第八一話 予告通りの展開


 前世にて。

 俺には師と仰ぐ男が居た。


 関係性としては、単なる上司と部下ではあったのだが、彼から得た学びは今なお俺の中に根付いている。


 とりわけ絶対視していたのは……異性関係。


 端的に言うならば。

 下半身に振り回されるような男にはなるな、と。

 そういった内容だ。


 あるとき、彼はこう言った。


“欲を支配し、自在にコントロール出来るようになりたまえ”


“異性にまつわるものについては、特に”


“人物の大小を問わず、男という生き物は、女に溺れた時がもっとも危うい”


“そこで踏みとどまれぬようならば……”


“いかに大成したとて、それは一時の夢で終わるだろう”


 彼の言葉を思い返しながら……

 俺は今、自己嫌悪に陥っていた。


「……この状況を目にしたなら、彼は確実に、失望するだろうな」


 いわゆる賢者タイムという状態になっていることも、相まってか。

 己が愚行に対する猛省は、一層強くなっていた。


「……肉体に精神が引っ張られたというのは、間違いない。この体でなければ、ここまでの醜態を晒すようなことはなかったはずだ」


 前世において、我が肉体はある特定の分野に適したものではなかった。


 残弾数は三に届くこともなく、基礎性能に至っては小学生の頃から一切成長していない。


 腰の可動域も極めて狭く、動作能力はおそらく常人以下。


 一度すら試したことがないので、不明な点ではあるが……その分野においてのセンスが高いという自信もない。


 ひるがえって。

 現在の我が身は、成人向けノベルゲームの主人公である。


 その登場作品は、実用性重視の陵辱系であったため……

 そういった分野に対して、この肉体は、あまりにも優れた性能を有していた。


「わたしの力が、なかったら……妊娠、確定だった、ね……♥」


 すぐ傍。

 キングサイズのベッドに寝転がっているセシリアが、ボソリと呟いた。

 彼女の有様については……我が愚行を証明するものとだけ、述べておこう。


「ルミのお腹……兄様ので、たっぷたぷ……♥」


 ……何が、とは言わないが。


 前世においての一般常識に当てはめたなら、それはおよそ、スプーン一杯分程度が限界とされている。


 だがこの肉体は虚構物のそれであるため……

 それはあまりにも、非常識なものだった。


 そして。

 体感するそれは、量に比例して増加する。


 だからこそ……

 臨界を迎えた際に発生するそれは、前世にて享受出来る限界値の、数十倍を超えているのではないかと思われる。


 それを無尽蔵の如く連発出来るとなると……

 精神が暴走するのも、無理からぬ話ではなかろうか。


 付け加えて言えば。


「回数的には、あたしの辛勝ってところ、かしらね……♥」


 相手方のスペックと、技術力の高さ。

 ここも加点されたことにより、我が精神はさらなる暴走を見せた。

 そして、さらに。


「こ、腰の痙攣が、未だに……♥」


「わ、わたくし、も……♥ こ、腰が、砕けて……♥」


 成人向けノベルゲームの主人公であるがゆえに、この肉体には、そういった分野におけるテクニックの全てが事前にインストールされていたのだろう。


 だからこそ、未経験であるにも関わらず、我が技量は達人級となっていて。


 きっとその能力に、溺れてもいたのだろう。


 つい先日まで一般人だった男が、あるスポーツの世界王者へと変わったようなものだ。

 自由自在に躍動する肉体。まさか自分に、こんなことが出来るだなんて。

 と、そのようなカタルシスもまた、暴走の要因となっていたに違いない。


 ……まぁ、なんにせよ。


「驚き、だよね……♥ 一〇日間も、ヤり続けるだなんて……♥」


「さすがのわたしも……限界、だな……♥」


 一〇日。

 一〇日だ。


 本来であれば丸一日という予定だったというのに、それが一〇倍に増えてしまった。


 我々が被った時間的損失は、あまりにも大きいものだろう。

 そうした状況にあって、救いがあるとしたなら。


「すごく、濃密で……すっごく、気持ちのいい一〇日間でした、ね……♥」


 この場に居る全員が、誰よりも幸せな時間を過ごすことが出来た。

 そこについては、間違いなかろう。


 ……だが、そうかといって。

 俺が愚行を犯したことには変わりがないため、反省は続行するのだが。


 少なくとも。

