第三話 裏切り男爵とペンダント

 ブリッツ達はアンナマリアとカイン父娘を貧民街の奥にある寂れた宿兼酒場に連れて行った。

 カインを二階にある寝室へと運ぶと、しばらくしてブリッツの仲間を名乗る一人の少女が宿に現れたのである。

 その少女は純白の法衣を身に着けたロンダイト聖樹教の女司祭に見えた。


「――で? 彼らの治療は?」

「は――はい、エレインお姉様……。あの男の人達の手首は、全て接合しておきました。二日もあれば元通りだと思います」

「すまないな――、手間をかけさせた」


 そう言って女武者――エレイン・ヴァンシヴァールは、新たに現れた金髪少女――ファンナ・フリストに頭を下げたのである。

 ファンナはその緑の瞳をくりくりさせて慌てた様子で手を振った。


「そんな――エレインお姉様!! この程度いつものことで……」

「ははは――そうじゃのう……、エレインは不快なものを見るとたいてい容赦がなくなって、加減を見失うからのう――」

「え?! 私そんなつもりで言ったのでは……」


 カウボーイハットを手に笑うアディ・ホートマンに、ファンナは慌てて言い訳をする。

 その二人のやり取りに、エレインは少し落ち込んだ様子で言った。


「――ファンナ……、本当にいつもすまない」

「ああ!! エレインお姉様?!」


 本格的に落ち込んだ様子のエレインをファンナが元気づけようとする。そんなやり取りを見ながらアディは言った。


「まあ――、貧民街の者は貴族方にひどい目に合わされた者も多いからのう――、ああやってグレる者がいるのも仕方があるまい――。それにエレインは本気で殺すつもりはなかったであろう?」


