第八二話 超未来世界にて
視界一面が漆黒に染まってから、すぐ。
およそ半月ぶりの光景が、瞳に飛び込んできた。
三六〇度、無数の液晶画面に埋め尽くされたこの空間は……
管理者の、固有空間である。
「穴の中へ入り込んだ直後、即座にシナリオが始まると、そのように想定していたが」
男女の区別が付かぬ、中性的な美貌を有する存在……管理者へ、俺は問い尋ねた。
「今回は、事前説明でもしてくれるのかな?」
「そうだね。本来で、あれ、ば……」
「ん……? どうした?」
「……すまない。今はまだ、口に出来ない情報だ」
「そうか。なら、追及はしない。話を続けてくれ」
管理者は首肯を返してから、
「本来であれば、事前説明というのは君に対して有利に働く行為となる。よって私の性質上、実行不可能であるはずなのだけど……どうやら、今は可能となっているらしい」
それから、管理者は次の情報を口にした。
「今回のシナリオにおいては、これまで居続けた世界から大きく離れることとなる。具体的には……超未来を舞台としたシナリオ、ということになるね」
この発言は、想定通りの内容だった。
俺達が邪神を消し去ったことにより……
世界の滅亡というビッグイベントが、起きなくなってしまった。
結果として、かの作品世界を形成するための要素が失われたというわけだ。
「本来であれば……なんらかのきっかけで復活した邪神が世界を滅ぼし、そこから長き年月を経て人間社会が復興していく、という流れだった。しかし」
「うん。その存在が失われたことで矛盾が生じ、かの作品、世界、は…………すまない。ここから先はまだ禁止事項となっているらしい」
ともあれ。
形成されるはずのない、その世界へと、俺達は転移させられるということ。
今はそれだけがわかっていればいい。
なぜ存在しえない世界が誕生しているのか、といった疑問は、シナリオの進行によって、わかるときが来るだろう。
「さて……今回、君達にしてもらいたいのは…………世界の存続だ」
「ふむ。具体的に、どのような手段を用いればいいのかな?」
「……すまない。その情報は禁止事項となっている」
大目的はわかったが、それを達成するためのロードマップ……即ち、一連の小目的がわからないとなると、現段階においては大目的に対して、なんとも言えないところだな。
「今、君に提供出来るのは……二つのヒント、だけだ」
果たして。
管理者が述べたヒントは、次の通り。
一、管理者は特定個人に肩入れ出来ない。
しかし、シナリオの整合性が完璧な状態を作ったのなら。
管理者としての権限を、用いることが出来る。
二、俺の言動は全てが正義。
いかなる内容であれ、それは「肯定」される。
ただし「選択」を誤った場合は、その限りではない。
……やはり現時点においては、まるで真相が掴めない内容だった。
「申し訳ないけれど、これが限界だ。本当なら、もっと詳細に話したいのだけど、ね」
無機質な貌に、ほんの僅かな悲哀が宿る。
それから管理者は、次の言葉を紡ぎ出した。
「じゃあ…………行ってらっしゃい」
管理者が小さく手を振ると同時に。
意識が再び暗転し……
ちょっとした頭痛と共に、俺は目を覚ました。
「……どうやら、かの作品世界へと、転移したらしいな」
場所は、路地裏である。
だがその景観は、皆と過ごした時間軸のそれとはまったくの別物。
どちらかといえば……
元居た世界、即ち、現代日本のそれである。
邪神による世界滅亡後、復興を果たしたことで、現代社会の似姿となった……というのが、原作における世界観設定となっていた。
「ふむ……」
周囲を見回しながら、俺は眉間に皺を寄せる。
「皆は、別の場所に飛ばされたのか。あるいは……飛ばされたのが俺だけという可能性もあるな」
現状、我が周囲に人気はない。
これは別個転移ということか。もしくは、管理者の言う「君達」というのがミスリードで……
俺と妻達、ではなく、俺と主人公達という意味合いだと、そのような可能性を示したものなのか。
「いずれにせよ、今は何もわからないな」
と、そんなふうに呟いた、次の瞬間。
「う、うわぁあああああああああああっ!?」
路地裏の向こう、繁華街の只中にて。
大衆が、悲鳴を上げ始めた。
「……来て早々、イベント発生、か」
言いつつ、現場へと向かう。
そこには逃げ惑う人々と……
彼等を襲う、異形の姿があった。
形容しがたい、触手の怪物。
原作においては確か、ストレンジ・ビーストと呼称されていたが……
あけすけな表現をするならば。
アレはまさに、淫獣である。
その証拠に。
「い、いやぁあああああああああああっ!」
男に対しては目もくれず。
女の体を絡め取り、陵辱せんとする。
そうした場面に対して、当然の行動を取ろうとした、直前。
「「「ベール=シフトっ!」」」
可憐な少女達の掛け声が、耳に入る。
そして次の瞬間。
「食らえぇえええええええええっ!」
声と共に煌めく光線がストレンジ・ビーストを捉え……
女性を絡め取っていた触手が、焼き切れる。
「きゃっ」
落下する女性を、一人の少女が見事にキャッチして、
「大丈夫ですかっ!?」
「は、はい……!」
被害者を避難させてから、彼女もまた戦闘へと加わっていった。
「……淫獣と魔法少女。まさに王道的な組み合わせだな」
彼女等のような存在は、さまざまなフィクションで見受けられるが、しかし。
成人向けノベルゲームにおける魔法少女というのはおよそ、一般的な作品から外れた定型を有している。
例えば、コスチューム。
今、目の前にて戦闘行動を取っている彼女達の格好は、極めて扇情的なものだった。
そこに加えて……
「こいつ、しぶと過ぎでしょっ!」
「ていうか、数増えてんじゃん!」
「応援要請出したから! 先輩が来るまで――――きゃっ!?」
一体の怪物から分裂する形で出現した、ストレンジ・ビースト。
その触手に、一人が絡め取られ……
「くっ……! は、離せぇっ!」
とまぁ、このように。
成人向けノベルゲームにおいての魔法少女とは、敗北を喫しやすい傾向にある。
そして、そのようなイベントが発生すると……
「て、纏装が、溶けてっ……!?」
問答無用で、陵辱展開へ突入。
これはさすがに救助が必要かと、そう思ったのだが……
「ベール=シフトッ!」
聞き覚えのある声が耳に入った、次の瞬間。
紺色の髪を、靡かせ。
大胆に露出した爆乳を、揺らしながら。
「はぁッ!」
ストレンジ・ビーストを、大剣の一撃で以て、両断する。
「先輩っ!」
「よっしゃ! 勝ち確だわ!」
明るい顔を見せる、二人の魔法少女達。
そんな視線を浴びつつ、闖入者たる彼女は、触手に絡め取られていた少女を救いつつ、
「後のことは……ウチに、任せとき」
関西なまりの言葉を口にしながら、力強く笑う。
そんな彼女の名は、時雨アスカ。
――――この世界の、主人公である。
~~~~あとがき~~~~
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