館グループ、芸術組の順でゴールです!」

「莉乃~! 一位おめでとー!!」

「ここで言うなっ!」


 私がおめでとうって言ったら、智紀に止められた。なんで?

 悲しいよぉ。


「そっ、それでは、どんどん盛り上がっていきましょー!! お次は中学3年生です! ……」


 実況なんて初めてだけど、意外と楽しいかも!

 実行委員、やってよかったなぁって、改めて思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 パン食い競争の実況が終わり、パイプ椅子を立った。


 後ろの方では……少し暑さにやられているかずかずがいる。

「実行委員長」と書かれた紙が貼ってあるパイプ椅子の上に置いてあったペットボトルを持って、かずかずのもとへ行く。


「かずかず。大丈夫?」


 少し遠慮して、小さな声で問いかけた。


「あ、胡桃ちゃん。実況お疲れ様」


 眉の下がった笑顔だった。


「大丈夫……じゃないよね?」


 かずかずは私のその言葉に、目を見開いた。

 一度下を向いてから、笑顔を、


「……大丈夫。俺のことは気にせずに、体育祭楽しんで?」


 顔を上げたかずかずは、やっぱり意志がなかった。


 やっぱり……かずかずは、体育祭に、絶対に出たかったんだ。

 その気持ちを押し殺して——実況までをを棄権した。


「……」


 励ましても同情してもかずかずを傷つけることになるのは、分かっていた。

 斜め後ろを振り向くと、大和くん、陽ちゃん、つばっさーが3人、並んでいた。


 ん、と3人が頷く。

 鈍感な私でもわかってるよ。


 絶っっっっっっっっ対、かずかずの笑顔を取り戻してみせる!!

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