 今後は、他者の前で行為に及ぶようなことはすまい、と。


 そのように決めた、次の瞬間。


「ッ……!?」


 あまりにも唐突に。

 なんの脈絡もなく。

 我々の平穏が、終わりのときを迎えた。


「機体が……」


「揺れてる、わね」


 ボソリと呟く、セシルとリンスレット。

 その顔には、先刻までの艶やかな情念などなく。

 新たに生じたであろう問題に対する、各自の想いが浮かび上がっていた。


「ふふっ。次の相手は、どんなふうに楽しませてくれるのかしら」


「まぁ、一〇日も日常を楽しめたなら、十分かな」


 ベッドから降りつつ、魔法を用いて身を清める。

 そうして服を着始めた二人に追随する形で、皆も同じように動いた。


「……現状を、確認しよう」


 皆の支度が済んだ後、俺は先陣を切る形で、部屋を出た。

 通路には他の客達が居て、皆一様に、当惑した様子を見せている。


 そんな彼等を掻き分けるように進んでいき……

 操舵室へと、足を踏み入れた。


「お、お客様っ」


「か、勝手に入られては……!」


 と、そのように述べた面々の顔には、脂汗がびっしりと浮かんでいた。

 それだけでも十分に、現状を予想出来たが……

 一応、問い尋ねておこう。


「本機は現在、航空能力を失いつつある。そのように解釈して、よろしいか?」


「っ……! え、えぇ……! な、なぜだか突然、メインエンジンが」


 と、言葉を紡ぐ最中。

 再び、機体が大きく揺れ動いた。


「……何者かの攻撃を受けているとみて、間違いないな」


 そのように結論付けた後。

 俺は皆と共に操舵室を出て、通路を駆け抜けた末に……

 甲坂へ出た。


 ここは上空だが、飛行艇の魔導仕掛けによって、周辺の気流が操作されている。

 ゆえに吹っ飛ばされるようなこともなく、我々は眼下の状況を確認する。


 ここまで立ち上る黒煙は、破損したというメインエンジンによるものか。

 いや。

 そんなことよりも、今は。


「……毎度のことながら、想定外の出来事ばかりが発生するな」


 今回は一応、管理者からの予告がなされてはいたのだが。

 何が起きるのか、その全容を明らかにされたわけではない。


 だからこそ。

 皆と同様に、俺もまた、眼下の光景に驚愕を覚えていた。


「じゅ、樹海に……!」


「く、黒い、穴が……!」


 目視確認出来る範囲の、およそ半分以上を占める、闇色の大空洞。

 まるでブラックホールのようなそれに、引き寄せられているかの如く……

 船体が、下降する。


「抵抗したところで、無駄ではあるのだろうが、しかし」


 一応、試みてみるかと、そんなふうに考えた矢先のことだった。


「む……!」


 赤い何かが樹海の只中より放たれ、そして。

 機体が大きく揺れ動く。


「どうやら、メインエンジンの破損は内部の人間によるものではなく……外部からの攻撃が原因とみて、間違いなさそうだな」


 そう呟いている間にも。

 船体は黒い穴へ引き寄せられており……

 その速度は、秒を刻む毎に加速していた。


「いやぁ~、退屈しないわねぇ、ほんとに」


「さて。どうなるかな」


「このままだと、穴に入り込んじゃいますねぇ~」


「まぁなんにせよ、どっしりと構えておればよかろう」


「えぇ。わたくし達には、頼もしい殿方が付いておりますもの」


「うむ。旦那様が、傍におられる限り」


「どんな問題に、直面して、も」


「ぜんぜん大丈夫、です……!」


 妻達の強い信頼を、ひしひしと感じながら。

 俺は目前の状況を睨む。


 ブラックホールじみたそれへ入り込んだとき、新たなるシナリオが、始まるのだろう。


 それはいい。

 既に覚悟が決まっている。


 ゆえに今、僅かながらも我が胸中をざわめかせているのは……

 将来への不安ではなく、過去を思い返したことで生じた、疑問。


「本機に対して飛来して、赤い何か。アレは」


 我が十八番。

 ファイア・ボールの一撃ではなかったか、と。


 そんなふうに考えた、次の瞬間。

 闇色の大穴へと、船体が入り込み――



 ――俺は、意識を失うのだった。

 





 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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