四話 訓練
「昨日の今日で訓練なんてしてるの? 真面目だねえ」
振り返ると、そこには私を冷やかすように笑っているエネリアがいた。最初の任務を終えた日の翌日、私は、街の近くにある森で朝から訓練をしていた。
「うわっ、もうこんなに切り倒したの? というか、ナイフは? 壊れたんでしょ?」
無心で木を切り倒していたから、私たちの頭上だけが、やけに見通しの良い青空だ。
「起きてすぐに、魔法省の支部でもらってきた。あと、任務完了の報告も済ませたから」
「仕事が早くて助かる」
そう言うと、エネリアはフラフラと森の奥の方へ歩いて行った。
「エネリアも訓練するの?」
「うん。リカも一緒に来て。見せたいものがあるから」
「よし、ちょうどいいのがあった」
しばらく二人で歩いていると、エネリアはポツリと呟いて、苔むした大きな岩の前で立ち止まった。
「リカも知ってると思うけど、魔法っていうのはさ、魔力を濃縮した方が威力が上がるんだよ。今後、ブレオと同じくらいの強さの敵と戦う時、ちゃんとダメージが入る威力の高い攻撃ができないと、困るでしょ?」
「うん」
「だよね。だから、こうするの……」
人差し指を岩にちょこんとつけるエネリア。
「
――私は、目を疑った。エネリアの出したシャトラールは、なんと、その大きな岩を完全に貫いたのだ。
「さて、リカもやってみて」
こんな神業をやってのけたのに、エネリアはなんてことないような顔をしている。
「えっ……」
「シャトラールでやれとは言わないよ。ほら、これあげる」
そう言って、エネリアは水筒を私に手渡した。
「開けてみて」
「わかった。……血?」
「うん、昨日の戦場で回収してきた魔族の血。現地調達もいいけど、いくらかは携帯しておいた方がいいと思ってね。この血を使って、この岩を貫いてみて」
それからの訓練は、気が遠くなるほど大変だった。エネリアは教える側になると、かなりスパルタなのだと思い知った。
「ほら、もっと圧縮して」
「いや、無理だって」
「ふーん……私に負けたままでいいんだ」
その上、私の言われた嫌なことまで把握しているから、余計にたちが悪い。結局、訓練は夕食の時間まで続いた。そこまでやっても私は、その岩の半ば辺りまでしか貫くことができなかった。
「……二人は、私たちが訓練している間、何をしてたの?」
レンガ造りのこぢんまりとしたレストランで、私たちは夕食を取っていた。レストランでは、魔法使いの特権によって、特別に価格の高い料理を除き、全ての料理を無料で食べられる。
「俺はこの街を散歩してたよ。ランクルは?」
昨日はあのまま眠ってしまって、朝はみんなが起きる前に森へ行ったから、最初の任務を完了した後、みんなとちゃんと話すのは、これが初めてだ。
「僕は図書館に入り浸ってた。今は休養期間だから、次の任務が来るのは最短でも三日後でしょ? リカとエネリアも明日は少しゆっくりしたら?」
「おっ、いいね。リカ、そうしようよ」
目を輝かせて言うエネリア。私の訓練に付き合ってくれていた時とのギャップで、風邪を引きそうになる。
「うーん……考えとく」
「真面目だなあ」
つまらなそうな顔をしたエネリアは、フォークでハンバーグを突き刺して豪快にかぶりついた。フォークと一緒に添えられていたナイフも、口の周りについたソースも、全く気にしていない。
「まあ、好きに過ごすといいよ。……ところでさ、俺、ちょっと気になってたことがあるんだ。みんなは、どうして魔法使いになろうと思ったんだ?」
コーストのその真面目な声で、テーブルの雰囲気は、がらっと変わった。
「……僕は、魔族に占領されている地域にある遺跡や歴史のある街を、この目で見たいからかな」
真っ先に答えたのは、ランクルだった。少しためらってから、私もその後を追って答えた。