 その言葉にエレインはため息をついてから頷く。


「ああ――、目を見ればその怯えは手に取るように判る。狂気に任せて人を殺すような奴なら他の手を使う必要があった」

「そうじゃの――、手を落とすぐらいならファンナが軽く直せるし――な」


 その言葉にファンナは少し苦笑いして言った。


「まさか――私……、便利な治療アイテム扱いされていますか?!」


 その言葉を聞いてエレインとアディは吹き出すように笑った。

 ――そんな話をしていると、カインが寝ている二階からブリッツとアンナマリアが降りてくる。ブリッツはファンナが居ることに気づくとすぐにその元へとやって来た。


「ファンナ――、二階に寝ているこの娘の親父さんを治療してあげてくれ」

「あ――ブリッツ様……、了解致しました。任せてください」


 そう言ってファンナは早速、アンナマリアと連れ立って二階へと上がっていったのである。その場にブリッツが残る。


「――ふう……それで、だ」

「彼らの素性はわかったのか?」


 エレインのその言葉にブリッツは頷く。


「彼らは――、いや、彼は――、ジェイムボルド伯爵領においてローラン伯爵に仕えていた役人の一人だ。名をカイン・ピースヘイゲン男爵と言う」

「――カイン・ピースヘイゲン男爵……。ん? それは何処かで――」

「ああ……、昨日から帝都に滞在しているアラン・ジェイムボルド伯爵が追跡している”ローラン伯爵の仇”だよ」

「――!!」


 そのブリッツの言葉に驚きの顔をするエレイン。それを聞いたアディが言う。


「――それで? あの者を親父殿……エトガル様に引き渡すのか? ――あるいはアラン・ジェイムボルド伯爵に直接……?」

「いや――」

「? 何かあるのか?」


 そのアディの疑問にブリッツが真面目な顔で答えた。


「彼女から聞いた話では――、彼の父親は無実だと……、それを証明するために帝都へとはるばるやって来た……らしい」

「む? 無実の証明はアラン・ジェイムボルド伯爵に直接すれば良い話ではないのか?」

「まあ――本当ならそうなんだが……」


 ブリッツはそう言って二階に向かう階段を見つめる。

 エレインとアディは困惑の表情でブリッツを見た。



◇◆◇



「よいか――、今から私が言うことをよく聞くのだ」

「はい――、ローラン様……」


 その時、カイン・ピースヘイゲン男爵は、ローラン・ジェイムボルド伯爵の下に、極秘のうちに呼ばれていた。


「――よく聞けカインよ……。実は――我が家の資産が、何者かによって不正に浪費されておるようなのだ」

「な?! それは一体誰が――」

「ああ……、私自身の調べによると――、……いやこれはあくまで私の憶測故に、今は話すことが出来ぬ」

「――? ならばなぜ私をここに呼んだのですか?」


 困惑の表情を浮かべるカインにローランが言う。


「お前を――、唯一心から信じられるお前にコレを託したいからだ」

「これ――は、魔石?!」

「そうじゃ……、それは私の犯人の予測と、今まで浪費された資産の情報を記録した魔石――、万が一私がどうにかなった場合に、コレを帝都の皇帝陛下へ渡してもらいたいのだ」

「?! ――それは……、そのような重要な仕事を私に? アラン様は――」

「アレには任せることが出来ぬ……、それに我が弟――、ホーマーにも……な」


 その主人の言葉にカインは目を見開く。


「ま――まさか」

「いいか? コレは絶対に秘密にせよ。――誰にも漏らしてはならぬ。今はお前しか信用することが私には出来ないのだ」

「ローラン様」

「だから、もし私になにかあったら、その時は誰も信じるでないぞ? 最悪の場合は必ずコレをもって帝都へ――、皇帝陛下を頼るのだ」


 ローランの言葉にカインは頷いて魔石を手に取る。


「ああ、カインよ、私のせいで――、我が息子のせいでお前の妻は死んだ」

「――!!」

「だが……お前は今もその忠義を私に捧げてくれる。――私が唯一心から信じる者よ……。カイン・ピースヘイゲン――、いざとなったら……、そなたの命を守るためにも逃げるのだぞ?」


