第八八話 ルール説明
それはまさに、豹変と呼ぶべき有様であった。
無味乾燥とした気風を崩さない管理者。
しかし、そんな存在が今。
「貴様の命運はッ! ワタシが主人格となるかッ! あるいは、心が折れた瞬間にぃいいいいいいいい! ジ・エンドッッ! つまるところぉぉぉぉ……貴様は既に、終わってるんデスねぇえええええええええええええッ!」
別人になったかのように、感情的な叫声を放つ。
……いや、事実、いま目前に立つ存在は別人そのものであろう。
世界の全てを愛する管理者、ではなく。
世界の全てを崩さんとする、破壊者。
その存在は、しかし。
当人が述べた通り、全てを完全に掌握しているわけではなかった。
「う、ぐ……」
漆黒に染まっていた部分が、再び白一色へ戻り、そして。
「……現段階における話、ではあるけれど。破壊者は私の権能を上回ってはいない。だから君に対して、直接的な危害を加えることは不可能となっている」
破壊者を抑え込んだ後、管理者は淡々と言葉を紡ぎ続けた。
「奴が口にした通り、破壊者が君に勝利する方法は、時間の経過による完全な侵食か、あるいは……選択を誤った際に発生する強制エンドにより、君の心をへし折るか。二つに一つとなる」
前者にはなんの疑問もなく、すんなりと理解出来た。
その一方、後者については理解が及ばぬ部分があったため、
「選択を誤るとは、どういうことだ?」
「……言語化して説明するのが、少しばかり難しい部分だね」
こちらの問いに対して、管理者は少しばかり考え込んだ後、
「まず前提となる要素を説明しよう。纏装姫士リベリオンライフの世界は今、君達が生活を営むそれとは、切り離された状態となっている。これは邪神の消滅によって発生した、パラドックスのようなものだと捉えてもらいたい」
管理者は言う。
件の作品世界は今、存在しないはずのそれを、無理やりに構築しているような状態にあり……
ゆえにこそ、様々な歪みが生じているのだと。
「その際たるものが、シナリオの不透明感だ」
「シナリオの、不透明感?」
「そう。世界には規定のシナリオが必ず存在している。さもなくば世界は存続出来ない。よってかの世界においても、規定シナリオが構築されている、はずなのだけど」
「君でさえ、それが読めないということか」
「うん。だからこそ、かの世界に対して、私の権能はまるで働くことがない。シナリオが完全に読み取れるようになったなら、その限りではないのだけどね」
……気のせい、だろうか。
この発言は、極めて重大な意味を持っているように、感じられた。
「話を進めよう。……かの世界には、シナリオがある。不透明ではあるけれど、しかし、確かに存在はしている。でも、その一方で……修正力という概念は、ない。それはたとえるなら、安全装置が一切設けられていない列車のようなものだ」
「……なんらかの事故が発生するような事態に陥っても、その結末を防ぐ方法がない、と。そういう解釈で問題ないかな?」
こくりと頷く管理者。
それから、彼、あるいは彼女は、破壊者の存在に言及した。
「件の世界では修正力が働かないため、規定シナリオから外れるような現象……つまり、君の選択ミスに対して、軌道修正が出来ない状態となっている。その結果として、シナリオは進行不可能となり……世界の崩壊が発生する。それこそが」
「破壊者による強制エンド、か」
「うん。アレは君が選択を誤った際に強い権能を獲得し、ある程度、自由に動くことが可能になる。その帰結として、世界が消滅することになるのだけど……現段階においては、私の権能を用いることにより、やり直すことが可能だ」
管理者は言う。
このやり直しというのは、管理者の力であると同時に。
今回に関して言えば、俺に備わった能力でもあるのだと。
「ノベルゲーム、それもリアルなVR型を想像してほしい。君はその世界へ飛び込み、登場人物達と自由に交流が出来る。しかして、一般的なそれとは違い、選択肢のウインドウ表示が透明になっていて、認識が出来ない。君は常に、自らの目前にそれがあるか否か、意識し続ける必要がある。そして」
