第九一話 別世界での学園ライフ


 低身長かつ、スリムな体型。


 幼さが目立つ美貌。


 キツい性格を物語るような眼差し。


 ツインテ状に纏めた、白金色の美髪。


 そして小麦色の肌。


 まるで時雨アスカと対を成すような外見の彼女、華宮キリカはこちらを指差しながら、


「先生に言われたから、仕方なく許したけどっ! ホントは男子との同居生活とか、死ぬほどイヤだからっ!」


 彼女は言う。

 変な気を起こそうものなら、容赦はしない、と。


 その言葉だけを見れば、極めて強い拒絶の情を感じさせるもの、だが。


 キリカはいわゆる、ツンデレ型のキャラクターである。

 ゆえに好意を抱く者に対しては、ことさらにツンケンした態度を取る傾向があり……


「……顔が少し赤らんでいるが、大丈夫か?」


「はぁっ!? あ、赤くなってないしっ!」


 これほどわかりやすい有様を目にしたなら、彼女の真意を理解出来ぬ方がおかしいというものだろう。


 とはいえ、そこを指摘するつもりはない。

 ツンデレを相手にする場合は、ある程度の距離を置く。それが最適解である。


 ゆえに、俺は次の言葉を返した。


「こちらとしては、部屋の主は君だと捉えている。よって君の言葉に逆らうつもりはないし、君の不興を買うような真似をするつもりもない」


 淡々としたこちらの語調に対して、キリカはむすっとした顔のまま、


「ふんっ! そんなこと言ったって、信用したりしないだからっ!」


「それは当然のことだろう。むしろこれで信じてしまうような相手だったら、逆に心配になってしまう。その点で言えば、君は実に聡明だ」


「っ……! ほ、褒め殺しなんかしたって、意味ないんだからねっ!」


 ……原作においては、敵対者以外に男が出てこなかったため、判然とはしなかったのだが。


 ともすれば。

 この子はまともな異性に対して、かなりチョロい気質を持っているのかもしれない。


 そう思ってしまうほど、キリカの反応はわかりやすいものだった。


「……そろそろ食事時だが、どうする?」


「あ、あんたと一緒にご飯だなんて、死んでもイヤっ!」


「その意思は尊重する。だが、俺は食堂の場所がわからない。自力で探すのもいいが……下手にうろつけば、最終的に、君の監督責任が問われる結果となるかもしれない」


「む……」


「無論、そのようにならぬよう細心の注意を払うつもりではあるが……リスクを意図的に抑えられるのであれば、そうした方がいいんじゃないか?」


「……し、仕方ないわねっ! 案内してあげるから、感謝なさいっ!」


 どこか嬉しそうな顔で、こんなことを言う。

 このツンデレ娘、チョロすぎる。


「あ、案内はしてあげるけど! 一緒にご飯食べたりは、しないんだから!」


 などと言っていたのだが。

 実際のところは。


「ひ、一人で食べてたら、浮いちゃうだろうから! 可哀想なあんたのために、あたしが一緒に食べてあげるっ!」


 とまぁ、こんな調子であった。


「ありがとう。実は一人で食事を摂るのは心細かったんだ。君の優しさに、心の底から感謝する」


「べ、別に、そんなこと言われたって、なんとも思わないからっ!」


 口ではこんなことを言っているが、口元はダルンダルンに緩み切っている。


 ……ここにアスカがやって来たなら、この穏やかな食事風景に少しばかりの緊張感がもたらされていたのだろうが。


 しかし、どうやら彼女とはタイミングが合わなかったらしい。

 食堂においても、そして部屋へ帰るまでの道程においても、彼女と接触するようなことはなく。


「あたしはお風呂に行くけれど……留守中に変なことしてたら、殺すからねっ!」


 寮内には大浴場が存在する。

 一般的には、そこを利用するものだが……

 俺は部屋に併設されたバスルームを利用することにした。

 そうして一日の汚れを清めた後。


「……部屋着が欲しいところだな」


 いつまでも制服姿というのは、堅苦しく感じる。