 その言葉にカインは涙ながらに頭を下げる。その肩にローランの手が置かれた。


 ――そう、それはかつてあった過去の幻。カインは……ソレを夢に見ていたのである。


「ああ――ローラン様」


 温かな力をカインは全身に感じる。その眩しい光に導かれてカインは目を覚ましたのである。


「う――? ここは……」

「お父さん!!」

「――アンナマリア」


 カインは娘を見て安堵の表情を作る。しかし、その顔はすぐに緊張の表情に変わった。


「――カイン・ピースヘイゲン男爵……でいいんだよな?」

「き……君は」


 その視線の先に、ブリッツを始めとして、エレイン、アディ、ファンナの三人娘がいたのである。


「――私の名を知っている? ということは……」


 そう言ってカインは無理に起きようとする。しかし小さな痛みを胸に得て顔を歪ませた。

 ファンナが慌ててカインを支える。


「無理はしないでください。傷が結構深かったので、まだ完全には痛みが取れていないはずです」

「――君たちが、私の治療をしてくれたのか?」


 カインはファンナに支えられながらブリッツの方を見て言った。

 ブリッツは頷いて答えた。


「ああ――、あんたの娘さんに頼まれたんでな」

「アンナマリア――」


 カインがアンナマリアを見ると、彼女は笑顔でカインに抱きついた。


「それで――、俺等がアンタの名前を知っていることでだいたいの事情はわかるだろうが」

「――私を……、カイン様に引き渡す……と?」

「まあ――本来ならそうするところなんだが」


 その曖昧なブリッツの言葉にカインが首を傾げる。その様子にブリッツは苦笑いしながら答えた。


「アンナマリアさんから聞いたんだよ。アンタが何のために帝都まで来たのか」

「――それは」

「皇帝陛下に……会うため――だよな?」


 そのブリッツの言葉にカインは頷いた。


「私は――ローラン様からある使命を授かっているのです。そのために帝都までやって来ました」

「ローラン様……か、アンタが殺したって噂の」

「私は彼を殺してはいない」


 そうきっぱり言い切るカインにブリッツ達は顔を見合わせた。


「わかった――、俺が親父に掛け合って皇帝陛下に面会できるように手配しよう」

「?! 本当ですか? ――貴方はいったい」

「俺の名は――、ブリッツ・バイゴッド、エトガル・バイゴッド鎮護将軍の息子だ」


 それを聞いてカインは目を見開いた。――と、その時、下階から宿の主人が上がってきた。


「おい――ブリッツ?」

「ん? どうした?」

「お前らに会いたいってやつが来てるぞ?」


 その言葉に不審そうな表情を浮かべるブリッツ達。すぐにカインとアンナマリアをその場において下階へと降りたのである。



◇◆◇



 下階に降りるとそこには鎧を着た騎兵が立っていた。それを見て何かを察するブリッツ達。

 なぜならその彼の鎧にはジェイムボルド伯爵領の兵である証――、紋章が見えたからである。

 警戒するブリッツ達を見て男は頭を下げた。


「貴方がたが――、貧民街で貴族らしき男女を助けたとかいう者たちですね?」

「――何のことだ?」


 その答えに男は笑って言う。


「ごまかす必要はありませんよ? ここにカインとアンナマリアが居ることは予想がついています」

「――」

「とりあえず――自己紹介しましょう。俺の名はシュナイゼル・ハーケンドルフ……、男爵位を持つ、ローラン様――、今はカイン様の配下のものです」

「シュナイゼル男爵?」

「そう――、そしてカインの幼馴染なんですよ」


 その言葉にブリッツ達は驚きの目を向けた。


「――どうか、カインと話させてはもらえないだろうか?」


 その言葉に言い淀むブリッツ達――、しかし、その時二階からカインの声がした。


「シュナイゼル――、わかった……話をしよう」


 その声を聞いてシュナイゼルは安堵の表情を浮かべたのである。



◇◆◇



「シュナイゼル――、お前も追跡隊に志願していたのか」

「まあ――、俺は根っからの文官だから……、ただ着いてきただけだがな。それで――、カイン」

「――私はローラン様を殺してはいない」


 その言葉を聞いてシュナイゼルは優しげに笑った。


「――だろうな。お前はそんなだいそれた事できるほど根性がある奴じゃないし……な」

「――む、それは――」

「はは……、冗談だ――。それで? 帝都まで逃げてきたのは――」

「――皇帝陛下に会いに来たのだ」


 その事を聞いてシュナイゼルは眉をひそめる。


「皇帝陛下に合って――、ってことは真犯人の証拠を掴んでいると? ならば――ソレをアラン様なりに話せば」

「それは出来ない――」

「なぜだ? 確かにアラン様もホーマー様も、一度思い込んだら曲げない頑固者ではあるが」

「ローラン様からの使命を預かっているのだ」


 そう言ってカインは胸に下げた魔石のペンダントを手で握る。

 それを不審な目で見つめるシュナイゼルであったが――、


