二話 初めての任務

「……見えてきた。あれがミルト村だ」

 夕方、私たちはミルト村に到着した。ミルト村は、美しい川のほとりにある小さな村で、住民のほとんどが農業で生計を立てていたらしいが、魔族に占領されてしまった今、そののどかさは全く感じられない。

「ぼんやりとしか見えないけど、建物はほとんど壊れてる感じか。魔族の数を、どうにかして事前に把握できないかな?」

 お互いの姿を目視できるような距離ではないが、万が一に備えて、近くにあった大きな岩に隠れる。

「……私とランクルが協力すれば、できるかも」

 みんなが考え込む中、エネリアがハッとした顔で言う。

「ランクルさ、速くて小回りが利く鳥とかって出せない?」

「うん、出せるよ。出したらどうするの?」

「願いを叶える魔法を使って、その鳥と視界を共有する」

 誰も思いつかなかったアイデアに、三人揃って感嘆の声を漏らす。

「流石だね。じゃあ、さっそく召喚するよ。いでよコーフィンモート・コーフィン

 宙に現れた魔法陣から出てきたのは、その小さい体には不釣り合いな大きな翼を持ったハチドリのような鳥だった。

「よし、じゃあ」

 コーフィンの小さな背中を、人差し指と中指の腹で撫でながら、エネリアが魔法を詠唱する。

私と視界を共有してくださいエン・モーピゼル・ワン。……じゃあ、ミルト村の方に飛ばして」

 目を閉じながら、エネリアが言う。それから、五分くらいで偵察は終わった。

「……うん、大体わかったよ。今から地図を描くね」

 そしてエネリアは、携帯していた紙とペンを取り出し、要領よくささっと地図を描き上げた。

「こんな感じで、敵はあちこちに散らばっていて、四方八方の村の端にも、見張りを置いている。全て合わせると五十体くらいかな。効果的な攻略方法は見つからないから、無難に四人で固まって突撃するのがいいね。ボスは、中央の広場にいる老人の姿をした魔族。見た感じだけど、かなり強そう」

 テキパキと説明するエネリアの表情は、とても真剣で頼もしかった。なんだかんだ言っても、やはり彼女は認定試験に一発合格した魔法使いなんだ。

「わかった。私とコーストが前衛、エネリアとランクルが後衛でいいよね? あまり離れすぎないようにして、それぞれの得意な分野で戦おう。じゃあ、ランクル。もう一度、セニカガを召喚して」

「わかった。いでよセニカガモート・セニカガ

 現れた四体のセニカガにまたがり、私たちは一斉に突撃した。一月の冷たい風を受けながら、それを冷たいと感じないほどの熱い心を持って。


身体能力を強化する魔法ニーアソーレ

 四人の声が重なる。

いでよオールスモート・オールスいでよミーソンモート・ミーソン

 生首だけになっても動けるほどの生命力を持った狼、オールスと、足の爪に強力な毒を持っている巨大な鷲、ミーソンが現れる。

「見えた。まずは三体」

 若い男の姿をした三体の魔族が、生気の抜け落ちた顔をこちらに向ける。私たちはセニカガから降り、一斉に杖を構えた。

「こいつらは僕が処理する。オールス、ミーソン、頼んだ!」

 陸からはオールスが、空からはミーソンが、一斉にその三体の魔族に襲い掛かる。抵抗する間もなく、その三体はオールスとミーソンに殺された。大量の血が、枯れ草を赤く染め上げる。

「……学生の頃、実習で何体か殺したけど、やっぱりグロテスクだな」

 村の中へと走りながら、コーストが呟く。

「そうだね。だけど、放っておいたら、あれ以上の血が流れる」

 そうだねと答えたけど、私はグロテスクだとも感じない。


 ――村の中に入ると、タキシードを着た青年の見た目の魔族と、ウエディングドレスを身にまとった少女の見た目の魔族が出てきた。二人とも、先程の魔族よりも遥かに強そうだ。

「この二体、ボスを除くとこの村で最強だよ」

 エネリアの言葉に緊張が走る。

「……私とエネリアは女の方を処理する。コーストとランクルは男の方を処理して」

『わかった!』

 そして、私とエネリアはペアになり、数々の家が壊れてできた空き地で、長い金髪の少女の見た目をした魔族と対峙した。その華奢な体からは、思わず立ち竦んでしまうような、強者のオーラが溢れ出ている。

「エネリアがボスだと思った魔族は、こいつよりも強そうなんでしょ?」

 エネリアに耳打ちする。

「うん。向こうの方が何倍も強そうだった」

「そう」

 向かい合って相手の出方を窺うが、敵の魔族は穏やかな顔でこちらを見つめているだけで、行動を何も起こさなかった。その魔族はもう私たちの間合いだし、私たちもその魔族の間合いだ。私たちとその魔族を隔てているのは、夕陽が発するオレンジ色の光だけ。


