一話 門出

 十歳の誕生日を迎える年の八月に、メルシア王国の全ての民は、「資質検査」を受ける。資質検査では、活力を魔力に変換する能力の高さや、固有魔法の判別を行う。

 ソーテリアは、主に「基礎魔法」と「固有魔法」に分かれる。基礎魔法は、全ての魔法使いが使える魔法で、光の弾を撃ち出す魔法シャトラール光の殻を生み出す魔法サザーノル傷を癒す魔法フィアード身体能力を強化する魔法ニーアソーレの四大基礎魔法を軸とする。

 固有魔法は、一人につき一種類しか扱えない高度な魔法で、どのような固有魔法を操れるようになるかは、主に血脈と幼少期の生き方によって決まる。


 魔族と戦う魔法使いを志す者は、資質検査で一定以上の才能を持っていることが証明されると、資質検査の翌年の一月一日、魔法学校に入学する。そして、十六歳になる年の八月に、五級魔法使いと認定されるための「認定試験」を受け、合格すれば翌年の一月一日に卒業できるのだが、この認定試験は難易度が高く、一発合格する者はほとんどいない。


 ……今日、南部州の州都「ガレス」の魔法学校では、認定試験に合格し、新たに魔族討伐の任務にあたるパーティーの出発式が行われた。学長の長い演説を聴き終え、荘厳な校門を出た魔法使いたちは、最初の任務に旅立とうとしている。


  ~ガレス魔法学校前~


「パーティーが決まってから忙しくて、お互いにゆっくり自己紹介する時間がなかったから、まずは自己紹介から始めよう」

 新調した杖と、配布された五級魔法使いのバッジ、魔法に強い繊維で作られた白いローブが、「やっとスタートラインに立てた」ということを私に実感させる。

「私はリカ・バートン。十六歳で、固有魔法は『恐怖と、ほとんどの人が恐怖を感じるものを操る魔法』」

「俺はコースト・ゼンルーク。リカの後だと言いにくいんだけど……三十歳だ。固有魔法は、『空気を操る魔法』」

 その大きくて丈夫そうな体をもじもしさせて、コーストが言う。三十歳というのは、魔法学校に留年できる最高齢だ。

「私はエネリア・ユーレン。リカの後でも言いにくくない十六歳だよ。固有魔法は、『願いを叶える魔法』」

 いつもの明るい笑顔で話すエネリア。同い年で、何度か同じクラスになったことがあるけど、話したことはほとんどない。

「おいおい嫌味だな……って、願いを叶える魔法⁉ どういうことだ?」

「願いを叶えるって言っても、流石にどんな願いでも無制限に叶えられるわけじゃないよ。ちゃんと制約があって……」

 勢いづいて話し出す二人。

「ちょっとストップ! 質問は、全員の自己紹介が終わってからね」

 エネリアとコーストの間で右往左往していたランクルが、私の言葉に安心した顔をして、前に一歩踏み出す。

「えーと……ランクル・アシュムです。十八歳です。固有魔法は、『古代生物を召喚して操る魔法』です」

 その姿に覇気は一切感じられないが、とても真っ直ぐで強い意志を宿した目をしている人だった。

「……よし。じゃあ、質問タイムね。まずは、願いを叶える魔法の詳細から」

「ああ、うん。願いを叶える魔法には、主に制約が二つあって、『死に直結する願いは叶えられない』ってことと、『願いの対象に触れて、古代メルシア語で願いを言わなければ発動しない』ってこと。あと、実現する難しさに比例して、消費する魔力は大きくなるよ。対象に触れないとダメっていう性質上、攻撃に転用するのは少し難しいから、主にサポートや回復を担うことになるかな。……試しに、実演してみるよ」

