第八九話 チュートリアルを終えて


 視界に映る光景が、管理者の空間から現代ファンタジーのそれへと激変する。


 立ち並ぶビル群。

 コンクリートで舗装された道路。


 そして……


「アルヴァート、だったかしら? 貴方、学園に入学なさいな」


「ええな、それ! アルヴァートが来てくれたら、学園生活にハリが出るわ!」


 無惨な末路を遂げたはずの、カエデとアスカ。

 その言動を前にして、俺は思索する。


 ……どうやらここが、分水嶺だったようだな。


 前回、俺は仲間達と合流することを優先し、カエデの申し出を断った。

 その結果、規定シナリオが崩壊し、破壊者が出張ってきた、と。


 ……強制エンドが発生したなら、また、あんな光景を目にすることになるのか。


 名も知らぬモブ姫士達を初めとする、有象無象。

 その存在が凄惨な結末を迎えてしまうというのも、十分に心苦しい展開だが……


「ど、どないしたん、アルヴァート。そんなジッと見つめられたら、ウチ……て、照れてまうわ」


 頬を赤くしながら、苦笑するアスカ。


 ……思い入れのあるキャラクターが、無惨な結末を迎える瞬間など、もう二度と見たくはない。


 今後は強制エンドが発生せぬよう、自らの言動に細心の注意を払わねば、と、そのように決意しつつ、俺はカエデへと視線を移し、


「貴女の提案を、受け入れることにする」


 果たして。

 この選択はどうやら、正解だったらしい。


 空が血色に染まるようなことはなく……

 規定のシナリオが、進行する。


「じゃあとりあえず、あたしと一緒に来てもらおうかしら。色々と手続きしなくちゃいけないし」


「あぁ。よろしく頼む」


 カエデへ肯定の意を返した後。

 アスカがこちらの背中を軽く叩いて、


「ほな、行こか」


 これから向かう先は、彼女の帰還先。

 即ち、学園である。


 俺は皆に先導される形で街中を行き――

 目的地へと、辿り着いた。


 姫士の育成を主題とする、特殊な学び舎。

 名を、PN(プリンセス・ナイト)アカデミーという。


 その校庭内へと入ってからすぐ、カエデがアスカ達へ目を向け、


「あんた等は教室に戻りなさい」


「うん。そろそろ、昼休みが終わる頃やし、な」


 少しばかり名残惜しそうな視線をこちらへ向けた後、アスカは二カッと笑い、


「またな、アルヴァート」


 小走りで去って行くアスカ。

 それから。


「ア、アルヴァート君」


「助けてくれて、ありがとね」


「この御恩は、一生忘れませんからっ!」


 礼の言葉を述べた後、三人のモブ姫士がアスカの背を追う形で去って行く。

 ……助けてくれてありがとう、か。

 破壊者による強制エンドを経た今では、どうにも虚しく感じてしまう言葉だな。


「……なんだか、冴えない感じね?」


「そうだな。先々に対する不安が、少しばかり強い」


「……あんたは図太そうに見えるけれど、案外、繊細なのかしら?」


 小さく息を吐いてから、カエデは一歩踏み出して、


「ま、とにかく付いてらっしゃいな」


 首肯を返しつつ、彼女の後を追う。


 ……この学園は、現役を引退した姫士達が、次世代の姫士を育成するための場として設立された、教育機関である。


 よって必然的に、籍を置く者は女性に限られており……


「ねぇ、アレ」


「男の子、よね?」


「なんで男子がここに……?」


 校庭内においても、校舎内においても、俺は目立ちに目立ちまくっていた。

 現状はいわゆるハーレム状態というやつだが、喜悦の情など微塵もない。

 むしろ、肩身が狭くて息が詰まるような思いだ。


「ま、慣れるしかないわね」


 どうやら感情が表に出ていたらしい。

 苦笑するカエデに、肩を竦めて見せる。


 その後も、注目を浴びつつの移動を続けた末に……

 職員室へと到着。


 それからカエデは自らのデスクへ向かい、引き出しから何枚かの書類を取り出して、


「これに署名をしてちょうだい」


 受け取った後、文面を確認し、署名を行う。

 その結果として。


「はい、お疲れさま。これであんたは、ここの所属ってことになったから」


「……ずいぶんと、アッサリしているんだな」


「まぁね。理事長は色々言ってくるだろうけど、黙らせるのは簡単だし」


 なんの気なしに、断言してみせるカエデ。


 実際のところ、彼女の発言権は極めて強い。

 さすがは、原点にして頂点といったところか。


 ……赤い髪や口調などの類似点から、リンスレットを彷彿とさせる。


 二人が顔を合わせたら、意気投合するだろうか。

 それとも、似た者同士で喧嘩するのだろうか。


 と、そんなくだらない考えが頭に浮かんでから、すぐ。


「あんたの住処、だけど。あいにく、学園寮の個室は埋まってるのよね。だから、相部屋ってことになるんだけど」


「それでかまわない」


「……即答するあたり、ずいぶんと女慣れしてるみたいね」


「そうだな。しかし、遊び歩いているわけではない」


「どうだか。あんたみたいにムッツリ顔の奴は、意外とド派手なことをしがちだからね」


「いや、そんなことは……」


 ない、と言いたいところだが、少し前に乱痴気騒ぎを起こした身としては、黙らざるを得なかった。


「一応言っとくけど、ルームメイトを孕ませたりなんかしたら、ゲンコツじゃ済まさないからね」


「……君は俺をどんなふうに見てるんだ」


「紳士を装ったムッツリスケベの女たらし」


 カエデの発言に対し、俺は溜息を返すのみであった。



 ――その後。



 学園生活に関する様々な説明と注意を受けてから、カエデに案内される形で、学生寮へ。


 あてがわれた一室は、二人で使用する分には十分なスペースを持っており……

 そこは先住者の甘やかな香りに、満ちていた。


「くれぐれも、迂闊なことはしないように、ね」


 釘を刺してから、カエデはこの場から去って行った。

 本格的な登校は明日から。

 本日は学生寮にて待機しつつ、同居人から色々と説明してもらえ、と。

 カエデからはそのように言い付かっている。


「さて……」


 同居人が帰ってくるまで、思索を巡らせるとしよう。


「皆が今、どこに居るのか……これについては、考えても仕方がないな」


 想定しようにも、情報がなさすぎる。

 よって彼女達の動向については、あえて捨て置くとしよう。


「であれば。現状、気になっているのは……やはり、管理者の言動、か」


 彼、あるいは彼女の発言を反芻し、そして。

 脳裏に、一つの推論が浮かび上がってきた。


「……管理者の言動には、妙な共通性がある」


 今回の一件について、彼、あるいは彼女は度々、ゲームに例える形で、説明を行っていた。


 セーブ&ロード。

 VRゲーム。


 これらは無論、わかりやすく説明するための配慮と読み取るのが自然であるが……


「もし、別の意図があるとしたなら」


 そのとき。

 脳裏に浮かんだ考えは。

 あまりにも、飛躍したものだったが。


「試したところで、特別な問題もないだろう」


 そのように結論付けたがために、俺は。

 掌を、自らの後頭部へと押し当てて――



「ファイア・ボール」



 ――自らの命を、断ち切った。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


 拙作を少しでも気に入っていただけましたら、☆とフォローを

 なにとぞよろしくお願い致します!


 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る