第13話 決意のこもった大玉転がし、見直してしまった幼馴染

「それではっ、これから、第90回花里学園体育祭をはじめま~す!!」


 体育祭、当日。

 実況席には、実行委員の女の先輩。

 隣は――空いている。


「百航くん、やっぱり出られなかったんだね……」

「頑張って練習してたのにね……絶対、悲しいよ……」


 他の実行委員会の女子たちは、テントの後ろの方のパイプ椅子に座っているかずかずを見て眉毛を下げる。

 その右足には、痛々しい包帯が巻かれていた。


「パイプ椅子の移動など、色々迷惑かけてしまうこともあるでしょうし、今日の実況は辞退させて頂きます。一緒に実況する予定だった方にはきちんと謝罪し、僕がいなくても楽しい体育祭にしてもらえるように、実行委員長の責任をもって指導します。また、マイクやスピーカーの音量調整も任せてください!」


 そう言って実況を辞退したかずかず。


 どんな気持ちだったかな?


 かずかずはいつでも、自分より誰かのことを優先する、優しい心を持っている。

 かずかずが実況すればいいのに――とは思ったけど、かずかずが移動に時間がかかると、競技の進行に影響が出ちゃうんだよな~って、隣のクラスの熱血担任が言っていた。


 その分……私も、精いっぱい頑張るっ!!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「記念すべき90回目の体育祭。はじめを飾るのは、大玉転がしです!」


 実行委員の優弥と彩里(実は彩里も七羽も莉乃も実行委員!)が実況をしている。


「立候補者は各チーム30人。3人で大玉を転がし、コーンを回って戻ってきます」

「10周した時点で一番最初にゴールしたチームが勝利、記念すべき18点をゲットです!」


 優弥たちが台本を読んでいる間、大道具の人たちがコーンをポンポンッと置いていく。

 赤色の大玉はやっぱり盛り上がるよねっ。

 観客の方たちもみんな、「フュ~~~ッ」と口笛を吹いていたり、拳を突き上げて自分の子供を応援していたりする。


「さてっ、準備も終わったようですね。それでは、いきたいと思います!」

「いちについてっ、よーい、」


 バンッ!!

 銃声が響き、大玉転がしが始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 1、2、3と、着々とレースが進んでいく。

 大玉転がしに出る芸術グループの七羽は、確か……5周目だったような?


 今は手先が器用な音楽グループと芸術グループが秀でて一歩リードしている。

 その後ろをグラウンドグループと体育館グループが必至な表情でついて行っている状況だ。


 そろそろ5周目。

 一歩リードして、音楽グループの大玉が渡った。


「いちにっ、いちにっ、いちにっ、いちにっ」


 七羽を含めた3人は、声を合わせて必死に球を転がしている。

 それでも、少しずつ音楽グループに離されて行ってしまう。

 どうも、複雑な気持ちさん。

 ※「どうも複雑な気持ちだ」だよね。この「どうも」ってそういう挨拶的な意味じゃないから。


「……七羽ーっ! 頑張れー!!」


 私は叫んだ!!


 組が違ったとしても、七羽に勝って欲しい気持ちは変わらない。

 お願い……勝って!


「……七羽!! 諦めるな! 頑張れーっ!!」


 突然、隣からも大声が聞こえる。

 周りの観客の声より一層大きく、通る声だった。


「はっ!」


 つばっさー、だった。


「っ!!」


 こっちを見た七羽。

 熱のこもったつばっさーの瞳を捉えて、離さない。


 次の瞬間、七羽は前を向いた。

 一番外側にいたから、コーンを周るところはできるだけ速く、速く。


「……僕、図書委員会なんだ」


 唐突に、小さな声で、つばっさーがそう言った。


「七羽はいつも僕を手伝ってくれて、気遣ってくれて……そのうえしっかり者で、友達想いで。本当に、尊敬する人だ」


 つばっさーがこんなに語るなんて、いつもはない。

 それだけ、つばっさーにとって、七羽は大切な存在なんだ。


「この気持ちはまだ、よく分からないけど……これからも、七羽を応援していたい」


 つばっさーは、まっすぐ、七羽を見ていた。

 いつの間にか、芸術チームはリードしている。


「この気持ち……胡桃、見守ってくれないかな?」

「えっ、私?」

「そう。鈍感な胡桃なら、変なこと考えずに全部言ってくれそうだから」


 つばっさーはそう言って、微笑んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「つ、続いて、パン食い競争ですっ。こここ今回は、色々なパンがありそうでしゅね? ギャッ」

「……そうですね。塩パン、アンパン、メロンパン、コーンパンの4つのうちどれかが入っています。普通の学校ではまずパン食い競争をやらないので、どのようなものになるか興味深いですねー」


 ポチッとマイクの電源を切る。

 パン食い競争の実況担当は、私と智紀だ。


「胡桃さ、なんでそんなに噛むん?」

「だって恥ずかしくて……」

「合計4回噛んでたからな。次の練習、一応しておくぞ」


 舌が痛いよぉ。最後のセリフの後、ホントにベロ噛んじゃったんだよね。痛い痛いー!!


「やっぱり胡桃は、決まってる事じゃなくて目の前で起こってることを説明するのが得意なんじゃない?」

「かもしれない……」

「じゃあレースの説明を胡桃にお願いするわ。俺はレースに出てる人の名前呼ぶことにしよう」

「マジ智紀神様ー! ありがとうっ!!」


 ふっと智紀が微笑む。

 案外気を遣えるところもあるのね。見直したわ。く、悔しいっ。


「さて、それでは準備ができたようです。それでは、競技スタートです!」


 智紀がそう言った瞬間に、体育祭で定番の曲が流れ始める。

 かずかずが、ぐって、親指を突き立てた。


 でも……その笑顔には、いつものような包み込む感じのオーラはない。


 かずかず……本物の笑顔、取り戻してみせるよっ!!

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