「お前――、本当にローラン様を殺してはいないんだな?」

「ああ! 信じてくれ! お前なら――私の事を信じてくれるだろう?」

「――わかった。お前がここにいることはアラン様には言わない。――皇帝陛下に会って無実を証明するんだ」


 その言葉を聞いたカインはシュナイゼルに頭を下げる。

 ――そしてシュナイゼルは宿を後にして帰っていった。それをブリッツ達は静かに見送ったのである。


「ブリッツ――」


 ふとエレインがブリッツに話しかけてくる。


「どうした?」

「――あの男、どうやってここを知ったんだと思う?」

「――」


 黙って遠くを見つめるブリッツ。それを見てエレインは小さく呟く。


「そして――、何で一人で訪ねてきたんだと思う?」

「幼馴染だから――、カインの話を聞きたかったから」

「――本当にそうだろうか?」


 ブリッツは黙ってシュナイゼルが消えた先を見つめる。夜が更けようとしていた。



◇◆◇



 その夜――、カインが寝ている部屋に静かに潜入してくるものがあった。

 そいつはカインの寝ているベッドの脇にある机の上を探る。――そこに、魔石のペンダントがあった。

 そのままソレを懐に収めたそいつは――、


 カインを見てニヤリと笑ってからその場を去ったのである。


「――」


 しかし――、そいつは気付いてはいなかった。

 カインと自分以外に、その部屋にある人物がいて身を潜めていた事実を――。



◇◆◇



 翌朝――、その宿屋は騒然となっていた。


「――囲まれている?」


 エレインがそう呟くとブリッツは頷いた。


「あのシュナイゼルって奴――幼馴染を売ったのか?」


 ブリッツの言葉にエレインやアディ、ファンナまでもが暗い表情を浮かべた。

 ――と、その時、外から声が聞こえてくる。


「カイン・ピースヘイゲン! 追い詰めたぞ! 逃げても無駄だ!!」

「そうだ! 大人しく出てきて縛につくがいい!!」


 アランとホーマーが口々にそう言って叫ぶ。それを聞いてブリッツは顔をしかめながら宿の外へと出た。


「――お前ら、何を勘違いしてるのか知らんが。カイン? とか言うのはここにはいないぞ?」

「――嘘を付くな! 下賤な貧民風情が!!」


 アランの言葉にブリッツの顔が明確な怒りに染まる。


「貧民だから何だってんだ! ――テメエら貴族と同じ人間だろうが!」

「は――、愚かな! 我らとお前ら下郎を一緒にするな! 犯罪者を匿うつもりなら貴様らもこのまま押しつぶすぞ!」

「――」


 そのアランの言葉に、ブリッツは小さなため息をついて――、その顔の表情を消したのである。


「お前ら――、カインはこれから皇帝陛下に謁見する予定だ。それを邪魔するなら――こっちが貴様らを潰すぞ」


 その底冷えのする声に、少し慄きながらアランは言う。


「は――、皇帝陛下が下賤な貧民の言葉に耳を傾けるはずがないだろう?! ましてや犯罪者などの言葉を聞くものか!」

「お前は――、なぜカインを犯罪者だと決めつける?!」

「ふん――、当然であろう? あの男は私や父に明確な恨みを持つのだ。それを知るからこそ私は彼こそが父殺しの犯人であると――」


 ――と、その時、ブリッツの隣にカインが現れる。


「アラン様――」

「! ――カイン! やっと貴様を……」

「私はアラン様を恨んではおりません! ましてやローラン様のことを――」


 その言葉にアランが怒りの表情を作る。


「嘘を言うな! だったらなぜ父を殺した!!」

「殺してなどいない!!」


 その言葉を聞いて隣のホーマーが呆れ顔でアランに語りかける。


「犯罪者などに語りかけても無駄の極み――、このまま」

「そうだな……、問答など不要であろうな」


 そう語り合う彼らを見て――、ついにブリッツの怒りが頂点に達した。

 ブリッツは背後に控えるエレインに語りかける。


「アレを手に――」

「よろしいので?」

「ああ――、あのバカどもの頭をぶん殴って冷やす」


 その言葉に頷いたエレインは――、その懐から漆黒の手甲を取り出して、ブリッツの手にはめたのである。


「お前らは下がってろ――。バカの相手は俺だけでいい」


 そう言ってブリッツはその手の手甲を打ち鳴らす。


 ガキン!


 その瞬間、目にも止まらぬ速度でブリッツが奔った。それを慌てた様子で迎撃しようとするアラン達――、しかし、


「遅いぞ?」


 ドン!! 兵士の一人の腹にブリッツの拳がめり込む。そのままその兵士は意識を失った。


「貴様!! 貧民の分際で!」


 ホーマーが怒りの表情でその手の剣を振るう。しかし――、その剣はいくら振り回してもブリッツには当たらなかった。


「無駄だ――ボケジジイ」


 ズン!


 拳一閃――、驚愕の表情を貼り付けて昏倒するホーマー。

 そのあまりの事態にアランは怯えた表情を浮かべた。


(う……嘘だろ?! 叔父上はわが剣の師匠――、我が領地最強の剣士だぞ?!)


