第9話 体育祭とボーカル練習、もうどっち⁉

「あぁああああああああああ!!!」

「どうした胡桃、壊れてるじゃん」

「だってえええええ」

「だって?」

「どーせ時間がないとかどーとかでしょ」

「そうだよおおおお!!!!」


 私は半泣きで、珍しくものすごく短い登校時間を忙しく終えたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 なんでこんなに精神減額で朝が短いのかと言うと……。


 ※「減額」じゃなくて「限界」もしくは「極限」だよ!


 ガチャッ


「おはようございまーす……」

「どうした胡桃、遅いぞ」


 ふわぁ……とあくびをしながら音楽準備室に入ると、目の前には偉そうにソファに座ったブッチョー面の大和くん。

 そして珍しく自分の世界に入り込んで真剣にギターを弾いているかずかず。

 壁に凭れ掛かってスマホをいじっているつばっさー。

 そしてにっこにこの満面の笑みでその場で自転車漕ぐやつでトレーニングしている陽ちゃん。


なんで音楽準備室に自転車漕ぐやつあるの?


「それなに?」

「サイクルトレーナーだぜ!」


 開口一番に「サイクルトレーナー」。

 どれだけ体育祭気合入ってんのか。はぁ。


「よし、練習しようか」


 すっかり自分の世界から戻って来て部室を見渡したかずかずに、いつもの声で言われる。

 私は慣れた手つきでマイクを取り、スタンドにセット。


 外来語が多いよ~!!(最近やっと覚えた)

 そう、体育祭の練習が始まってからは、放課後の部活が無くなって、代わりに朝7時からのスパルタ部活だ。


 7時ってどういうことよ。着席まで1時間15分あるじゃん!!


「それじゃあ、『strawberry nightストロベリーナイト』サビ前のCブロックから」


 これまた専門用語。

 五線譜の上に書かれている、四角で囲まれたアルファベットをブロックと言うんだって。

 曲のキリのいいところで区切られているんだ!


「1、2、1、2、3、4」


「♪『ねぇ、君はどこにいるの?』そう問いても届かないから

  今、自分ができることを精一杯に」

「はーいやめやめ! 胡桃! もっと声出して!」

「はいっ!!」


 かずかずに急な呼び捨てで叱られるけれど、それどころじゃない。

 眠いっ!!!


「もう一回!! いち、にでいくよ! 1、2!」

「♪『ねぇ、君はどこにいるの?』そう問いても届かないから

  今、自分ができることを精一杯に」


 かずかずはギターに集中している。

 このままサビへ突入だ!


「♪strawberry night ねぇ、いつか甘い恋をしよう?

  strawberry night ねぇ、また会おうよ!

  今、君がどこにいるか何をしているか

  誰と会っているか想っているのか

  そんなこと分かる術はないけれど

  それでもずっと想い続けるから

  いつか、甘いキスをしたあの日まで

  いつか、君を抱きしめたあの日まで」


「はいやめ!!」


 サビは全部行けたけど、やっぱり難しい。

 すとろべりーないとのところはものすっごく高音で、シから高いファ♯にすぐ上がる。

 喉がはちきれそうだよー!


 でもやっぱりかずかずは的確な指示を出すなぁ。

 こういう人が最年長で良かったかも。

 つばっさーもかずかずと同じ学年だけどね!


「まず大和。もう少し柔らかく行けない? サビだからって張り切らないで、あくまで曲の雰囲気を忘れずに」

「へい」

「陽太。俺が言えることじゃないけど、俺が苦手なんだからもうちょっと低い音から全部いって欲しい」

「なんだよ、自分ができないくせに偉そうに! 楽しいからやるけどさぁ」


 かずかず、意外に怖いところもあるんだね。

 自分の方が苦手だからお前やれって。

 ははは、面白すぎるでしょー!!


「翼。俺が出した楽譜だからとやかく言えないけど、もう少しエレガントっぽくできない? 右手と左手交互で三連符」

「んー、まぁ。でも全部三連符だと曲の雰囲気崩れるから、十六符音符2拍の四分音符一回、最後の拍で三連符でいい?」

「あっ、それバランス良くていいかも。四小節目では後半八分三回とか行けそう?」

「そうだね、それがいいかも。ありがとう」


 つばっさーとかずかずが意味不明な言葉を発している気がするけれど、吐き気がするから聞くのはやめよう。


 ベースのことになるとつばっさーはめっちゃ喋るから、つばっさーファンの人たちに一回見せてあげたいなぁ。

 なんで他の人、入部させないんだろう?


「そんで、胡桃」

「は、はひっ!」


 楽なことを考えてたせいで、変な声を出してしまった。

 え、何? 私も叱られる?

 どこ~⁉


「まず、strawberry nightのところ! もうちょっと柔らかく、キーンとならないように高音で。次に問いかけのところ。『しよう?』のところは芯を持って。5W1Hのとこは変わり映え無いと面白くないから強弱つけて。『想い続けるから』のとこはもっとまっすぐ! 『あの日まで』のところは消えてなくなっちゃいそうなくらい小さな声で、でも届くように歌え!」

「はいっ!!」


 全て言われたことを高速メモ。

 この数日間で慣れてきたかも!

 楽譜が汚れていくのが悲しいけど、それも練習を頑張ってる


「よし、もっかい合わすぞ!」


 と気合を入れたところに。


 ガチャ……


「実行委員長、ちょっといいですか?」


 音楽準備室のドアが開き、遠慮がちの女子生徒が体育祭実行委員長のかずかずを借り出す。

 ああそうだ、私たち、体育祭もあるんだった。


「ああああああああああああああ!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る