五話 嵐の前

「……おっ、来た来た」

 セニカガに乗って何時間もかけて移動し、ゲーイレ奪還の作戦基地に到着した頃には、もう日が暮れていた。そこは、小高い丘の上で、寝泊まりや会議に使うのであろう大きなテントが、既にいくつも設置されていた。そこから見える、海を背景に遠く霞んでいる街が、今回の作戦の舞台、ゲーイレだ。


 うねうねした長い金髪の若い女性が、こちらに手を振っている。

「初めまして。私はリカ・バートン、五級魔法使いです。あなたは?」

「私はサリア、二級魔法使いだよ。よろしくね」

 彼女が微笑んだ途端、意思に反して、私の口角は勝手に上がっていった。彼女の笑顔が、とても綺麗だったせいだろうか。

「いい笑顔だね。さて、君は?」

「ランクル・アシュム、五級魔法使いです」

 やっぱり、ランクルも不自然なくらいの笑顔になっている。その後に自己紹介をしたエネリアも、コーストも、みんなあっという間に満面の笑みだ。

「……これ、サリアさんの魔法ですか?」

 不審に思ったのか、エネリアが質問する。

「おっ、勘がいいね。どんな魔法だと思う?」

「……人を笑顔にする魔法?」

「うーん、そんなかわいい魔法だったら、私も嬉しいんだけどね……。私の魔法は、『視界に入った生物の筋肉を操る魔法』だよ」

 四人揃って、「おー」と声を漏らす。強そうな魔法だなと思いながら、サリアさんについて行き、私たちは作戦基地に集っている他の仲間と顔を合わせた。

 魔法使いのパーティーは、基本的に四名で構成される。最初はみな五級魔法使いで、パーティーは五級パーティーと呼ばれるが、メンバーのうち三名が、四級魔法使いに昇格すると、そのパーティーは、四級パーティーと呼ばれるようになる。パーティーの階級は、その後も同じシステムで上がっていく。

 今回のゲーイレ奪還作戦には、私たちのパーティーを含めた、五級パーティー二組と、三級パーティー二組、サリアさんが率いる二級パーティーが動員された。

 四級以上の魔法使いの戦力は、最低でも、一つ下の階級になったばかりの魔法使い四人分の戦力に相当すると言われている。だから、戦力から考えれば、こちらの勝利はほぼ確定していた。


「コースト五級パーティーは、街の西側で戦闘するサントス三級パーティーの援助を行って。今回の襲撃はかなり計画的で、増援が来ることも十分に考えられるから、最後まで気を抜かないでね」

 中央にある大きなテントの中、テーブルいっぱいに広げられたゲーイレの地図を指さしながら、サリアさんが説明する。

「最後に、私たちのパーティーは、隠密行動して、ナーサリーに奇襲を仕掛ける。……さて、何か異議はある?」

 その場にいる全員が、覚悟を決めた表情で、しっかりと首を横に振った。

「じゃあ、これで解散。今日はもう遅いし、魔法省から配布された夕飯を食べたら、もう寝ましょう。作戦の決行までは、私たち二級魔法使いが、各パーティーを訓練するから、そのつもりで」


 作戦会議を終え、私たちは自分たちのテントへと移動した。奥の方には四人分の寝袋や、作戦決行までに必要な分の食料、色々な薬が入った救急箱が置いてあった。そして、中央には大きなテーブルがあり、それを囲んで椅子が四脚並べられている。

「明日から、二級魔法使いに稽古をつけてもらえるのか……」

 スープの水面を見つめながら、コーストは、嬉しそうだけど、どこか嫌がるような声で呟いた。

「あーあ、楽しみ」

「そうだね、本当に」

 わざとらしく明るい大きな声で言うエネリア、苦笑いしながら相槌を打つランクル。私は楽しみだったけど、やっぱり、ついて行けるかという不安の方が勝っていた。


 早めに布団に入ったのはいいけど、エネリア以外はみんな寝付けなかったので、三人でこっそり起きて、眠たくなるまでカードゲームをした。結局、眠りに落ちたのは真夜中だった。

「みんな、どうしてそんな疲れた顔してるの?」

 寝不足でだるそうにしている私たちを、エネリアは不思議そうに眺めていた。


「さて、さっそく始めようか。とりあえず、君たちの実力を知りたいから、四対一で戦ってみよう。全力で攻撃していいけど、殺さないでね」

 私たちを担当してくれるサリアさんと、作戦基地の外れにある森で向かい合っていた。「殺さないでね」なんてサリアさんは笑って言ったけど、そもそも殺せるわけがない。

「じゃあ……」

 真剣な表情をして、年季の入った杖を私たちの方に向けるサリアさん。私たちも杖を構え、臨戦態勢を取る。

「……はじめ!」

 一斉に攻撃を仕掛ける。サリアさんは、私たちの攻撃が着弾する場所だけに、的確に防御魔法を展開し、いとも簡単に全ての攻撃を防いだ。

「防御魔法の全面展開は意外と魔力を使うから、こうやってコンパクトに展開した方がいいよ。相手に攻撃の軌道を変えられないよう、ギリギリで展開するのもコツだね」

 近づいたり、手数を増やしたりして、繰り返し攻撃を仕掛けるが、サリアさんはその全てを防ぐ。

「あと、戦う時はどうやって攻めるかだけでなく、相手の固有魔法にどう対処するかを考えるのも大切だよ。やらないけど、私の魔法だったら、みんなの心臓を止めて瞬殺できちゃうからね」

 笑顔で恐ろしいことを言い放つサリアさん。相手の固有魔法の対処法、か。サリアさんの固有魔法は確か、「視界に入った生物の筋肉を操る魔法」だよな。……あっ、わかった。


 ――全速力で走り、距離を詰める。

怖いものを操る魔法フメリオ!」

 そして、瓶に詰めていた「暗闇」を、サリアさんの目元に飛ばした。

「おっ、いいね。リカちゃんの魔法は、『恐怖と、ほとんどの人が恐怖を感じるものを操る魔法』だよね。確かに、暗闇はおっかない」

 エネリアに魔族の血を入れた水筒を渡された時に思いついて、瓶に詰めて携帯していた暗闇。まさか、こんなところで役に立つとは。

「……実戦だと、視界を奪った次の瞬間に、仕留めるのがいいね。相手に状況を理解されると、逆に返り討ちにされちゃうからさ」

 そう言って、シャトラールの光の弾を、私たちの顔の前まで、一瞬で飛ばしたサリアさん。……やっぱり、二級魔法使いはすごい。

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