 怯えた表情のアランは背後にいる兵士たちに喚き散らす。


「お前ら!! あの貧民を切れ! 切り捨てるのだ!!」


 その言葉に前に出る兵士たちであったが――、


「ああああああ――」


 その数分後には全員地面に突っ伏して呻いていた。


「なんだ――お前は」

「アラン・ジェイムボルド伯爵――、この手甲を見ても俺が誰かわからんか?」

「え? ――あ」


 その時、アランの表情が絶望に変わった。その背後にいるエレインを見てさらに顔が蒼白になる。


「え? あ――皇帝陛下? それに――そこにいるのは皇后陛下?」

「――」


 エレインは黙って頷いた。

 アランは慌ててその場に土下座をする。それに意識を取り戻したホーマー他の兵士たち――、そしてカインとアンナマリアも加わった。


「ご……御無礼をお許しください皇帝陛下!!」


 アランは半ば泡を吹きながら頭を地面に擦り付けた。


「――やっとわかったか。愚か者が……、お前がどのような人間であるかはしっかり見させてもらったぞ?」

「す――すみません! どうかお許しを」


 アランの泣き顔にブリッツは小さくため息を付いた。そしてカインに向き直る。


「カイン――、俺に渡すものがあるんだろ?」

「は――はい!」


 カインは急いで立ち上がりブリッツの元へと走った。


「こ――コレを」


 そう言って手に持つ何かを渡すカイン。その時――、


「え? 何で――」


 不意に何処からか声が響いた。その声を発したのは――、


「どうした? シュナイゼル? カインがコレをもっていることが不思議であるか?」

「――?!」


 そう言ってブリッツは、その手にしている物をシュナイゼルに見せる。

 それは小さな魔石――、


「――昨晩、お前が持ち出したのは別物だ」

「あ――」


 その言葉を聞いて顔面を蒼白にするシュナイゼル。ブリッツは笑顔で魔石を背後のアディに渡した。


「さて――、アディ……、魔石の記録を再生してくれるか?」

「いいよ」


 アディは手にした魔石を胸に抱いて小さく呪文を唱えた。


【我が目指すは――、天の真理なり】


 その瞬間、空中に一人の人物の映像が生まれた。


「父上――」


 アランが絶句した様子で眺める。


「皇帝陛下――、もしこの映像を見ていらっしゃるということは、私になにかがあったということです。その時のためにこの記録を残します」


 そして――、彼の映像は静かに語り始めた。


「――と言うことで、私はこれらの不正取引を調べ……一つの事実を見出したのです。それは――」


 アランがその後の語りを聞いて息を呑む。


「ある特殊な割符を使わないと行えない取引が含まれていた――ということ。その割符を保管、管理している者は現状三人しかいませんでした」


 ホーマーは眉をひそめてアランを見る。


「それを保管する三人とは――、我が息子アラン――、我が弟ホーマー、そして――、財務担当官であるシュナイゼル……である」


 その言葉を聞いた時カインはシュナイゼルを驚きの目で見た。シュナイゼルは悔しげな表情でカインを睨んだ。


「シュナイゼル?」

「――」


 黙って俯くシュナイゼル。アランの方と言えば、泡を吹きながら叫ぶ。


「わ……私は父を殺してなど――、それに我が家の資産を横領なども」


 ブリッツがアディを見ると、アディは静かに頷いた。


「其奴は嘘を言ってはおらんぞ。おそらく其奴はシロじゃのう」

「ふむ――」


 次にホーマーが狼狽えた様子で叫ぶ。


「わ――私も兄を殺してなど……、伯爵家の財を食いつぶすようなことをするはずが――」

「ふむ――、その男もシロじゃの……、ということは」


 ただ一人シュナイゼルは黙ったまま言い訳をしようとはしない。ただ黙ってカインを睨むだけであった。


「――カイン。お前が俺を疑っている様子がなかったから……、チャンスだと思っていたのに」

「シュナイゼル――なんで?」

「なんで? ――わからんのか?」


 シュナイゼルは怒りの表情をカインに向ける。


「エリーゼは――、あのローランとアランに殺されたんだろうが!」

「――」


 その言葉に絶句するカイン。それを聞いてアランが驚きの表情をシュナイゼルに向けた。