「私は、魔族を根絶やしにしたいから、魔法使いになった」
「どうして魔族を根絶やしにしたいんだ?」
「両親を、魔族に殺されたから」
その時のことを思い出したくなかったから、簡潔に答えた。コーストは、暗い表情をして、今度はエネリアに魔法使いになった理由を訊いた。
「お姉ちゃんに辛い思いをさせたくないから、かな。私のお姉ちゃん、一級魔法使いなんだけど……」
当たり前かのように話を続けるエネリアを、全員で「ちょっと待った」と止めた。
「一級魔法使い? 私、一級魔法使いなら全員知ってるけど、名前は?」
「イーリナだね。イーリナ・ユーレン」
「えっ⁉ あの『光を操る魔法』の使い手で、二年前、史上最年少の二十歳で一級魔法使いになった、イーリナ・ユーレン?」
「おお、詳しいね。……で、続きを話していい?」
「……あっ、うん」
思わず前のめりになってしまっていて、少し恥ずかしかった。一級魔法使いは、昔から私の憧れの存在だったから、つい熱くなってしまった。
「私のお姉ちゃんは、昔から正義感が強くてね。才能もあったから、魔法使いになったんだけど、実はめっちゃ怖がりで、血とか見るの大嫌いなんだよね。だから、私が魔族をたくさん殺して、お姉ちゃんの仕事を減らしてあげようと思ったの。どうしてコーストは、三十歳まで粘ってまで魔法使いになろうと思ったの?」
「……十三歳くらいの頃、魔法学校の同じクラスで、好きだった女の子がいたんだ。その子は、俺と同じ街の出身で、『魔族に大切を奪われない世界を実現したい』とよく言っていた。そして、誰よりも強く魔法使いになりたいと願っていた。……だけど、そんな彼女の願いは、叶わなかった」
全員の視線が、コーストの悲し気な瞳に集中していた。コーストは、鉄の扉を開けるみたいに重く口を開いて、続きを話した。
「……十五歳の時、実技の授業中の事故で、下半身が動かなくなったんだ。今は、故郷の街で暮らしている。……最初は、単にかっこいいと憧れていたから、魔法使いになりたかったけど、あの事件が起きてからは、彼女の願いを叶えるために、『魔族に大切を奪われない世界』を実現するために頑張ってきた。手紙で認定試験に合格したことを伝えて、もう返事も来たけど、実際に会って話したいから、任務で故郷の街の近くを通る時は、少し寄らせてくれないか?」
――断れるはずがなかった。私たちは、異口同音に「いいよ」と言って頷いた。
あれから私たちは、新しい任務が来るまで、その街に滞在して訓練をした。エネリアは基礎体力と四大基礎魔法の訓練、ランクルは古代生物を効果的に使う訓練、私とコーストは、それぞれの固有魔法の威力を高める訓練を行った。
「
休養期間の最終日の夕方、私はやっと……。
「……へっ、嘘? やった!」
あの岩を完全に貫くことに成功した。
――新しい任務が来たのは、その次の日だった。その任務は、昨日の成功でどんな任務でもこなしてやると意気込んでいた私を、後退らせるほどの内容だった。
「ゲーイレに現れた、『氷を操る魔法』を使う二級魔族『ナーサリー』とその仲間を討伐する、サリア二級魔法使いのパーティーを筆頭とした特別隊を結成する。攻撃を仕掛けるのは、一週間後。それまでにゲーイレに集まり、他のパーティーと作戦を立てよ」
ゲーイレとは、魔族の支配域のすぐ近くにある港町。二級魔族とは、二級魔法使いが二人で協力すると倒せるレベルの魔族のことだ。その他には、「二級魔族はナーサリーだけであること」や、「ナーサリーの仲間は二十五体から三十体ほどで、いずれも五級から四級魔族であること」や、「住民の避難は既に終わっていること」などが書かれていた。
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