「もしもそれに気付かなかった場合、あるいは、気付いたとしても……シナリオ的に誤った言動を取ってしまったなら、即座にバッド・エンドとなる」
「そう。ただし、そのようになったとしても、君は時間軸を移動することにより、選択する直前に戻ることが出来る。それはまさに……セーブ&ロードのように」
……これもかなり、気になる言いざまだ。
文脈的には、コンティニューという言葉が適当ではなかろうか。
にもかかわらず、管理者はセーブ&ロードという言葉を選んだ。
ここに関しては、なんらかの意図を感じる。
しかしながら、現段階においては何も判然とはしないため、俺は管理者が語る内容に耳を傾け続けた。
「ここで一旦、話をまとめよう。君は今後、纏装姫士リベリオンライフの世界で、登場人物達と共に時を過ごすことになる。その最中、幾度となく選択の瞬間が訪れるだろう。そこで正解となる言動を取り続け、シナリオを進行させていき……最終的に、破壊者を消滅させる。それが今回、君達と私とで成すべき仕事だ」
これに対して、俺は一つ、疑問を投げた。
「その目的には当然、時間制限が設けられているのだろう?」
「うん。ただ、それは言語化がしづらいところだね。何せ時間という概念は、私と君とで全く捉え方が違うのだから。私にとって過去、現在、未来は完全な同一の概念であり、ゆえにこそ…………すまない、ここから先は、許可されていないらしい」
一つ溜息を吐いてから、管理者は次の言葉を口にした。
「制限時間がいつ尽きるのか。これについては、説明が出来ない。ただ……君の体感に合わせた言い方をするならば、一日や二日程度でそれがやってくるわけではないとだけ、述べておこう」
いつ管理者が破壊者に侵食され尽くされるのか。
ここが不明瞭なまま、場当たり的なシナリオ進行を続けねばならない、と。
そこについては、文句を言っても無意味であろう。
ゆえに、俺は次の問いを投げた。
「破壊者を消し去るための、具体的なプランは?」
「……すまない。許可されていない」
まぁ、想定通りの答えではある、が。
「その内容は、以前、君が口にしたそれと……今回のそれとがヒントになっているとみて、間違いないのかな?」
管理者は何も答えなかった。
しかして。
俺にとっては、それこそが答えだった。
一、管理者は特定の誰かへ肩入れ出来ない。
しかし、シナリオの整合性が完璧な状態を作ったのなら。
管理者としての権限を用いることが出来る。
二、俺の言動は全てが正義。
いかなる内容であれ、それは「肯定」される。
ただし、「選択」を誤った場合は、その限りではない。
ここに加えて。
セーブ&ロードという、意図的な表現をヒントとして捉えたなら。
取るべき行動の輪郭が、見えてくるような気がする。
そんなことを考えつつ、俺は新たな問いを口にした。
「こちらの敗北条件について。君が破壊者に乗っ取られた場合というのは、納得が出来る。だが……俺の心が折れた場合、というのはどういうことか、説明してもらいたい」
「そこについても少々、難しい部分ではあるけれど、そうだな…………高難易度の死にゲー、あるいはレトロゲームを想像してほしい。それらはあらゆる手段で以て、君にコントローラーを投げさせるよう仕向けてくるだろう。そして実際、君がその通りにしてしまったなら、きっと君は永遠に、そのゲームとは関わらないようになるんじゃないかな」
つまるところ。
今回、俺は登場人物であると同時に、プレイヤーでもあるというわけか。
そんな我が身が、ゲームの攻略を諦めてしまったなら。
その時点で、纏装姫士リベリオンライフという名のゲームは、観測者を失ったことによって、消滅を果たしてしまう、と。
そのように理解してから、すぐ。
「では――健闘を祈る」
管理者の淡々とした激励を最後に。
俺は再び、件の世界へと、帰還するのだった――
~~~~あとがき~~~~
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