「エリーゼ――カインの亡くなった妻?」

「――エリーゼは俺とカインの共通の幼馴染だった」


 その言葉にホーマーもまた驚きの表情を作る。


「それがある日――、亡くなったと聞いた。そしてその原因がローランとアラン親子にあると……」

「お前――それで……」


 カインは悲しげな表情でシュナイゼルを見つめる。シュナイゼルは言う――、


「アランが幼かった頃、エリーゼとローランの奥様とアランで森に散策に出かけた。そこでアランは悪戯で蜂の巣を刺激し――」


 カインは苦しげな表情で俯き、アランは泣きそうな顔でシュナイゼルを見つめた。


「エリーゼがその身でかばった――、そして、蜂の毒によって……。ローランは息子の治療を優先した――そしてほおって置かれたエリーゼは死んだ」


 ホーマーは苦しげな表情で目を瞑っている。


「――だから俺はその仇を取るために」


 シュナイゼルは怒りの表情をアランに向ける。しかし――カインは悲しげな表情でシュナイゼルに言った。


「お前は――間違っている」

「何を間違ってると言うんだ!」

「――あの時、治療の際私もその場にいたのだ」

「?!」


 そのカインの言葉にシュナイゼルは驚愕の表情を浮かべる。


「あの時――、ローラン様はより危険な状態であった私の妻の治療を優先するように言った。しかし――、妻がそれを拒否したのだ」

「え?! 何だと!」

「妻は――、アラン様こそ次の伯爵家を担う者であると――、自分より優先するように言った。私もローラン様も説得したが――、あの急ぐべき状況では妻の意思を曲げることは出来なかった」


 カインは天を仰いで涙を流す。


「だから――私は……アラン様を、妻の生命を受け継いだ御方として仕えてきた」

「カイン」


 アランが狼狽えた表情でカインを見つめる。


「――シュナイゼル。お前は……何もわかっていない。妻が――エリーゼが命をかけて守ろうとしたものが何かを」

「く――」


 シュナイゼルは苦しげな表情でアランを睨む。


「しかし――」

「シュナイゼル……、なぜ気づかなかった?」

「え?」


 不意にカインの背後に黒装束を身に着けた娘が立つ。その娘が手に何かを持っていた。


「あ――それは」


 シュナイゼルが驚きの目を向ける。それは砕けた魔石のペンダント。

 黒装束の娘はそのペンダントを手に小さく言葉を発した。


「そこの路地裏で見つけた――」


 それを聞いてカインがそのペンダントを手に取る。そしてソレをシュナイゼルに差し出した。


「コレは――、妻の形見のペンダントだ。記憶の魔石じゃない」

「あ!!」

「なぜ気づかなかった?! エリーゼをそれだけ想っているなら」


 その言葉を聞いて、シュナイゼルは狼狽えた表情でその場に崩れ落ちる。


「――俺は……、賭博で借金をして――、それが返せずに……仕方がなく伯爵家の財を――」

「お前は――、本当にエリーゼのためにソレをしたというつもりか?!」

「……ローラン様に見つかって――しかたなく殺して。ソレをお前におっかぶせて――」


 哀れなほど震えて泣き崩れるシュナイゼル。そして――、最後にシュナイゼルは意志のない瞳をカインに向けた。


「――俺は……エリーゼが好きだった。お前が妬ましかった――、ああ……クソ――そうだよ」


 不意にシュナイゼルが懐に手をいれる。その手に拳銃を握っていた。


「シュナイゼル!!」


 誰かが叫ぶ声と銃声は同時に響いた。


「――シュナイゼル」


 カインはただ呆然と事切れた幼馴染を見つめる。そのこめかみから血が流れて地面を汚していた。

 こうしてローラン伯爵殺害の真犯人は自ら生命を絶ったのである。



◇◆◇



 O.E.1786年7月――、後宮に一人の女性が女官として入った。その名はアンナマリア・ピースヘイゲン。

 その父親であるカイン・ピースヘイゲン男爵もまた、エトガル・バイゴッド将軍の配下に加わり、この父娘はこれより帝都ガニンガムで暮らすこととなった。

 そのカインの胸には――、修復された魔石のペンダントが今も輝いている。

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