「――二人とも、綺麗ね」

 急に発せられた冷たい声に、私たちはぞくっとした。


「……まあね。あなたも中々なんじゃない?」

 少し震えた声で、相手を褒めるエネリア。

「嬉しい。私はエリム、よろしくね。……あなたたち、五級魔法使いでしょ? 今日は確か一月一日だから、もしかして初任務?」

 そこまで知っているということは、「私たちが自分を殺そうとしている」ということも、もちろん知っているだろう。……なのに、エリムは気味が悪いくらい冷静だった。

「そうだとしたら?」

 杖を構えたまま、私はエリムに訊き返した。

「……あなたたちは、『この完璧な体』をすぐに手に入れられる」

 そう言った次の瞬間、エリムからは強烈な殺意が零れた。

光の殻を生み出す魔法サザーノル

 エネリアとほぼ同時に、防御魔法を展開する。

水を操る魔法リヴァエーナ

 防御魔法を展開するのが、コンマ数秒でも遅れていたら、私たちはもうこの世にいなかっただろう。滝よりも激しく私たちの頭上に落下する水は、直撃したら即死するくらいの威力だった。

「……私が魔族になったのは、十年前、十七歳の時。人間だった頃、私は生まれながらに不治の病にかかっていて、もう先が長くなかった。せっかく綺麗に生まれたのにって、運命を呪っていたけど、ある日、魔族がこの村を襲い、私は病気で死ぬこともなく、老いることもないこの完璧な体を手に入れた。この体になったら、きっとあなたたちも素晴らしいと思うはずよ」

 そう語りながら、水の弾丸を凄まじい速度で何度も撃ち出してくる。魔族は魔法を無限に使うことができるから、勢いが弱まることはない。

怖いものを操る魔法フメリオ

 一本のナイフを極限まで小さくし、最速でエリムに飛ばす。

「あら、ナイフ。面白い魔法ね」

 そう言って、いとも簡単にナイフを吹き飛ばすエリム。吹き飛ばされたナイフは、魔法の対象範囲外に出てしまった。

「……リカ、これじゃジリ貧でこっちが負ける。サザーノルを展開しながら、二人で走ろう。至近距離になったら、リカのナイフも避けられないでしょ」

 覚悟を決め、深く頷く。

「……よーい、ドン」

 サザーノルを展開したまま、全速力で走る。近づくにつれ、水の威力は強くなっていく。

「前以外にも気をつけた方がいいよ?」

 後ろから飛んできた水の弾丸を、とっさに残りの三本のナイフを巨大化させて防いだ。どうしよう、これじゃナイフで攻撃できない。

隆起してくださいエン・ソルーグ

 地面に触れ、エネリアが高速で魔法を詠唱する。すると、私たちとエリムの間には、分厚い土の壁が現れた。それは一瞬で壊されたが、壊された時に発生した砂ぼこりで、ほんの少しだけ、エリムが隙を見せた。

鼻血を出してくださいエン・パルトス

 エリムの白い鼻から、たらっと血が流れる。……エネリアの発想に感嘆しながら、私は魔法を詠唱した。

怖いものを操る魔法フメリオ!」

 その鼻血を操り、鋭い針のように変化させて、エリムの首に突き刺す。流れ出た血で、純白のウエディングドレスが真っ赤に染まる。苦しそうに顔をしかめるエリムに、言い放つ。

「残念だけど、私はそんな体になりたくないから」

 そして、その傷口から流れた真っ赤な血を操り、さっきよりも太くて長い針にして、エリムの顎の下から脳天までを貫いた。大量の血を流し、倒れるエリム。

 勝った、と私たちは小さく声を漏らした。


『……服を綺麗にする魔法エルクルード

 魔法でローブの返り血を消すと、一気に全身が脱力した。敵はまだたくさん残っているし、ボスはエリムの何倍も強いのに、私たちはもう疲れていた。

「……早く、コーストとランクルのところに行かなきゃ」

 いつもとは正反対の疲れ切った声で呟くエネリア。「そうだね」と答えて、後ろを振り向くと、私たちと同じように疲れた顔をしたコーストとランクルが、こちらに歩いて来ているのが見えた。


「よかった。二人とも無事だったんだね」

「ああ、なんとかな。……エネリア、ボスはもっと強いんだろ?」

 コーストの重い声が、夕陽に染まった地面に落ちる。

「うん、何倍もね。……だけど、私たちならやれるよ」

 エネリアは、私たちの顔を一つずつ見つめながら、自分に言い聞かせるように言った。

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