第九四話 対照的な二人


 PKアカデミーは、あくまでも姫士の養成を目的とした特殊機関であるため、一般的な学園とはカリキュラムが大きく異なっている。


「え~……こういった戦況において、残存戦力が三名だった場合、最適解となるのは」


 座学は教養を学ぶためのものではなく、主に戦術知識の蓄積を目的としたものとなっていた。


 授業開始前まで、室内にはどこか緩い空気が漂っていたものだが……

 今や、誰もが真剣な面持ちで、カエデの講義を受けている。


 それはアスカやキリカにしても同じこと。


 両者共に絶えずメモを取り、思索しながら、カエデの言葉を噛み砕いていた。

 これだけを見ると、二人の頭脳面には優劣がないように見えるが、しかし。


「じゃあアスカ。こういう戦況を迎えたら、どうするべき?」


 黒板を軽く叩いてみせるカエデ。

 そこには簡易的な図が記されていた。


 負傷した味方を抱え、孤立無援。

 敵方は多数であると同時に、未知のタイプ。


 これに対し、アスカの答えは、


「……ウチが全部やっつけて! 皆を救う!」


 と、このような理想論に対して、カエデは深々と嘆息し、


「キリカ。あんたはどうする?」


 問いを受けて、彼女は一瞬、迷った後。


「……味方を見捨てて逃げた後、本部に敵の情報を伝える」


「正解。平時においては味方を見捨てるなんてありえないことだけど、状況次第ではそれを躊躇いなくやらなくちゃいけない。……アスカ、あんたはキリカの冷徹さを見習うべきね」