 そう言うと、エネリアは私の手を握った。昔から、エネリアはどんな人に対してでも、やたらと距離感が近い。

笑ってくださいエン・ソル

 エネリアがそう言った次の瞬間、私はわけもなく嬉しくなって、あっという間に満面の笑みになった。

「ほらね、こんな感じ。……それにしても、笑顔にするだけなのにこんなに魔力要るって、リカってほんとに笑わないんだね」

「……ま、まあね」

 表情はすぐに元に戻ったけど、さっきの不自然な笑顔に、三人は笑いをこらえている。

「はい、僕も質問していいかな?」

 ランクルが定規みたく真っ直ぐに右手を挙げる。なんだか、先生になったような気分だ。

「もちろん、どうぞ」

「リカの魔法の詳細ついて教えてほしい」

「ああ、私の魔法ね。私の固有魔法は、さっきも言った通り『恐怖と、ほとんどの人が恐怖を感じるものを操る魔法』で、例えば……怖いものを操る魔法フメリオ

 ローブの下に隠していた四本の小さめのナイフを浮かせて、みんなに見せる。

「こんな感じで、ナイフを操って攻撃するのが主かな。魔力を込めて殺傷能力を高めたり、高速で撃ち出したり、大きさを変えたり、形状を変えたり、色々なことができるよ」

「なるほど。他にはどんなものを操れるの?」

 さっきの自信がなさそうな姿とは打って変わり、ランクルはとても生き生きとした顔をしていた。きっと、知らないことを知るのが好きなんだな。

「他の実用的なもので言うと、まずは血だね。ナイフで攻撃して血を出させて、それを使って相手を拘束したり、串刺しにしたりできる。あとは、暗闇かな。視界を良くしたり、集めた暗闇を濃縮して、敵の視界だけを塞いだりできる」

 ランクルの期待に応えようと、詳しく説明する。ランクルだけでなく、みんなが「おー」という顔をしているのが、少し誇らしい。

「あと、恐怖自体を操る魔法だけど……こんな感じだよ」

 エネリアの方を振り返り、その目を見つめる。

恐怖を操る魔法ミスコーフ

 さっきまでは元気いっぱいだったエネリアの顔が、みるみると青ざめていく。

「こ、こんな感じなんだ。怖いものなんて何もないのに、怖くて逃げ出したい」

「協力ありがとう」

 魔法を解くと、エネリアの顔色はあっという間に元に戻った。

「発動条件は、相手の目を三秒間見つめること。こんな感じで、相手を怖がらせて竦ませることもできるし、その逆で恐怖という感情を失くしたバーサーカーを生み出すこともできる。あとは、上手くやれば服従させることもできるね。だけど、人間の恐怖と魔族の恐怖は違うから、今はまだ人間にしか使えない」

 私がそう説明すると、魔法をかけたわけじゃないのに、みんなは怖がった顔をした。

「……仲よくしような。リカの言うことだったら、俺、何でも聞くよ」

「いやいや、みんなには使わないよ。……よほどのことがない限りはね」

「……さ、さて、次は私が質問しようかな。ランクル、『古代生物を召喚して操る魔法』の詳細を教えて」

 話の流れを変えるように、エネリアが言う。

「僕の魔法は、その名の通り、遥か昔に絶滅してしまった特異的な能力を持つ生物、『古代生物』たちを召喚して操る魔法だよ。能力はオリジナルと全く同じなんだけど、魔力による再現だから、僕の魔力が尽きたり、激しい攻撃を受けて魔力が散ったりしたら、消えてしまう。よく召喚するところで言うと、足が速くて三メートル近くジャンプできる鹿のセニカガとか、生首だけになっても動く狼のオールスとか、足の爪に強力な毒を持っている巨大な鷲のミーソンとかかな」

 聴きながら、図鑑で見た古代生物たちの姿を思い出す。

「いいね、セニカガとかは移動にも便利そう。あとは、コーストの魔法だけど……ごめん、正直、訊かなくてもわかっちゃう。四大固有魔法の一つだから」

 エネリアが苦笑いする。火を操る魔法、水を操る魔法、土を操る魔法、空気を操る魔法の四つは、四大固有魔法と呼ばれ、全魔法使いの固有魔法の過半数は、四大固有魔法だ。

「まあ、仕方がないよな。……さて、お互いの魔法の詳細も知れたし、そろそろ出発するか。俺たちの最初の任務は、ここから北西にしばらく進んだところにあるミルト村に向かい、そこに陣取っている魔族を討伐すること。初めての任務にしては、中々大変そうだ」

 任務の詳細が書かれた紙を読みながら、コーストが言う。

「まあ、うちのパーティーには、認定試験に一発合格した魔法使いが二人もいるからね。これくらい、楽勝だと思われてるんだよ」

 自信満々の口調で言うエネリア。

「そうだね、私たちならきっと大丈夫だよ。さあ、行こうか」

 そして、大地を踏みしめるように一歩進んだ私たちは、みんな同じ方向を向いていた。

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