 ここについては後日、カエデに相談してみるか。


 そんなことを考えつつ着替えを済ませ、バスルームを出た瞬間。

 キリカが、部屋へと帰ってきた。


 風呂上がり特有の、上気した肌。

 そして、普段ツインテ状に纏めている髪が、今はストレートな状態となっていて。


「……な、なによ。ジロジロ見ないでくんない?」


「あぁ、すまない。髪を下ろしている姿が実に愛らしく思えたもので、つい見入ってしまった」


「あ、あいらしっ……!?」


「今後は気を付けよう。不快な思いをさせてしまって、本当に申し訳なかった」


「ふ、ふんっ! わ、わかればいいのよ、わかれば!」


 今、キリカが見せている頬の赤らみは、風呂上がり特有のそれとはまた別物であろう。


 やはりチョロいぞ、この娘。


「ま、まだ就寝まで時間があるし……あ、あんたの話、聞いてあげてもいいわよっ!」


 雑談を所望されたため、俺は自らのベッドへ腰を下ろしつつ、


「そうだな。ではまず、あちらの世界について、簡単に説明しようか」


 と、そんな話を皮切りに、いくつかのエピソードを語ってみせたところ、


「そ、それで!? ど、どうなったの!?」


 とてつもなく、食いついてくる。

 そんな彼女が満足するまで、自分語りを行った頃には、既に就寝時間が過ぎていて。


「……続きは明日にしよう」


「あっ。そ、そうね。もう、こんな時間だし」


 対話を終えて、消灯し、ベッドへ就く。

 そうしてから。


「お、おやすみ、なさい。ア、アアア、アルヴァー、ト」


「あぁ、おやすみ。キリカ」


「~~~~っ!」


 名前で呼び合っただけで、この調子である。


 ……これだけなら、ちょろいツンデレ娘というだけで終わるところだが。


 忘れてはいけない。

 彼女は、成人向けゲームの登場人物である。


 ゆえにこそ……

 そういった行為に及んだとしても、それは当然のこととして、受け流すべきであろう。


「も、もう、寝たわよ、ね……?」


 消灯してから、しばらく経過した後。

 ごそごそと物音を立てるキリカ。

 どうやらこちらへ近付いてきたようだが、しかし、何もすることはなく、自らのベッドへ戻り……


「んんっ……♥」


 やがて、喘ぎ声を漏らし始めた。


「こ、これが、男の子の、匂い……♥」


 脱いだこちらの上着を拝借して、そういったことをしているらしい。


 闇が広がる室内に、淫らな音色が響く。

 そんな中。

 俺は特に興奮することなく、むしろある種の緊張を抱きながら、思索する。


 ……これは、選択の提示ではなかろうか。


。世界の規定シナリオを、アダルトゲームのそれに近似した内容だと想定した場合。

 キリカの手……正確には指によって発生したこのイベントには、こちらに対して選択肢が突きつけられている可能性がある。


 即ち。

 キリカの行為に反応するか、あるいは気付いていないフリをするか。


 アダルトゲームのシナリオ的には……どちらでも、ありうる。


 陵辱系であれば気付いたうえで、撮影などを行い、それをネタにして脅すといった展開を作るだろう。


 それ以外のシナリオタイプなら、知らぬフリをするものだろう。


 果たして、この世界における規定シナリオは、どちらであろうか。


 ……原作は陵辱系であるが、しかし、俺の立場は一般的な男主人公のそれであるため、陵辱系の如き行動を取るべきではない。


 果たして。

 俺の選択は――


 どうやら、正解だったらしい。


「んっ、くぅ……♥」


 破壊者は出現せず、部屋の中には嬌声のみが響く。


 そうした状況に安堵の息を漏らした後。

 俺は眉間に皺を寄せながら、口だけを動かす形で、呟いた。



 気を抜く瞬間が、どこにもないな、と――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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