 そう言われて、アスカは不服そうな様子を見せたが、しかし反論はしなかった。

 一方で、キリカはというと。


「…………別に、冷たくなんか、ないし」


 どこか気まずそうな表情を浮かべながら、呟く。


 時雨アスカと、華宮キリカ。

 二人の主人公は、様々な意味で対照的である。


 アスカはどのような場面においても感情を優先するため、合理的ではない。

 キリカはどのような場面においても規範を意識するため、極めて合理的だ。


 ……まぁ、両者共、今はヒロインという立場にあるため、性的な要素を前にするといずれも不合理な行動を取り始めるようだが、それはさておき。


 頭脳面においては確実に、キリカの方が、アスカを上回っているだろう。


 その反面。

 肉体的な要素は、真逆の状態となっていた。


「はい。じゃあ座学は一旦、ここまで」


 授業終了のチャイムが鳴り響く中、カエデは次の言葉を皆へ投げた。


「次は実戦訓練だから。さっさと着替えてグラウンドに集合なさい」


 ……平時であれば。

 皆、すぐさまに服を脱ぐところだろう。


 しかし、この場にはイレギュラーが存在しているため、行動が遅れているようだった。


 当然ながら、ここは席を立つべきであろう。


「んん~? ウチ等の裸、見んでえぇの?」


 冗談めかした調子で微笑むアスカに、肩を竦めつつ、室内を後にして……

 すぐに運動場へ移動。


 俺は体操服を支給されていないし、身に纏う貴人学園の制服は運動性を意識して作られているため、このままでも問題はない。


 それからしばらくすると、担任のカエデが到着したわけだが……


「なに? その顔」


「いや、君の姿がどうにも珍しいもので、つい」


「ふぅん。あんたの世界には、運動着って概念がないのかしら?」


「そういうわけじゃ、ないが」


 カエデの格好を一言で表すならば、昭和の運動スタイルといったところか。

 即ち……ブルマである。

 平成中期生まれの俺からすると、伝承の中にしかありえない、古の文化、だが。

 この世界においては、それがスタンダードだったらしい。


「お~い、アルヴァ~ト~」


 遠くから、体操着を纏ったアスカが小走りでやって来る。


 彼女もまたカエデと同様、ブルマ姿となっていて……

 一歩踏み出すたびに、むっちりとした太股と。たわわな乳房が、いやらしく躍動する。


 そんな彼女はこちらへやって来て早々、


「ウチのおっぱい、気に入ってくれたみたいやな♥」


 艶然と微笑するアスカ。

 そんな彼女の後ろから、


「鼻の下伸ばしてんじゃないわよっ! このむっつりスケベっ!」


 ぷりぷりと怒りながら、キリカがやって来る。


 彼女もブルマ姿だが、アスカとはまったく印象が異なっていた。


 陽光を浴びで煌めく、小麦色の肌。

 その体には凹凸こそないものの……キラリと輝く褐色肌というのは、なぜこうも、男の欲望を刺激するのだろう。


 そんな感覚が原因か、朝方の一幕が脳裏をよぎる。


「な、なによ、その目は」


「……いや。君があまりにも魅力的に見えたもので、つい」


「み、みりょっ……!?」


 途端に頬を赤くするキリカ。

 そんな姿が、朝方のそれと被って見える。


 小麦色の肌を白濁で汚したキリカの様相は、あまりにも妖艶で。

 それを思い返すと……


 授業を受けられない状態になりかねなかったため、俺は自らの肉体に幻覚催眠を掛けた。


「み、みみみ、魅力的とか言われてもっ! う、ううう、嬉しくなんかないんだからねっ!」


「あははは。ホンマわっかりやすいなぁ、キリカは。……今は一歩、ウチが遅れとる感じ、か。はよう追いつかんとな」


 二人がこんな反応を見せる中、次々と生徒達が集合し……


「じゃ、まずは走り込みを一時間ほどやりましょうか」


 体力作りの訓練が、始まった。


 具体的には、グラウンドの周回である。

 戦闘を主な役割とする者達にとって、体力というのは極めて重大な要素だ。

 ゆえに皆、真剣に走り込みを行い、体力強化に努めているのだが……


 童貞でなくなったことが、原因であろうか。

 幻覚催眠によって欲望を抑え込んでいてもなお。

 周囲の有様に対し、どうしても、邪な目を向けてしまう。


「ふぅっ……ふぅっ……」


 走る者達は皆、麗しい少女達。

 それも、ブルマ姿である。


「はぁっ……はぁっ……」


 荒い吐息を漏らしながら走る姿は、健気であると同時に、扇情的であった。


 地面を蹴る度に、皆の乳房が揺れ動き、露出した尻たぶが淫らに振動する。

 中でも、特に。


 アスカのそれは、幻覚催眠の効力を貫通しかねないほどの威力を、誇っていた。


「どうしたどうした、アルヴァートっ! 一周遅れやでぇ!」


 元気いっぱいに叫びつつ、グラウンドを駆け回るアスカ。


 その疾走に合わせて……

 豊かな乳房と、むっちむちな尻たぶが、絶えず淫らな運動を続けている。


 そんな姿に思わず見とれていると、


「ぜぇ……ぜぇ……」


 息も絶え絶えといった感じの吐息。

 背後にて生じたそれは、キリカの口から漏れたものだった。


「は……走り込み、なんて……だい、きらい……」


 ペースを落とし、彼女と並走する。


 その顔は真っ青になっていて、既に限界を物語る状態となっていた。


 頭脳においてはアスカを遙かに上回るキリカだが、運動面においては完全に真逆である。


 そして、それは基礎体力だけに限った話ではない。


「はい、お疲れさま。じゃ、今から実戦訓練ね」


 ほとんどの生徒が体力の限界を迎えた瞬間、カエデがこのようなことを言う。

 なかなかに鬼教官だなと、そう思いつつ、俺は彼女の言葉を待った。


「いつものように、二人一組になってやり合いなさい」


 これに対し、生徒達は即応した。

 誰もが瞬時に二人一組を作る中、キリカがこちらを……


「アルヴァ~ト~! ウチとやろうや!」


 キリカに先んじる形で、アスカが声をかけてくる。

 これを断るわけにもいかず、俺は彼女へ首肯を返した。


「っ……!」


 どこか悔しげな顔をしつつ、キリカは手近な女子とペアを組んだ。

 そんな姿を確認しつつ、俺はアスカと共に、他の生徒達から距離を置いて。


「怪我をさせてしまったなら、申し訳ない」


「えぇって、えぇって。ウチらは頑丈やし、ちょっとやそっとの怪我なら、すぐに治る。せやから……」


 そのとき。

 アスカは牙を剥くように、笑いながら。


「ベール=シフト」


 周囲の面々と同様に、その姿を変身させる。


 一瞬、衣服が弾けて、全裸を晒した後。

 纏装が、総身を覆い尽くすことによって。

 原作における、主人公の一人であると同時に。


 作中でも屈指の実力を持つ纏装姫士が、姿を現した。


「さっきの続きやけど。ウチへの遠慮は不要や。手なんか抜いたら、許さへんで?」


「……わかった。真剣にやらせてもらおう」


 こちらの応答に、アスカは美貌に張り付けた笑みの凶暴性を、一層深めると、



「あんたの力……思う存分、味わわせてもらうでぇ!」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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